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苛烈な授業

「よーし。全員揃ってるな」

 御鏡俊樹(みかがみとしき)が修練場に顔を出した。

 13時。午後の授業の開始だ。

「ふぅん。少しは危機感を持ったみたいだね? 午前中より顔が本気になって来た」

 俊樹は、四人の顔をひとつひとつゆっくり見る。

「自分はもう少しちゃんとやれると思ったか? それとも、こんなもんだって思ってたか?」

 意地悪に笑う。

「まぁどっちでもいい。課題はわかったはずだ。今のきみたちでは話にならない。得意な方であれだからね。で、やるべきことがありすぎて何からやろうか困ってしまうわけだけど、ひとつ良いニュースがある。今、裕樹と梓乃くんは蒼雲くんちに下宿しているわけだけど、そこに今日から、雅哉くんも下宿することになりまーす」

「は? え? ええええ???!」

 気楽な口調で言っているが、結構に重要事項だ。

「ちょっ、ちょっと待て! 待て…っで下さい」

 慌てふためいた雅哉が俊樹に迫る。

「実力見させてもらったわけだけど、もうなんていうか、昼間ここで授業するだけじゃ全然足りないレベルだったわけよ。で、さっき電話で担任の蒼龍とも話して、これはもう24時間管理するしか無いだろう、と」

「な…」

「仕方ないよね。時間は待ってはくれないわけだから」

 指摘されれば反論できない。まったくもってその通りだ。

「だから、24時間を有効に使って、修行内容を組むことにした。学院では、午前中に呪術関連の知識詰め込んで、午後はいろいろ、自分の専門以外の分野の授業とかここで実戦想定した訓練とか学校ぽいことをやって、家では、朝と夜の時間をフルに使って自分の専門を徹底的に修練する。安心して。富嶽さんも週何日かは猫風家に滞在できるって言ってるし」

「え? えぇ? 親父も?」

 雅哉の問いかけに、俊樹が小さく頷く。

「って、でも今日からって、俺、一度は家に…」

「帰れないよ。今日このまま帰ることになるね」

「はぁ?」

「心配いらないよ。猫風家にはなんでも揃っている。それに、修行に必要そうなものは、富嶽さんが手配して、今頃、遠山衆の誰かが、猫風家に運び込んでいるはずだよ」

「いやいやいや、そういう問題じゃなくて…ほら、俺の私物とか…」

「どうせプライベートの時間なんてほとんどないんだから必要ないよ」

にべもない言葉。

「あぁ。そう言ったのは富嶽さんだからね」

 そのあとに続けられた言葉に、雅哉は大きなため息をついた。

「なんだか合宿みたいで楽しいだろ? 学院内の宿泊所に入れればいいんだけど、ここはそんなに広くない。猫風家の東京屋敷は、地下にいろいろ道場なんかの施設充実してるし、母屋も広いから問題ない。あぁ、雅哉くんは離れね。ちょうど四人で住めるようになってるから。それで、徹底的に鍛えることになるよ。まぁ当然、双手の二人には、倍くらいの負荷かけるんだけど」

 蒼雲の顔をチラリとみて、それから厳しい視線で裕樹の方を見る。

「で、早速なんだけど、今日の午後の予定ね。スケジュール表は今日明日中に作って渡すから暫定的な話をすると、今日は、それぞれの専門の分野のこれからの方針について話を聞いてくることになってる。梓乃くんは『弓道場−1』に行くように。場所はここね」

 梓乃に弓道場の地図を手渡す。

「きみのお父さんが講師で来ている」

「お父様が!?」

「今すぐ行くように」

「は、はい!」

 梓乃が弾かれたように頭を下げて、慌てて早速階段を駆け上がっていく。

「で、雅哉くんだが」

「嫌な予感しかしません」

「だろう? それ正解。きみのところは、体術の中でも徒手空拳が得意だよね? 打撃系。もちろん、その講師で富嶽さん以上の適任者はいないわけだよ。これからの授業では、ここでも稽古付けてもらうことになると思うけど、とりあえずは、今日はきみが『武道場−1』に行くように」

「はぁ…」

「ちなみに、午前中のきみの不甲斐ない様子についてはお伝えしてあるから、しっかり絞られて来なさい」

「えー。まじかー」

 顔をしかめて「あちゃー」と頭をかく。雅哉にとっては、相当に恐ろしい存在のようだ。渋々と、階段を上っていく。大きな雅哉が肩を落として上っていく姿は、後ろから見ていても滑稽だ。雅哉の足音が上に消えて、教室の扉が開いて閉じる。

「さて。何で二人残されたかわかるね?」

 腕組みをしたまま俊樹が蒼雲と裕樹を見る。

「はい」

「今の実力じゃぁ、まったくお話しにならないわけだけど、それでも、戦闘系呪術でまともに戦えるのはきみたち二人だけだ。それはまぁ、ある程度わかってはいたことなんだけど、今日の新たな発見は、想像以上に力不足ってことだな。特に裕樹。自覚してると思うけど」

