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落ち着かない部屋

 裕樹は先ほどから、所在なげにソファーベッドに横たわっている。

 ラベンダーの柔らかな香りのする部屋の中でフカフカなベッドに体が程よく沈み込み、60度ほどに体を起こした状態でカモミールティーを飲みながらくつろいでいる。鳥の鳴き声を含んだ心地よいヒーリングミュージックが絶え間なく流れている。

 これだけ聞くと、どんな高級サロンで休憩中かと思うのだが、その実は、SICS本部の一室である。頭を含めて体の何カ所かから、コードのようなものが伸びて機械と接続されている。

「で? こっちはどう?」

 一仕事終えてモニタールームに戻って来た弥生が、研究員に声をかける。

「なかなか脳波が安定しません」

 モニターを覗き込んでいる研究員が弥生の方を振り返る。

「仕方ないわよ。初めてなんだから緊張するのは無理ないわ。裕樹君、もう薬は抜けているんでしょう?」

「錠剤タイプの鎮痛剤を服用しているはずですが、あっちの薬はもう抜けているはずです」

 父親の俊樹が小さくうなづく。

「そう。じゃぁ問題ないわ。脳波も、その程度なら問題ないでしょう」

「しかし、意識防壁がまだ解除されていませんが」

「この環境で、蒼雲君みたいにいきなり何もかもさらけ出せる人はそうそういないわよ。モニターは続行して。私が最初から深層心理へ直接誘導するから問題ないわ」

「分かりました」

 三人の研究員が同時に返事をする。

「それにしても、本格的に修行始めて5年でしょう? それで天御柱入りなんだから優秀よね。さすがは御鏡家の嫡男ってことかしら」

 机の上のマグカップを手に取って、弥生が後ろに座っている俊樹の方を見る。

「剣だけは父が物心ついた頃から仕込んでくれてましたからね。まぁ、実戦では役に立たないレベルなんでこれからですが」

 俊樹もマグカップを片手に持ったまま返事をする。

「よく律子さんが納得したわね」

「納得も何も、妻とは最初からそういう約束でしたからね。彼女も、御鏡の家のことはよく分かっています。分かった上で役目を果たしてくれています」

 弥生が、おそらく自身の境遇とも重ね合わせて、少し寂しそうに作り笑いを浮かべた。自分たちには、生まれる前から自由は無かった。

「じゃぁ、行ってくるけど、3時間はかかるから適当にくつろいでいてね。訓練ルームを使ってもらうのは構わないけど、蒼雲君のあの状態ではお勧めしないわ」

 モニタールームになっているこの部屋には、二つの部屋の映像が映し出され、中にいる人物の脳波や心拍数などがリアルタイムで表示されている。

 弥生は、ハーブティーの入ったマグカップを口に運びながら、つい先ほど聴取を終えたばかりの蒼雲の様子をモニター越しに確認した。同時に背後の椅子に腰掛けている蒼龍を牽制するのを忘れない。モニター画面の中の蒼雲は別室で同じくソファーベッドに横たわってハーブティーらしきものを飲んでいるが、こちらに表示される脳波形は安定している。

「資料庫に行かせる」

「私は、休ませてあげて、って言ってるんだけど」

 平然と口にする蒼龍に露骨に嫌な顔を浮かべながら、弥生はマグカップをテーブルに戻す。

「優しくされることは、本人が望んでいない」

「そんな子供にしたのは誰よ、まったく。15歳の男の子が、あれだけの苦痛を抱えながら優しくされるのを望まないなんて普通じゃないのよ。瑠威(るい)が生きていたらなんていうのかしら?」

「あいつも猫使いだった。俺たちの定めについては夥多に理解していた」

「弥生先輩。こいつに何言っても無駄ですよ。もちろん、蒼雲君本人に直接聞いてもダメでしょうけどね」

「そうみたいね」

 俊樹の本質をついた言葉に、弥生は大きな溜め息をつく。

「俺が蒼雲君と雑談でもしているよ。監視カメラの無い部屋で」

 立ち上がったのは富嶽だ。最後の台詞を強調して蒼龍に視線を流す。

「お願い、富嶽。松原。第三休憩室を準備してあげて」

「わかりました」

 壁際の机に腰掛けていた一人の部下がすぐに立ち上がる。

「勝手だな」

 椅子の背もたれに体重を預けて足を組んでいた蒼龍が、舌打ちをして出て行く二人の姿を見送る。

「私たちも、優しくなれないあなたの事情は十分に分かっているつもりよ。悪鬼羅刹の討伐には、猫使いの一族、それも風の一族のあなた達に、高天原からの大きな期待が寄せられているし、実質的にあなた達にすべてを委ねるしか無い私たちの不甲斐ない現状もある。この前だって雅哉は蒼雲君に助けられたのだし、蒼雲君が厳しく育てられているおかげであの子が助かったと言ってもいいわね。言ってみれば、他人のために彼は自分の命を削っている。彼だけじゃないわね。あなた自身もそうよね。私たちも、あなたに何度となく命を救われている。それはあなたが、幼い頃から自我を捨てて耐え忍んで来たおかげだってこともよく分かっている。その役目があなた達にしか出来ないというのも事実でしょう。私たちには、代わってあげたくても無理なんだから。だから私たちがいる時くらい、私たちに何か出来る時くらい、手綱を委ねてくれてもいいんじゃない? そのくらいの甘えなら、許されるんじゃないのかしら?」

 蒼龍は緘黙したままだ。

「まぁいいわ。蒼雲君のことは富嶽に任せておけば安心でしょう。あの人も優しい人じゃないけど、猫風君の事情はよく分かっているし、あぁ見えて他人の子供には優しいのよ」

 机に片手をついて身を乗り出すようにこちらを覗き込んでくる弥生に、

「俺も他人の子供には優しいさ」

蒼龍はブスッとした返事を返す。

「さぁどうだか」

 肩をすくめた弥生の表情は、言葉とは裏腹に少し嬉しそうだった。

「では、行って来るわね、御鏡君」

「よろしくお願いします」

「お楽しみに~」

 ハイヒールをカツカツと鳴らしながら、賀茂弥生は楽しそうに扉を出て行った。

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