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秘密基地

 薄暗い地下道のような廊下を進む。

 すぐに、明るい光に満ちた巨大なフロアに出た。スーツ姿の男女が、情報端末に向かい合い慌ただしく手を動かしている。その合間を縫うようにして、一人の女性が五人の元へと歩いてくる。

「忙しいところ悪いわね。猫風君、御鏡君」

 女性がにこりと微笑む。この呼びかけは、二人の父親に向けられたものだ。

「こちらこそ、お待たせしてすみません弥生先輩」

 俊樹が頭を下げる。

「いいのよ。無理に起こすのはよくないっていうのは、共通の見解だったし。久しぶりね、蒼雲君。怪我の具合はどう?」

「お久しぶりです、賀茂班長。怪我に関しては問題ありません」

 蒼雲がキリッと姿勢を正して答えを返す。

 賀茂弥生の目が細められる。

「問題ないって感じには見えないけど」

 彼女の目には、ちゃんと何かが見えているようだ。だが、無理して強がっているわけではなく、それが蒼雲の地なのだと知っている弥生は、諦めの表情でフッと小さく笑う。

「まぁいいわ。我慢強いのは昔からだものね。でも、『賀茂班長』はやめてって言ったじゃない? 私、名前で呼ばれる方が好きなの。もっとも、猫風君には、20年間お願いしているのに、一度も名前で呼んでもらえてないから、仕方が無いのかもしれないけど」

「それで、そちらの彼が御鏡君の息子さんかしら? よく来てくれたわね。警察庁刑事局捜査一課超常現象捜査班班長、賀茂弥生です。下の名前で呼んでね」

 ボディコンシャスなミニスカスーツを身に着けた賀茂弥生は、人妻には、というか母親には見えなかった。左右非対称のショートボブ姿は若々しく、30代前半、もしかすると20代にすら間違えられるかもしれない。目の前の女性と、雅哉の母親という事実がなかなか繋がらない。

「御鏡裕樹です。よろしくお願いします。弥生班長」

 裕樹は、差し出された弥生の手を握る。

「ふふふ」

 弥生が吹き出すように笑った。

「私はそんなに母親っぽく見えないかしら?」

「え、あの、いえ…」

「まったく。お前はすぐに感情が表情に乗る。もっと自制心を鍛えなければダメだな」

 呆れたように俊樹が溜め息をつく。

「特に弥生先輩の前ではな。十二分に気をつけて意識に上げないようにしていても読み取られるんだ。弥生先輩に丸裸にされるのが嫌だったら、先輩の前では思考自体をしないで厳重にブロックするように気をつけるしかないな」

「なによ、それ。私、そんなに嫌な女じゃないわよ」

「嫌な女なんて一言も言ってませんし、思ってもいませんよ。ほら」

 俊樹が弥生と正面から視線を合わせる。俊樹の言葉が本当なら、わざと自分の心をさらけ出している瞬間なのかもしれない。

「あなたは心理防壁が高すぎて信用できないわよ。まぁ、嘘の情報を読み取らせるというのはテクニックのひとつだけどね」

「その技術なら蒼龍には敵わないですよ」

「猫風君は嘘も真もまったく見えないからね。蒼雲君も、その歳でそれは可愛げないわよ」

 弥生がまるで女子大生のような若々しい視線で、猫風親子の顔を交互に覗き込む。

「まぁ裕樹の場合、その辺りのことは弥生先輩に一度丸裸にしてもらって、一から鍛えてもらわないといけないでしょうね」

 俊樹が傍らに立っている裕樹の頭をポンと叩く。

「裕樹君も並の高校生とは比べ物にならないほど意識管理ができているけれど」

 弥生の艶やかな視線が裕樹の顔に移る。

「並の高校生と比べても仕方がないですよ」

「なぁに? 随分厳しいじゃない。息子思いの御鏡君らしくないわね」

「方針転換したんですよ。蒼龍路線に」

「そうなの? あらら。それはお気の毒」

 悪戯っぽい笑みを浮かべて、弥生が裕樹の顔をもう一度じっくりと眺める。

「動揺もないってことは、本人も了承済みってわけね。感受性豊っていうのは悪いことじゃないから、それを押し込めろっていうのはひどい話なんだけど。呪術者にとっては諸刃の刃ってわけだからね」

「弥生。そろそろ本題に入らないと」

 富嶽が会話に割って入る。

「そうね。ではまず、今ここにいるメンバーに二人を紹介するわ」

 そう言って背後を振り返る。

「総員起立!」

 これまでの会話中の声音とは数段固い声で、弥生が声をかける。広いフロアに気持ちよく響き渡る、よく通る声だ。

 一瞬の躊躇もなく、フロアにいた男女が全員立ち上がる。

「皆もよく知っていると思いますが、兵部司(ひょうぶのつかさ)の猫風長官と、御鏡副長官です。そして今日は、四日前の襲撃事件の聴取のために、お二人の息子でもある蒼雲君と裕樹君が来てくれている。蒼雲君にはすでに会っているもの多いと思うが。彼らは今年度の学院の新入生で、例の案件の指揮を執ることになっている。我々は今後、出来る限り彼らを支援していくことになる。今後こちらに来てもらうこともあると思うので、よろしく頼む」

「はい」

 その場にいた20人近い人間が、一斉に敬礼したので、裕樹はその迫力に少し面食らった。こんな場面に遭遇するのは初めてだ。いや、初めてでなかったとしてもドキリとするだろう。全員の視線と気が、まっすぐに裕樹たちに向けられている。

「蒼雲君、裕樹君。ここにいるのは、こちらのスーツ姿の人間が警察庁側のSICSのメンバー、いわゆるK-SICSの主要メンバー。奥にいる制服組が自衛隊側のJ-SICSのメンバー。対比する形で、内部では、K、Jだけでメンバーを区別することもある。J-SICSの方は全員戦闘能力に長けた術者が集まっていて、天御柱(あまのみはしら)からの仕事を直接請け負うことも多いからほとんど本部にはいないが、今日は珍しくトップ三を含めて何人か顔を揃えているから後で紹介してもらうといいでしょう。ちなみに、J-SICSの方の隊長は、遠山一佐が務めている。私は警察庁側のK-SICSの班長をしている。こちら側は、現在72名体制で、その半分が地方に出張って情報収集の任に当たっている。高天原からの命令を受けて、この春から47都道府県すべての県警に、担当者が在籍する形になっている。これまでは、兵部司直轄の警備局の人間が何人か主要な地警に配置されてたのだけど、全国くまなく、そして直接捜査に関わる人員も必要だということでね。おかげでこの春からは、地方の情報も全て一括してここで管理できているので、知りたいことがあれば遠慮なく声をかけてね」

 最後だけ親しみを込めた口調に戻して、弥生がK-SICS責任者として蒼雲と裕樹に組織の紹介をする。

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 二人は、高校生の自分たちに敬礼してくれている大人達を前にして、深々と頭を下げた。

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