「…はい」

「そこで、まぁ、さすがの僕も危機感を感じてるわけよ」

 裕樹は、俊樹の言葉をぐっとかみしめる。わかっている、何もかも。

「とにかく。体力不足と呪術の基礎練不足はこれからたっぷり補うとして、今日は…。終業の17時まで、だいたい4時間ある。4時間、休み無く式神と戦ってもらう」

「!」

「しかしまぁ、それだけでは大して辛くもないわけで、さらに負荷をかけることにした」

 そう言って、俊樹は、手に持っていた袋から細い数珠のような物を取り出して、それを4本ずつ二人に配った。

「それを、手首と足首に付けるんだ。それから、きみたちの太刀」

 ポンと指を弾くと、俊樹の傍らに躑躅の精霊である鹿子(かのこ)が現れる。その両手に太刀を2本抱えている

「祓うのに刀は不可欠だから、太刀との相性も高めないといけない」

 蒼い太刀を取って、それを蒼雲に差し出しながら俊樹は会話を続ける。猫風家の宝刀、蒼魔刀(そうまとう)だ。

「蒼雲くんはすでに蒼魔刀を実戦でもだいぶ使いこなしているみたいだからいいけど、裕樹はまだ鬼切丸の実力の3分の1も出せてない」

 そう言いながら、今度は朱鞘の太刀を手に取る。

 妖樟鬼切丸(ようしょうおにきりまる)。強力な楠の精霊を封じ込めた破魔の剣だ。

「これ、御鏡家の宝刀の中でもかなり優秀な太刀なんだから、あの程度で気を失うようなヤツに使われるんじゃぁ可愛そうすぎるからね」

 俊樹が右手の指でスッと鞘に触れると、すぐ脇に水干姿の長身の人形が現れた。

「鬼切丸の実力なら、この前の土蜘蛛の使い魔など本来は1発で一刀両断なんだけどな」

 実に残念そうな表情で、太刀を裕樹に差し出す。

「使いこなせるまでにはまだまだかかりそうだな。まずは準備して。太刀を佩いて。使わないことにはいつまで経っても慣れないからね。これから徹底的に使い込むとして…」

 俊樹はそう言ってから、少し二人から距離を取り道場の真ん中あたりへと進む。

 ドサッ

 っと、突然出現した大きな麻袋が俊樹の脇に落ちてくる。

 その袋の口を開く。

 中には、細い木の葉がいっぱい詰まっている。

「これからきみたちが片付ける式神ね。一体一体はそれほど強くはないけど、ちゃんと極悪な呪詛かけてあるから、本気でやらないと死ぬからね。じゃぁ、始めるよ」

 俊樹はそう言って、懐から呪符を取り出し咒を唱え始める。印を結び、両手を左右にパンと広げる。

 その瞬間、呪符が一枚ずつ左右の壁に飛ぶ。

 ズン

 重苦しい重力が体にかかる。裕樹は目眩がした。足に力を入れて、なんとか倒れないように踏みとどまる。

 修練場の床も壁も、歪んで見えるような感じがする。

 湧き上がって来た気配が、スーッと消える。

「くっ、くわぁっ…なんだ、これ…」

 体の自由が奪われる。体がものすごく重い。

「蒼雲くんは猫化しても良いよ。猫は使っちゃダメだけどね」

「こ、これは、いったい?」

「その手足の呪符が、きみたちの体の自由を奪っている。この修練場にはそういう修行ができるような結界が張ってあってね。その状態だと、まぁ、なんだかんだと立っているのもつらいだろうけど、さっき言ったようにね。式神が来るよ。覚悟して」

 俊樹はさらりとそう言って、今度は別の咒を唱え始める。

 俊樹の脇にあった袋から木の葉が舞い上がり、無数の式神となって修練場に現れる。

「切るだけでは、葉っぱが小さくなって式神の数が増えるだけだからね。ちゃんと太刀に咒をかけて気を纏わせて滅しないと、いつまで経っても終わらないからね。お互いの存在を身近に感じて、無意識に連携できるようにするための修練でもあるから。背中合わせで戦えるようにね」

 そこまで言って、俊樹は呪符を手に、再び低く呪文を唱える。

「…御鏡の名において汝らに命ず。式神よ。我が命に従え。その二人を殺せ」

「!?」

 殺せと命じた。

 式神に。

 殺せと。

 早速式神が向かってくる。裕樹と蒼雲はほぼ同時に太刀を抜いた。

 刀身に呪をかける。

 切る。

 戦いが始まった。際限ない戦いが。

「よし。じゃぁ、死なないように頑張るよーに」

 俊樹は軽やかに階段を上っていく。中2階の教室のこちらを見下ろせる場所に腰掛けて腕を組む。

「さぁて。どこまで保つかな?」

 期待と不安。

 皆が世界に翻弄されている。高天原のシナリオ通りに。でもそれは避けることができない道筋で、何があっても進まなくてはいけない道だから。

「俊樹も意地悪だね」

 隣に腰掛けた風霧がふふんと鼻を鳴らす。その目が笑っている。

「蒼龍ほどじゃないと思うけどね」

「でもあれ、結構大変だと思うけどにゃ」

 細い手すりに飛び乗った雲風も、下を覗き込んでなんだか嬉しそうだ。

「きみたちは嬉しそうだね」

「俺たちも参加したくてうずうずしてる」

「アタシも〜。だって、蒼雲にもっと強くなってもらいたいもんね」

「裕樹にももっと強くなってもらいたいもんね〜」

「ね〜」

 風霧と雲風は顔を見合わせて小首を傾げる。可愛い仕草とは裏腹に、言っていることは穏やかではない。

「だから俺も、修羅にならないといけないんだ」

 俊樹も眼下の二人の動きを目で追いながら、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

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