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愚痴とフラグ

 今度の週末から、梓乃も雅哉も土日は自宅に戻ることになっていた。梓乃の場合、猫風家には長距離を練習出来るような弓道場が無いので仕方ない。それに、始めたばかりの猫森の秘術に関わる修練もある。

「私だって別に楽しくないですよー。2日間ずっと道場の予定ですから。でも、お兄様にも、妹達にも会えるし、弓術自体は嫌いではないので」

「はぁ。ならいいよなー。俺は帰りたくない」

 愚痴をこぼしてはみるのだが、雅哉の父、富嶽はそんな反抗が通じる相手ではない。山岳修験の中でも苛烈なことで知られている遠山衆は、一年のほとんどを山で過ごすような一派で、中学時代の雅哉も、休みのたびに深山幽谷へと駆り立てられていたらしい。就学のリズムが整う今週からは、金曜日の授業時間の終了と同時にそのままどこぞの山へと拉致されるという生活が始まるらしい。雅哉はその話を、溜息に乗せて一気に愚痴った。

「せっかく楽しい共同生活で、山歩きから解消されたと思ったのにさぁー。これじゃぁ休日返上で、俺、いったいいつ休んだらいいのさ」

「いや、それは何ともご愁傷様としか言えないけど、俺もあんまり人のことに同情していられる状況じゃないんだよな。週末かぁ」

 裕樹自身も、今週末には剣術の特訓が予告されている。

「遠山衆は元々山岳修験を日常の一部としているんだから、これまでだって毎週末山歩きだったんだろ?」

「そりゃぁ、まぁ、確かにこれまでもずっと休みになりゃぁ山歩きだったんだけどさぁ。親父が毎回参加するわけじゃなかったし、なんだかんだ言って仕事でいないことも多くて、宗派の先輩とかじーさん達と一緒で、まぁそこそこ楽しかったりもしたわけよ。でも今は状況違うだろう? 平日は猫風家でしごかれて、週末は親父が同行して武術の修練とセットの山歩きなんて、もうまじ勘弁して欲しい」

「確かに、富嶽先生は特別体力ありそうだからね」

 後ろに並ぶ雅哉を振り返りながら、同情の意味を込めて軽く肩をすぼませる。

「まじで。ほんとやめて欲しい」

「でも、先輩達との第一回の模擬戦が来月なんですからそれまでにはいろいろ新しい術とか覚えておかないといけないじゃないですか。新しい退魔術を伝授していただけるんでしょう?」

 雅哉が嫌がっている週末の山歩きの計画については、先ほど食堂に来るまでの廊下の途中で富嶽に出会って直接聞かされたのだが、その時に、「今週から雅哉に新しい退魔術を叩き込む」という話をしていたのを梓乃は話題にしている。

 先週の土御門典膳襲撃事件のことも踏まえて、雅哉には、力技ではなくもう少し呪符を効率的に使った呪術を身につける必要があるという判定が下っていた。

 霊泉学院は、一応3年制ということになってはいるが、2年目以降の在校生は学院内にはほとんどいない。それは、実戦に耐えうると判断されれば、天御柱の戦力として、すぐに現場に送り込まれるからだ。毎日学院内に残っているのは、要するに落第生。1クラスにまとめられて、実技の修練を積んで最終試験の合格を目指すか、術者以外の道に活路を見出すかを決めねばならない。先輩ではあるけれど、先輩風を吹かせられる立場ではないので、学院内では目立たない存在だ。

 模擬戦は、“卒業した”先輩達と1年目の生徒達が、呪術戦の模擬戦を行う行事だ。例年は夏と年度末に2回しか無いのだが、今年は特別ということで、6月末からほぼ月に一度の頻度で予定されている。

「だから、それが憂鬱なんだって」

「何を言っているんですか! 新しい術を教えていただけるなんて素晴らしいことじゃないですか。術者として誇らしいことですよ」

「梓乃ちゃんは何事も前向きでいいねぇ」

「あなたが後ろ向きすぎるんです!」

「はぁ。でもまじで、親父と一緒に山に入るとか、もうそれだけで殺されるかもしれないんだぜ。俺、男臭い中で死ぬのは絶対やだって思ってんだよ。山で死ぬのも最悪な。死ぬならこう、女の子の膝に頭乗せて~。頭撫でてもらいながら、そう、女の子が涙流してくれちゃったりなんかして…。あぁぁ~。俺、女抱かずに死ぬなんて絶対やだなー」

