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黄泉(よみ)の眷属

 蒼雲と裕樹は、夜風を切って走っていた。

 道を外れて木々の間を走ってショートカットする。

「あぁ、くそ! 暗くてよく見えん」

 裕樹が愚痴った瞬間、彼の腕を蒼雲の手が掴んだ。

「一緒に走るぞ」

 青く輝く眼をした蒼雲が、視線を前に向けたまま言う。

 彼の肩にいた猫が1匹裕樹の肩に移ってくる。おそらく風霧だ。

 二人は手をつないだまま走っている。

 少し先の暗がりに、白い人の形をしたものが見える。辺りに満ちている瘴気が一気に濃くなる。背景に上がった火柱で、その姿がシルエットのように浮かび上がる。

「女か?」

 全裸に近い姿の女の形に見える。

 不意に、裕樹の脳裏に昼間聞いた声が浮かぶ。


黄泉津醜女(よもつしこめ)だ。伊邪那美(いざなみ)様の眷属だ】


「梓乃ちゃんと雅哉は?」

「ここにいます」

 すぐ後ろから声が聞こえる。二人も手をつないで走って来たのだ。

「二人もお互い手をつなげる距離を保つんだ。あいつは、俺たちを分断させるつもりだ。離されたら終わりだ。俺たちは四人で行動する、いいな」

 裕樹が、強い口調で三人に声をかける。

「よし。なら距離を開けるな。梓乃、お前は雅哉の目になれ。後衛(こうえい)はそこを動くな」

 蒼雲がその言葉に応じる。

「ふふふふふふふふふ」

目の前の女が笑った。低い、実に不快な声だった。こちらを嘲るような、魂を縛り上げるようなザラザラとした嫌な音だ。

「裕樹」

「あぁ」

二人は、数歩前に出て後衛二人との距離を保つ。

「鬼か?」

黄泉津醜女(よもつしこめ)だ」

 裕樹が先ほど頭に浮かんだ言葉を口に出す。

「黄泉津醜女?」

 蒼雲の気配が一段と緊張したのがわかる。

「伊邪那美の眷属?」

那由他(なゆた)、俺たちの周りに結界を張れ」

 裕樹が小さく咒を唱える。音もなく藤の精霊、那由他が現れて、四人の周りに防御のための結界を張る。

「梓乃ちゃん、鳴弦(なりゆみ)を!」

 裕樹が振り返らずに背後の梓乃に指示を出す。

梓乃の眼も爛々と緑色に光っている。猫化しているのだ。

「猫を使って惑わせろ! 梓乃」

 蒼雲が命じる。それだけで、猫使いの間では意思疎通ができたようだ。

「はい」

 彼女の脇に、巨大化した三毛猫がいて毛を逆立てている。

 ビョン

 ビョン

 ビョンビョンビョン

 弦が弾かれる。

 ビョンビョン

 その度に、三毛猫の口から白い煙のような物が細く細く吐き出されていく。

 目の前の白い人影の動きが止まる。

「小賢しい。幻術か!」

 女の周りからボコボコと黒い固まりのようなものが湧き上がって来てそれが小さくちぎれる。女が手を振ると、それが一斉にこちらに向かってくる。

「来ます!」

唵阿毘羅吽欠(おんあびらうんけん)

 雅哉が一気に複数枚の護符を投げる。梓乃がそれめがけて弓を引く。梓乃が射た矢が護符を貫き、女が投げてきたもの全てをたたき落とす。それは、魑魅魍魎の類いだ。地面に落ちたものたちは、護符に囚われ苦しそうにもがいている。

