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チームの初仕事

 四人が猫風家の離れで同居するようになってあっという間に一週間が経った。世の中はゴールデンウィークだが、霊泉学院に土日以外の休暇はない。

 四人とも怪我が完治しておらず本調子ではないこともあって、体を動かすのは程々に(といっても傍目には少しも程々ではないのだが)、主に呪術の修練に力を注いでいる。同じ呪符であっても、使い手によって威力は変わってくる。向き不向きもある。術者同士、本来はお互い秘すべき情報ではあるが、一緒に戦う必要がある仲間同士ではその特性を知っておく必要がある。例えば、木霊使いは、木霊を使役することで呼吸をするように自然に結界法を使いこなす。何重もの結界を同時に維持することはできるが、調伏には向かない。一方の雅哉は、相当気合いを入れても極めて近距離の防御壁しか構築できないが、捉えたものを完全に抹消するほどの強力な調伏が可能だ。雅哉には、密教系の多様な呪符を用いることができる強みもある。もちろん、苦手な部分を無くすために修練をしているのだが、自然と役割も変わってくる。

 早朝からの朝練、学院での授業、夜間の修練と、休む間もなく一日を過ごし、それでも深夜には、日付が変わるか変わらないかの時間まで、反省会と自主的な勉強会。つらいと思いながらも、誰からも文句は出ない。

「お待たせ」

 共同生活が始まって初めての金曜日の夜。四人は茶の間に集まる。今週末は、雅哉は金曜夜からの山歩きが予告されていたはずだが、なぜかこの場にいる。学院の実習が優先されることになったのだ。

「おうっ!」

 濡れた髪をガシガシとタオルで拭きながら、雅哉が片手を上げる。

 蒼雲と裕樹が離れの共有スペースに入って来たのだ。スウェットパンツにTシャツという部屋着の雅哉に対して、蒼雲と裕樹は袴姿だ。

「麦茶、入れますね」

 当然のように梓乃が立ち上がる。梓乃も先に入浴を済ませたようで、濡れた髪で背中が濡れないように、肩にタオルをかけている。

「いや、いいよ、梓乃ちゃん。自分でやるから」

 裕樹が咄嗟に梓乃を制する。

 いつもの会話。男三人とも梓乃にお茶を入れてもらう状態をよしとは思っていないのだが、本人が頑として譲らないので任せてしまう。それでも、わざわざ立ち上がって冷蔵庫まで歩く労力を使わせるのは気が引ける。明らかに自分たちの場所の方が近い。

 それでも、梓乃はもう立ち上がっている。蒼雲は、それ以上あまり気にする様子もなく囲炉裏の脇をすり抜けて奥へと歩いている。

「梓乃ちゃんって絶対にいい奥さんになると思うわー。美人だしさぁ。あぁ。まじお前が羨ましいわ」

 すでに蒼雲は雅哉の隣に座っているが、当然ながら反応はない。

 改めてテーブルで向かい合った四人の前には、麦茶の入ったグラスと一通のA4封筒。

 つい先ほど、裕樹と蒼雲が呼び出されて受け取って来た仕事の依頼書だ。二人が遅れて部屋に入って来たのはそのためだ。シャワーを浴びてすぐ、再びきっちりと着替えて奥座敷に行っていた。座ると同時に、裕樹は着物の胸元をくつろげた。

