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賑やかな会食

「俺は、御鏡裕樹。よろしくね」

 裕樹が視線を向けると、蒼雲もぶっきらぼうに自己紹介する。これが蒼雲の素なのだと知っていても、機嫌悪いのだろうかと心配になるレベルだ。

(もっと優しく挨拶してやれよ)

 フォローしようと思って慌てて麻衣と祥子の方を見ると、二人は頬を赤らめて蒼雲のことを見つめていた。裕樹の懸念など一切必要は無かった。

 何となく溜め息をつきたい気分なのを押し殺して、裕樹は梓乃の隣の席に腰を下ろす。早くも、麻衣の隣に雅哉、祥子の隣に梓乃が座っている。必然的に、裕樹の向かいに蒼雲が座る形になった。

「二人とも、神楽舞が得意なんですって」

梓乃がニコニコと笑いながら神楽坂祥子と吉兆瀬麻衣の方を見る。

「へぇ、そうなんだ?」

真っ先に食いついててきたのは雅哉。

「やだぁ、梓乃さん止めて下さい。私達なんてまだまだ見習いなんですから」

 祥子は頬を赤くして梓乃の袖を引っ張る。その仕草が小動物のようで可愛らしい。

「そうですよ。得意なんてレベルじゃないです」

 麻衣も、困ったように顔の前で手を振って否定する。

「じゃぁ二人とも、鎮魂や招魂の家系なんだね?」

「はい。神楽坂家は鎮魂を生業にしています。麻衣さんのところは、もう少し占術に近い神降ろしがご専門だそうです。2組には他にも何人か、招魂や神降ろしを行うものがいます」


「なぁ、とりあえず食おうぜ」

 雅哉が待ちきれなそうに一同を見渡す。

 今日のメニューは生姜焼き定食。美味しそうな匂いがテーブルを満たしている。

「そうだね」

「はい」

「んじゃぁ、いただきまーす」

 雅哉が呼びかけて、全員がいただきますの挨拶を交わす。それが終わるか終わらないかのうちに、雅哉はすでに箸に手をつけている。

「猫さん達はいつもご一緒なのですね」

 梓乃の隣に七枝が行儀良く座っているのを見て、麻衣が覗き込むように尋ねる。

「えぇ。学院内では食堂にも普通に入れますからね」

「お食事はどうするのですか?」

「化け猫は基本的に食事は採らないのですよ」

「そうなんですか!?」

 麻衣と祥子の声が重なる。

「食べても問題は無いので、欲しがるものはあげますが、基本的に魑魅魍魎(ちみもうりょう)(たぐ)いを食べるので、普通の食事は必要ないんです」

 梓乃の隣で、七枝が小さくうなづくような仕草をした。

「おい、お前ら。化け猫は普通の食事は必要ない、って話をしてるんだぞ。欲しがるな」

 七枝とは対照的に、蒼雲の隣りに座っている雲風と風霧は、皿の生姜焼きを狙っている。

「七枝とは違うの」

「旨そう。くれ」

「ダメだ」

「なんだよ、ケチ。くれ」

「ダメだって言ってるだろ」

「欲しい欲しい」

 風霧が、蒼雲の肘に頭をこすりつけてゴロゴロと喉を鳴らす。

「ったく。甘えればもらえると思ってんのか、お前は」

 蒼雲は舌打ちをしたが、言葉とは裏腹に箸を持って生姜焼きを小さく切り裂いてやっている。もらえることを確信したのか、猫たちはすかさずテーブルの端に飛び乗る。

「わーい」

「食べる食べる」

 二匹の化け猫の視線を受けて、蒼雲は切り裂いた肉片を二匹の前に並べる。

「旨い」

「うん。旨い」

 パクパクとあっという間にそれを喉に流し込んで、猫たちはペロリと舌なめずりをする。

「なんだかんだ言って、蒼雲って猫たちには優しいのな」

「仕方ないだろ。こいつらがわがままなんだから」

 裕樹が茶化すと、想像以上に真面目な声で返答が返って来た。蒼雲は、味噌汁の椀に口をつけている。

「もっとくれ」

 すでに蒼雲の分を半分以上平らげてしまっているのに、雲風がさらなる要求をする。

「ったく」

 予期していたのだろう。肉には手を付けずに味噌汁とご飯だけで食事をしていた蒼雲が、再び肉を切り裂くために箸を伸ばす。

「いいよ、雲風。俺の分をやるよ」

 蒼雲が作業を始める前に、裕樹は自分の皿の上の肉を切って雲風の前に置いた。

「裕樹」

「だってお前、それ以上やったらもう食べる分無くなっちゃうだろう?」

 蒼雲は半分以上を二匹の猫に分け与えている。付け合わせのレタスの上には、一枚の半分程度の肉が申し訳程度に残っているだけだ。蒼雲はいつも、猫たちのことを最優先にする。それを指摘すると、「猫使いはそういうものだ」とさらっと言うが、そういうものだからといってそれを徹底できるほど人の心は強くはない。育ち盛りの高校生がキャベツと味噌汁をおかずに満足できるはずは無いのだ。

