炎上
建物の入り口に、猫風蒼龍が立って、何人かの職員らしき人物と話をしている。
四人も外へと飛び出した。
「あれ見ろ」
蒼雲が指差した先で、真っ赤な炎が空を焦がしているのが見えた。
低い雲の底面が、オレンジ色に照らされている。
サイレンの音があちこちから聞こえる。
「皇居前広場の方向だ」
「あっちは?」
「竹崎ジャンクションの方向だな」
視界の何カ所かから赤い光が漏れている。目の前の広場には、猫風家の車が2台止まっており、宗徳や運転手達が心配そうに車外に出て空を見あげている。
「猫風長官!」
蒼龍の元に、皇宮警察の服装をした、おそらくは天御柱の関係者が、次から次へと走り込んで来る。
「内堀通り沿いに鬼が出たと」
「今はそれが皇居前広場に移動しているとか」
「広場で何人か倒れていると報告が入っています!」
「皇居の周囲を走っていたランナーが巻き込まれて相当数やられてると、先ほどから警視庁の連中が無線で言ってます」
報告をしている間にも、建物内から、または外からさらに人が駆けて来て蒼龍に状況の報告をしていく。
「SICSからは?」
蒼龍の声。
「今、当麻様が受けておられます」
その会話がこちらにも漏れてくる。
「内堀通り側の鬼の残党は制圧したと連絡がありました」
パトカーと救急車、そして消防車のサイレンの音が織り重なるように聞こえる。その間にも、次から次へと新しい情報が入ってくる。
「よし。とりあえず、皇居前広場の鬼を何とかするぞ。院内に残っている術者は何人いる? 手分けして対応に当たらせろ」
人垣の中心で指示を出していた蒼龍が、ここでようやく、入り口付近に立っている蒼雲たちに気がついた。数歩歩いてこちらに近づいてくる。
「お前たちはここにいろ」
「父上、これはいったい」
蒼雲が蒼龍に問う。
「わからん。だが嫌な予感がする。お前たちはここで周囲を警戒していろ」
緊張した声。
「はい」
蒼雲も緊張した面持ちで小さく頷く。
「俊樹、ここの結界強化は?」
「もう終わっているよ」
背後の暗闇から現れた御鏡俊樹が応じる。
「松翁に結界を張らせている。維持は任せたよ。裕樹」
「は、はい!」
「御鏡副長官!」
「ここの結界は大丈夫だ。それより上空からの視界を封じている。半蔵門の側に人を割いて援護してくれ」
俊樹が振り返ってその男性に指示を出す。
「宮下! 高天原から情報統制が始まる。SICSに連絡してネットワーク遮断を始めろ」
蒼龍の命令で、職員の一人が地下へと走っていく。
「よし、行くぞ」
俊樹と蒼龍が内堀通りの方向へ走り出す。何人かがそれに続く。
「おい、いったい何が起きてる?」
雅哉が心配そうな顔でこちらを見てくる。
何が起きているのかは誰にもわからない。ただひとつ言えるのは、複次的に爆発火災が起きているということだ。しかも、鬼の気配がする。
話している間にも、新たな爆発音が響き火柱が立ち上る。
先ほどの話だと人的被害がだいぶ出ているような内容だった。上空を飛ぶヘリの音がいくつか聞こえる。俊樹の話の通りだとすれば、この辺りはすでに結界が張られて、上空からは見えないはずだが、この爆発自体がどの程度見えているのか定かではない。高天原の情報統制が、もうすでに始まっているようだ。
そして、とても嫌な感覚がする。
息苦しくなるような、吐き気を催すような、ザラザラとして不快な感覚だ。
それが何かはなんとなくわかる。
強力な鬼の放つ瘴気だ。悪鬼悪霊羅刹の類。
「裕樹」
堅い声。蒼雲もそれに気がついているようだ。
「うん。嫌な予感がする」
「嫌な予感?」
梓乃が心配そうな顔で裕樹の顔を見る。
「さっきから、何かが内側の結界に干渉している」
「え?」
声を潜める。
裕樹は、その違和感がどこからするのかを探知しようとしていた。
「どこだ…」
結界の縁に沿って意識を這わせる。俊樹の張った結界は、皇居のお堀に沿って学院の敷地を二重に取り囲んでいた。何物をも入らないようにする結界というよりも、入った物を外へと出さないタイプの結界だ。その内側に入り込んだ何かが、結界に触れてくる。
「裕樹!」
同じく猫化の度合いを高めて殺気を探知していた蒼雲が顔を上げる。気がついたのはほぼ同時だった。どちらからともなく走り出す。
建物の裏に回り込む。背後の暗闇に、緑で覆われた江戸城本丸跡がある。そちらの方向の暗闇に眼を凝らす。猫化した蒼雲の眼は、早くも人の影を捉えていた。
白い影が、視界の隅を横切ったような気配がする。
「女?」
「裕樹、行けるか?」
「あぁ」
「追うぞ!」
二人はほぼ同時に走り出していた。
「お、おい、お前ら! 待てよ!」
「待って下さい!」
雅哉と梓乃も、慌てて二人の後を追った。