「雲風、風霧!」

 蒼雲が叫ぶ。2匹の化け猫が虎のような大きさに変化する。

 蒼雲も裕樹も太刀を抜いている。裕樹は、左手の指に挟んだ捕縛呪の呪符を素早く起符(きふ)する。

 女が向かってくる。全く質量を感じさせない唐突な動きだった。

 捕縛呪の網と二人の太刀が同時に放たれる。

 左右からの横薙ぎ。

 女の体が真っ二つに切れる。切断された胴体から、真っ黒い瘴気がものすごい勢いで吹き出して辺りを覆い尽くす。

「ふふふふふふふ」

 それでも、女は笑っていた。不気味な笑いだった。

 裕樹が上半身に、蒼雲が下半身にそれぞれ退魔の呪をかけた刃を突き立てる。

「うっ!!!」

 二人めがけて、いや、四人を目がけて、先ほどまで女が立っていた木の背後辺りから何かが飛んでくる。呪のかかった何本もの鎖だ。

「まずい! よけろ」

 蒼雲が叫ぶ。

「剣が!」

 女の身体を突き抜けて地面に突き刺さった剣が抜けない。

「っち!」

 先ほどの女に、何らかの呪がかけられていたのだ。それを貫いていることで刀の自由が奪われている。

 裕樹は、刀から強引に手を離して呪符を手に取る。

「なに?」

 その呪符を弾き飛ばされる。

 勘だけで斜め後方に飛び退いた瞬間、裕樹の視界の隅を無数の鎖のようなものが走り抜ける。

「きゃぁっ!!」

 梓乃の悲鳴のような声が一瞬だけして、唐突に途切れた。

「梓乃ちゃん!」

 裕樹に彼女のことを心配している暇はなかった。呪符が近距離で発動する気配が三度ほどして、爆発の粉塵が視界を流れる。

「ぐわぁぁっ!」

 雅哉が叫び声を上げるのと、重いものが地面に打ち付けられるような音がしたのは同時だった。

「雅哉!」

 もう一歩距離を取ろうとした裕樹の足を、瘴気の鎖が絡めとる。それを知覚した刹那、電流のような何かが流れ、裕樹は耐えられずその場に膝をついた。

「うっ、ぐぁぁぁっ!!」

 梓乃が腰から崩れ落ちるようにして、地面に倒れ込むのが見えた。

「大丈夫か? 梓乃ちゃん。このぉ!!」

 数メートル手前で片膝づきになっている雅哉が、両手の自由を奪っている鎖を強引に引きちぎろうとするが外れそうにない。この瞬間も、先ほどの鎖は禍々しい黒い瘴気を吹き上げている。鎖自体が生き物のようだ。雅哉の手が懐に伸びる。

「くっそー、なんだこれ」

 雅哉が新たな呪符を発動する暇もなく、さらに何かの攻撃が前方の闇の中から飛んでくるのが視える。無数の小さな、しかし禍々しい姿をした鬼だ。鬼の牙が、爪が彼の体に食い込み、雅哉の体はその鬼に拘束されて動かなくなる。

「雅哉!」

 裕樹はグッと奥歯を噛んだ。裕樹の両手も、瘴気の鎖によって自由を奪われている。力を入れたためか、昼間怪我した傷が開いて、額からの血が頬を伝う。

「行け!」

 鋭い声が背後から飛ぶ。

 蒼雲が猫たちに命じたのだ。

 蒼雲の手が緩やかに上空へと向けられる。呪を唱える。その動きに合わせて、周囲の空気が、急速に一点に吸い込まれていく。強力な空気の流れが生まれ、上昇気流となって辺りの瘴気を強引に引き離そうとする。ほんの一瞬、鎖が引き離されてちぎれた。

 蒼雲はその隙を見逃さなかった。その一瞬の隙に呪符を飛ばし、雲風と風霧がそれを咥えたまま加速する。二匹の姿が、まるで炎でも纏ったかのようにオレンジ色の光に包まれる。間髪入れずに、雅哉と梓乃を拘束している呪を切り裂いて、二人の体を敵の展開している拘束場からはじき出した。二人の体が、木々の間を転がる。

「ふにゃ!」

 二人が逃れた代わりに、猫たちの体が拘束されて地面に叩き付けられる。その間にも、絶え間なく瘴気が形を成して飛んでくる。重苦しく、心臓を握りつぶされるような禍々しい瘴気だ。

 一瞬の閃光。暗闇を昼間のように照らす稲妻のような光りが散って、印を結び小さく呪を唱えていた蒼雲が、強引に立ち上がる。体中に茨の棘に引っ掻かれたような傷が走り流血していた。明らかに強引に、周囲に散在している鬼達を引き寄せている。自分の霊気を餌に、囮になろうとしているのだ。

「逃げろ、裕樹」

「蒼雲! 無茶だ、よせ!」

 蒼雲の両腕が、強引に自身を絡めとる瘴気の鎖を引きちぎる。血だらけの両手が、太刀を握っている。

 青い眼が爛々と輝く。完全猫化した状態で、地面を蹴って目の前の暗がりへと走る。これまでの何十倍もあるようなものすごい瘴気がその空間から吹き出して来て、巨大な固まりとなって蒼雲にぶつかる。体を捻って受け身をとりながら、雷帝符を投げつけ、握り込んだ太刀をその瘴気の中心に突き立てる。

「ぐはぁっ!!!」

 呪符が跳ね返されて、直近で発動した呪符の爆風で逆に吹き飛ばされる。

「蒼雲!!」

 裕樹が叫ぶ。

 裕樹は、蒼雲のその捨て身の攻撃で、自分たちを拘束していた力が霧散したのを感じた。

(いまだ!)

 今しかないのは分かった。攻め込むなら今しかないことは分かっていた。

(でもどうすれば…)

 一瞬の隙が命取りになることもある。この場合がまさにそうだ。霧散したと思われた瘴気の向こうに、禍々しい二つの目が光る。

「しまった!」

(くそ、間に合うか!)

 裕樹は反射的に足下の草を放って草の精霊で盾を作る。

 バシュバシュバシッ

 黒く短いナイフのような鋭利なものが、立て続けにその盾に突き刺さる。

(保たないか…)

 ギリギリッ

 盾が軋む。脇腹が痛む。

(もう保たない…)

 二重三重で張っている結界の維持と目の前の盾の維持。そして自分の足を拘束する鎖に霊力を奪われている。グッと奥歯を噛む。裕樹は地面に突き刺さったままの太刀の柄に、必死に手を伸ばす。

 さらに新たな黒い無数の鬼の形をした魍魎がこちらに向かってくるのが見える。新たな呪詛の鎖が結界を突き破って裕樹の体に絡まる。

 おそらく鎖には強力な呪詛のようなものがかけられていて、それで体の自由を奪われている。体中が痺れる。時々意識が飛ぶ。

 黒い魍魎の群れが、頭上から裕樹を飲み込もうとしていた。 

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