「俺、神様は本当にいると思ったわー」

 雅哉が足された麦茶のグラスを口に運ぶ。

「山歩きしなくていいなら、どんな仕事でもする」

「いいのか? そんな軽口叩いて。山歩きでは死ななくても、仕事では容赦なく死ぬ可能性があるぞ」

 封筒に手を伸ばし、封印の呪術を解呪して中の書類を引っ張りだしながら、裕樹は軽口をたたいた友人を窘めるような眼で見た。

「等級は3。山歩きよりもよっぽどひどいと思うけどな、俺は」

 雅哉を揶揄するように肩をすくめる。

「一見するとそれほど難しい仕事のようには見えないけれど」

「問題は、これだろうな」

 裕樹が広げた紙の中から、蒼雲の指が1枚を引っ張りだす。これまでの事件の経緯を記した経歴書だ。これは、依頼主を秘匿したい仕事に付けられてくるもので、依頼主から依頼された内容を事細かに文字に起こした物だ。退魔や浄霊、除霊の仕事は、依頼主に直接会って状況を聞くのが鉄則だ。そのため、基本的に、依頼主を秘匿するような仕事はほとんどゼロに等しいのだが、過去に数例あったとかで、その時に作られたルールだ。そしてどうやら、今回はその超レアケースに当たったらしい。

「憑依系の霊か」

 人に憑依する霊を相手にする場合、霊だけを相手にするのと違って難易度が上がる。下手をすれば、憑依されている人を傷つけてしまう可能性があるだけでなく、憑依されたまま命を奪ってしまうかもしれないからだ。

「これは、一度別の術者が請け負って失敗している」

「はぁ? なんだよ、それ。ってことは…」

「想像通りだ。間違いなく霊は警戒してるし、凶悪化してる」

 裕樹がもう1枚の紙を引っ張りだして並べる。

「それから2ヶ月逃げ回って、9人殺していると」

「9人?!」

 梓乃が身を乗り出す。

「憑依した人間を操り、火をつけたみたいだね。4件とも」

「これって、3日前の?」

 母親が放火し、幼い子供三人が犠牲になった火災の新聞記事が資料として添付されていた。テレビでも取り上げられていて、朝食後のニュースでそれを目にしていた。

「でも、これ、無事に母親が捕まったんだろう?」

 新聞記事にさっと眼を通しながら、雅哉が呟く。

「捕まった母親に魂がなかった。それでSICS案件になったらしい。だから実際には、もうレベル3の案件どころじゃないんだろうね」

「つまり、なんだ? 捕まらなければ気がつかれなかった可能性もある、と?」

「あぁ」

 新聞記事、写真、付属情報の数々をテーブルの上に並べながら、蒼雲が小さく頷く。

「で、まぁつまり。この仕事は、正攻法の除霊案件でも、力技で片付けられる退魔案件でもないってことで、俺たちの、チームとしての探査能力と処理能力の修行にもってこいだと」

「なんだよ、それ」

「ということは、これを片付けるために学院には登校しないでいいということですか?」

「正確には、これが実習だってことなんだろう」

「来月には試験があるけど、実際にはそんなもの俺たちにはどうでもいいことで、要は実戦で使えるかどうかだけが試されるわけだから、チームにも個人にも積極的に仕事を回すと」

 グラスに手を伸ばし、蒼雲は、冷たい麦茶を喉に流しこむ。火事の写真は、見ているだけで喉が渇く。少なくともそこに映り込んでいる三人の子供の霊は、成仏できていない。

「そうおっしゃてるのか? 蒼龍先生が?」

「天御柱の幹部会で決まったそうだ。基本的に仕事の選別は天御柱の幹部会が決めているからな」

「正確には、誰かに割り振れそうな仕事は割り振って、処理できる人がいないような案件は全て風の一族に送られると」

 裕樹は、蒼雲が敢えて言わなかった言葉を補足する。蒼雲の父親でもあり師匠でもある猫風家の当主は、他の術者の手に負えないような仕事を何百件と処理して来た。そしてその仕事は、当然のように息子の蒼雲にも引き継がれようとしている。