「ちょっと、変な目で見ないで下さい」

 物欲しそうな目で梓乃の胸元に視線を落としたので、梓乃が刺々しい声で反論した。

「あー。せめて梓乃ちゃん、キスさせてくんないかなー。そしたら頑張れるのになー」

「はぁ?? 何言っているんですか! そんなことするわけないじゃないですか!」

 梓乃の雅哉を見る目が、害虫でも見るかのような目に変わる。

「いいじゃんいいじゃん。減るもんじゃないし」

 タコのように怪しく手を伸ばすのを、隣から裕樹が引き止める。

「雅哉、お前それセクハラだぞ。それに梓乃ちゃんは蒼雲の許嫁なんだから無理に決まってんだろ?」

「は? 何? 今なんて言った???」

「セクハラだぞ」

「そっちじゃなくて!」

「あぁ、梓乃ちゃんが蒼雲の許嫁って話?」

「許嫁? まじで? ねぇ、まじで? 公然と手を出しても許されるっていう、結婚を前提としたあの夢の契約!」

「なんだよ、それ。そんな契約じゃないだろ。本人たちの意志にかかわらず親が勝手に結婚の約束を決めるってだけだし、別に手を出していい契約なんかじゃないだろ」

 雅哉のあまりの勝手な解釈に裕樹は苦笑いを浮かべる。しかも、興奮しすぎ。顔を上気させ、鼻の穴を広げて夢中になって食いついてくる。

「でも結婚は決まってんだろ? ってことは、手を出しても許されるってことだろうよ? あ! それで一緒に住んでんのか? もしかしてお前らもう?」

 話はどんどんエスカレートしていく。

「違います! そんなんじゃなくて!」

 梓乃がもう顔を真っ赤にして雅哉に抗議している。

「蒼雲さんも何とか言ってください!」

 先にプレートを受け取って歩き出そうとした蒼雲に、梓乃が助けを求める。

「何を?」

「聞いたぞ蒼雲、お前、梓乃ちゃんといたしてもいい関係なんだって?」

「いたす? 何を?」

「な、何をって、おい、もう女の子と『いたす』って言ったらあれしか無いだろ?」

「はぁ?」

 こういう時の蒼雲は全く真意が読めない。本当に知らないのか、雅哉をからかうために知らない振りをしているのか、だ。蒼雲ほどの男なら、状況を踏まえて、もうどんな話をしていたのかわかっているはずだ。それでも敢えてとぼけた振りをしているのか。

「そんなの決まってるだろ、せ」

 いきなり、梓乃の肩に座っていた三毛猫が雅哉の顔を引っ掻いた。赤い爪の跡が頬に延びる。

「痛っ! 何すんだよ」

「あんまりにも会話が下劣だからですよ」

「なんだよ、ひでーな」

 梓乃の言葉に納得がいかない顔をして口を尖らせている。助けを求めるように裕樹の方を見る。

「あぁ、今のは雅哉が悪いな。そりゃぁ引っ掻かれても仕方ない」

「なんだよ、それー」

「ま、そんだけ元気があるなら大丈夫だ。いつか『いたせる』日のために、死なないように週末も頑張れ」

 蒼雲が、意地悪な視線を向けながら、歩き出す。

「そうだな、たぶんそういうやつは、大事の前に願望達成すると早死にしちゃうっていう死亡フラグ立ってるから、一人前になるまで女の子はお預けの方がいいね」

 裕樹まで意地悪を言う。

「えー、まじかー。ほんと。まじないわー」

 悔しそうな悲しそうな、それでいて楽しそうな顔。

「ま。それより今は、女子との楽しい食事会だな」

 裕樹が指摘するまでもなく、雅哉の視線は、すぐ目の前のテーブルに座ってこちらに可愛らしい笑顔を向けている二人の同級生に釘付けになっている。

「なんだよ、もう立ち直ってるのかよ」

「人生楽しめるうちに楽しんでおかないとな」

「はじめまして、吉兆瀬麻衣です」

「神楽坂祥子です」

「遠山雅哉だ。はじめまして、って、さっき一緒だったじゃん。よろしくな。俺のことは、雅哉って呼んでくれ。麻衣ちゃんに祥子ちゃんって呼んでいいよね?」

「はい、もちろんです。雅哉さん」

 呆れている裕樹を無視して、雅哉は早速二人と挨拶を交わしている。その変わり身の早さに、裕樹は梓乃と顔を見合わせた。

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