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猫森家の食卓

 その頃。猫森家の食堂。

 猫森家は、猫使いの家としては珍しいのだが、頻繁に家族揃って食卓を囲む。特に週末の食事は、朝食だけでなく夕食までも一緒になることが多い。4月から梓乃が猫風家に移ったので、久々の家族揃っての朝食だ。

 坪庭を望む落ち着いた食堂で、家族6人が食卓を囲んでいた。

「本当ですか!? お父様!」

 予想より響いてしまった声に、梓乃自身が驚いて、軽く浮かせかけた腰を、静かに座布団に戻した。食卓についた家族全員の視線が梓乃に集まっている。

猫たち専用の食卓でも、六匹の猫たちが全力で耳を傾けている。

「大きな声を出してすみませんでした」

 梓乃は、消え入りそうな声で俯く。

「蒼雲君も裕樹君も、先ほど無事に目を覚ましたそうだ」

 湯のみから口を離して、梓乃の父が話を続ける。

「ひどい怪我をしたと聞いていたが、これからSICSの本部に出張るらしいから動き回っても平気なくらいには回復したのだろう」

「でもお二人とも3日間も意識不明だったのでしょう?」

 梓乃の母親が、心配そうな声で尋ねる。

「回復のために、意図的に眠らせていたのだろう。猫風家の専属医は呪術の腕も優秀だからな」

「それならいいのですが…」

「それでお父様。本当に明日から戻っても大丈夫なのでしょうか?」

「猫風殿がそう言ってこられたのだから問題ないのだろう。遠山君のところの息子さんも、明日の夕方には猫風家に移ると聞いている。どれだけ今まで通りの日課を取り戻せるのかは分からないが、猫風殿が大丈夫というからには、それなりに修練も再開するのだろう。月曜日から普通に学院にも登校すると。それでお前はどうするのかと問い合わせが、」

「参ります!」

 話を遮る形で梓乃が答える。

「梓乃…」

 あまりの即答に、母親が目を丸くした。

「あなたは大丈夫なのですか? 梓乃」

「はい。私は怪我をしたと言っても、この左手だけです。雅哉さんも猫風家へ移られるというならなおさらです。私も戻ります。私たちは同じチームで、これから一緒に戦って行かなければならない仲間なのです。ですから、出来るだけ多くの時を一緒に過ごして、お互いを知る必要があると思うのです」

「なんだかお前、随分と変わったな」

 梓乃の言葉が熱を持っていたからか、隣に座っている彼女の兄、柾一郎(せいいちろう)が感心したような声で妹を見る。梓乃よりも深い緑色の瞳が、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめている。猫森家の次期当主である柾一郎は、彼女より七つ歳が上で、すでに森の一族の猫使いとして数多くの実績を残している術者だ。

「いえ…、変わっただなんて、そんな…」

「昔は、戦うことを嫌悪していたじゃないか?」

 いきなり変わったと指摘されて、梓乃は可愛らしく頬を赤らめた。言外の意味を読み取られたような気がして恥ずかしかったのだ。

「それは…私たちは日々命を狙われているわけですし、それに、大きな使命があります」

「それに、あれだけ猫風家の跡取りに腹を立てていたお前が、あの家に戻ることをそれほど楽しみにしているのを見るのは不思議な気分だな。義務的に決められた許嫁に対する感情とは思えんな。無愛想で女心になど頓着なさそうに見えるのだが、やはり魅力的な男なのか? 猫風蒼雲君は」

 猫使いの仕事を通じて、柾一郎は蒼雲とも面識がある。梓乃の予感は的中して、兄は明らかに、言外の意味に話を集中させていた。

「え? いえ、そんな、お兄様! 私はそんなことを申しているわけではありません! ただ、お二人のことが心配で、一刻も早くお目にかかりたいと…」

誤解を解こうと必死になればなるほど話は深みにはまっていくものだ。

「お二人、か。御鏡家の息子も射程に入っているということか? 今まで男にさして興味を示さなかったお前にしては珍しいな」

「あわわ…、お兄様、私はそんなことを申し上げているのでは…」

 梓乃の口からはもうまともな言葉は出てきそうになかった。真っ赤になったまま、必死に同じような弁解を繰り返している。

「梓乃、落ち着きなさい。術者はどんな時も、平静を保っていなければならない。いつも言っているだろう」

 父親の少しきつい口調に窘められて、梓乃がようやく落ち着きを取り戻したのは、それから数十秒後だ。

「すみません。お父様」

 耳まで真っ赤にしたまま恥ずかしそうに俯く。

「お前は確かに蒼雲君の許嫁だ。彼のことを心配するのも分かる。だが、色恋沙汰は脇に置いておかねばならないぞ。お前が猫風家にお世話になっているのは、猫使いとしての技を磨くためだ。正直なところ、何事も無くて済むのであれば花嫁修業に重点を置いても良かったのかもしれないが、残念なことに、命を落とすかもしれない危険な任務を割りあてられている。お前が猫使いである以上、高天原(たかまがはら)の命令に背くことは出来ない。土蜘蛛衆を壊滅させるために、強くなる道しか残されていないのだ」

 父親の言葉は、炎上しそうになっていた娘の感情を急速に冷却していた。梓乃も、徐々に平静を取り戻していく。

「その件は十分に承知しております。お父様。今の私の実力では、蒼雲さんはおろか、裕樹さんや雅哉さんの足下にも及びません。彼らの足を引っ張るだけの状態ではいけないという自覚があります」

「お姉様がまたあちらに移られるのはとても寂しいです」

 ここまで黙って会話を聞いていた妹の(もみじ)が、思い詰めたような表情で呟く。

「でも、お姉様が命を落とされるようなことは絶対に嫌です」

 その隣に座っている(かえで)も不安げな表情で梓乃の顔を見上げる。

「わかっています。(もみじ)(かえで)。ですからお父様。私は、強くなるために猫風家にお世話になっているのです。私個人としても、チームとしても強くなるためです。ですから明日からあちらに戻ることをお許しください」

 梓乃は両手を軽く組み合わせて太腿の上に下ろし、右斜め前に座っている父親に向かって深々と頭を下げた。

「そういうことならもちろん、お前を引き止める理由は無い。心して励みなさい。猫風殿には私の方から連絡しておくから、夕方には移れるように支度をしておきなさい」

「はい。ありがとうございます」

 嬉しさを顔いっぱいに表現している娘の姿に、父と母は呆れたように苦笑いを浮かべた。

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