「でも今回の仕事、レベル3以上なんだろう?」

「主座二人が天御柱の術者なら、チーム全体がそうである必要はないと」

「つまり、蒼雲と裕樹、二人が等級3を扱う資格があるから、俺たちが加わっても大丈夫だと」

「そういうことにしたみたいだね」

 特別ルールをわざわざ作った状況に雅哉は露骨に嫌そうな顔をしたが、それもほんの一瞬だった。

「まぁ、しゃーないか」

 諦めがいいというか、男らしいといか、いいかげんというかなんというか。豪放磊落なところが雅哉の魅力でもある。

「拒否できないもんをどうこう考えていても仕方ねぇし」

「では、諦めて、仕事の話を始めるか」

「はい」

「あぁ」

 四人の視線が、再びテーブルの上の紙達に注がれる。

「俺たちの仕事は、この事件を起こした悪鬼悪霊の類いの何ものかを見つけ出し払魔・調伏することだ」

「母親に憑依して子殺しをさせたやつってことだね」

「でも、そもそも母親に憑依していたやつ、逃げて行方不明なんだろう? どうやって見つけるんだ?」

「母親の野中美菜世は医療刑務所に隔離されている」

 蒼雲の指が、的確にその記述のある箇所を指差す。他の三人よりも明らかに早く、すでに資料の内容を記憶していた。

「でも、魂ないんだろう? 行って話を聞くなんて出来るのか?」

「魂はなくても記憶の奥底には刻み込まれているよ」

 裕樹がグラスを片手に持ったまま言う。

「お前の母親が得意な手法だろう?」

「あぁ、まぁな」

 雅哉が苦い顔をした。彼の母親である賀茂弥生は、潜在意識にアクセスして強制的に相手の記憶を引っ張りだす呪術に長けている。雅哉は数週間前まで、母親の「心理カウンセラーをしている」という嘘を真面目に信じていたのだから、なかなかその事実を素直に受け入れる気分にはなれないらしい。

「じゃぁ、話を聞き出すのはお袋が?」

「いや。俺たちだけで何とかしろって話だから、賀茂班長は関与しない。まぁ、学生の俺たちが医療刑務所に入るのに同行する可能性はあるがな」

「じゃぁ、どうすんの?」

「抜けてしまった魂を追跡する手段は、俺たち一族にもある。得意じゃないんだが」

 裕樹が、「意外だ」という顔で蒼雲を見る。

「へぇ? お前にも苦手なものがあるんだね」

「当たり前だろ? 何もかも得意だったら、こう毎日しごかれてはいない」

「そりゃそうだ」

 腕組みをしたままの雅哉が大きくうなづく。

「それに、『チームとしての探査能力と処理能力の修行にもってこいだ』って言われたろう? 苦手な仕事をわざわざ回されてる」

「はぁ? わざわざってなんだよ、それ?」

 納得して頷いてみたり、大げさに驚いてみたり、雅哉の表情は百面相のようだ。

(見ていて飽きないな)

 この真面目な話の最中に、裕樹がそんなのんびりとしたことを思うほどに、雅哉のリアクションは大げさだ。

「普通は、当然ながら、仕事の内容に一番適している術者に仕事が依頼されるが、これは違うってことだ」

「うーん」

 雅哉が唸り声をあげて、もう一度書類に眼を落とす。

「俺は、ソウルトレース、魂追法は、不得意な上に現場での実践経験もない。それにそもそも、俺の呪術は火属性の妖魔とあまり相性が良くない。お前だってそうだろう、雅哉。火呪を使うのが得意ってことは、水呪系は得意じゃないだろう?」

「あ、あぁ…、お前の言う通りだな。水神や龍神は得意じゃない…」

「木霊も火との相性は最悪だしね」

 隣、斜め前とパスして来た三人の視線が梓乃に集まる。

「え? え?? えっと…私も、森の猫使いなので」

 改めて確認するまでもなかったのだが。四人の間に、絶望の溜め息が溢れる。

「とにかく、こういう状態だから、全員が相当頑張らないと処理できない。見た目のレベル以上に厳しい案件だ」

「それで、ちゃんと頭使って作戦を考えないといけないってことで、それをこれから話し合う」

 裕樹が立ち上がって、封筒の中の資料をホワイトボードに貼り付け始めた。

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