「いいの? 裕樹」

「いいよ。食べな。雲風」

「わーい。ありがと」

 雲風が嬉しそうにヒゲを動かす。一瞬だけ蒼雲に確認するような素振りを見せて、置かれた肉をパクつく。


「裕樹さんは、普通にしていても猫さんと会話が出来るんですか?」

 思いがけないことを呼びかけられて、裕樹は体ごと顔を反対方向に向けた。驚いたような声は祥子のものだ。見れば、祥子と麻衣が身を乗り出すようにしてこちらを見ている。

「え?」

 一瞬、何を言われたのかわからずに裕樹は首を傾げた。

 雲風も風霧も尻尾二本の化け猫モードだ。会話が出来るのは普通じゃないのか?

「あぁ、まぁ、彼らが化け猫モードの時なら、普通に」

 答えながら、蒼雲の顔を伺う。質問の意味がいまいちわからない。

「例えこいつらが化け猫モードでも、霊力がないと言葉として聞き取れない」

「え? そうなの?」

 平然と語る蒼雲の顔から視線を移して、隣に座っている梓乃の顔色も伺う。

「はい。裕樹さんのことは、すごいなぁって思っています。初めて会った時は、お互い戦闘モードだったので、それ故に聞き取れているのだと思っていたのですが、裕樹さん、普通にリラックスしている時でも七枝や雲風さん達と会話をしていて、本当にびっくりしました」

「そうなの?」

 梓乃の言葉に、疑問の言葉を反復する。普通だと思っていた。初めて化け猫と遭遇した10歳の頃から。

「猫の側でも、意識的に聞かせたい時には術を使うが、」

「俺たち裕樹には使ってないもんねー」

「化け猫モードになるだけで会話できるもんね」

「ねー」

 雲風と風霧が顔を見合わせてニカッと笑う。

「雅哉は? お前も家でも普通に会話してたよな?」

「俺は、だいぶ集中しないと聞き取れない。だから、猫たちと会話する必要がある時には意識して気を集中させている」

「そうなの?」

「何だ、裕樹ってそういうの無意識にできんの? やっぱりお前も天才の部類なんだよな、まじで」

「すごい! 裕樹さん、意識的に気を集中しなくても猫さん達の言葉聞き取れるんですね? 私なんて、少し前から集中して聞こうとしているのですが、全然無理なんですよ」

 祥子の言葉に麻衣が「うんうん」と大げさに頷いている。二人の羨望の眼差しが、裕樹に集まってくる。

「そうなの?」

 同じ台詞をまた繰り返す。

「やっぱり、皆さんは別クラスに配属されているわけですよ。私たちとは全然レベル違いますもの」

 祥子と麻衣は自分たちとの差を確認するように見つめ合い、納得するように頷き合う。

「私たち、生きて学院を終了できるのかしら? 模擬戦でさえも足引っ張っちゃいそうです」

 改めて周囲に気を配ると、裕樹達の周囲のテーブルでこちらの会話に聞き耳を立てていた同級生達が、ある者は絶望して、ある者は納得して、またある者は羨望して溜め息をついている。

(溜め息をつきたいのはこっちだ)

 と、裕樹は思う。自分の未熟さは自分が一番よく分かっている。他人に羨ましがられる立場ではない。そういう目で見られることは、自分が一番苦しい。


「そういうのは関係ない」

 その場の雰囲気を変えたのは蒼雲だった。

「人には向き不向きがある。もちろん、不向きを減らす努力は必要だが、チーム戦は適材適所だ。基本的に模擬戦では死なないわけだから、そこでその適所を見つければいい。そのために模擬戦や合宿が予定されてんだろう?」

 食堂が水を打ったように静かになったのは、自分たちの会話に多くの生徒達が聞き耳を立てていた証拠だ。

「それより雅哉。まず乗り切るべきは午後の授業だろう?」

 蒼雲が壁の時計に視線を送る。

「あー!!!」

 雅哉が耳を塞ぎたくなるような大声を出す。

「うわー、まじそうだ。早く喰っちゃわねぇと」

 壁の時計を見て、雅哉が慌てて残っていたご飯を口につめて、味噌汁でそれを流し込む。ガチャガチャと皿同士がぶつかって音を立てる。雅哉の午後は、打撃系の体術、徒手空拳の授業だ。講師はもちろん富嶽で、授業開始十五分前からアップを始めておけという指令で、遅刻厳禁らしい。

「んじゃぁ、俺、先行くから! また夕方な!」

 雅哉は立ち上がってガチャガチャと食器を積み重ねたまま、慌ただしく出口へ向かって駆け出した。

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