表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/104

決意

 気がついた時にはもう取り囲まれていた。

 息詰まるほどの瘴気だ。


(蒼雲は? 梓乃ちゃんは? 雅哉は?)


 周りには誰の気配もない。


(分断されたか)


【黄泉津醜女だ。伊邪那美様の眷属だ】


 誰かが頭の中で叫ぶ。

 周囲の瘴気(しょうき)が、醜い崩れかけた人形となって襲い掛かってくる。


(術者はどこだ?)


 黒い闇がますます濃くなる。飲み込まれる。

 右手に太刀を握っている。

 妖刀。赤い光を放つ、妖樟鬼切丸(ようしょうおにきりまる)

 刀を振るう。鬼を切る手ごたえがある。しかしその鬼は、斬られた姿のまままた立ち上がる。

 ひとつひとつ、またひとつ。

 鬼の数が増えていく。


(くそ! きりが無い!! くそくそくそ!!!)


 闇雲に刀を振る。

 鬼の眼が光る。

 取り込まれる。

 取り殺される。取り殺される。


   *****


「ぐぅぁ!」

 初めて見る天井。

 天井に向かってのばされた、包帯が巻かれた自分の右手。

 自分がなぜここに寝ているのかを思い出してみる。ここは学院の、おそらく医務室のベッドの上だ。

「気がついたか、裕樹」

 父親の声だ。

 慌てて首を回す。ベッドの脇の椅子に、俊樹が座っていた。じっとこちらを見ている。

「…師匠……」

 迷わず口に出した。もう、父さんなんて呼べる存在ではない。自分は、足元にも及ばなかった。赤子のように捻りつぶされて、ぐうの音も出ない。

 それ以上の言葉が出てこない。

(恐らく自分はとても情けない、泣き出しそうな顔をしているのだろう)

と思う。

「俺…」

「感傷に浸っている場合じゃないぞ。裕樹」

 俊樹はすでに立ち上がっている。

「早く起きろ。もうすぐ昼休みが終わる。昼飯は抜きだな。教室に戻るぞ」

「俺、」

 ベッドサイドに寄って、裕樹の頭にポンと手を置く。

「御鏡家の次期当主がそんな情けない顔してると困る、って言っただろう? しっかりしろ。お前に死なれるわけにはいかないんだからな」

「はい…」

「分かったらとっと起きろ。1分1秒たりとも、無駄にしている余裕はないぞ」

 裕樹は体を起こした。左脇腹に激痛が走る。背中もズキズキと痛む。

 コンコンコン

 ノックの音がする。

「どうぞ」

「失礼致します」

 蒼雲の声だ。

「着替えをお持ちしました」

「悪いね、蒼雲くん。じゃぁ、裕樹、着替えたら教室に来いよ。午後も、立てなくなるくらいまでしごいてやるから覚悟して来い」

「…はい」

「じゃ、後よろしくね。蒼雲くん」

俊樹はそう言うと部屋から出て行った。

蒼雲がベッドの脇まで歩いてくる。

「ほら、着替え」

 きれいに畳まれた新しい道着を差し出す。詳しくは覚えていないが、午前中に着ていた物は呪符が弾けてボロボロになった。学院では、新しい道着が自動で供給される仕組みになっているのだ。

「ありがとう」

 手渡された道着を受け取って、裕樹はベッドから足を降ろす。

 体中が痛い。

「大丈夫か?」

「あぁ、まぁ…」

 上半身は裸で、肩から脇腹にかけて包帯が巻かれている。それ以外にも、内出血して真っ青になっている箇所が何カ所も見える。

「痛いけど、なんとか」

「体のことじゃない」

「え?」

 裕樹は蒼雲の顔を見上げた。

「お前の心だ。余裕なくなってるだろう?」

 確かにそうだ。完全に追い詰められている。後ろは切り立った崖で真下は深い谷。目の前には牙を剥く猛獣。前にも後ろにも進めない。そんな気分。

「俺が甘かっただけだ。これでようやく、スタートラインだ。お前はもうとっくにゴールに向けて走ってるのにな。俺はこれからスタートだ。まったく、情けないよな」

 着替えながら己の甘さを反省する。

 真新しい道着が、また気分を新たにさせる。

「ほら」

「うん? なに、これ」

「飯食ってないだろ?」

 差し出されたのはお握りだった。小さめのお握りが3つ。サランラップに包まれている。

「安心しろ。握ったのは梓乃だ」

「いや別に、そこは気にしてないけど」

「後12分で昼休みが終わる。午後はまた、修練場に集合だそうだ。さっきの話だと、午後もきつそうだ。食っておかないと体もたないぞ」

「ありがとう」



 着替えて握り飯を食べてから、二人は連れだって医務室を出た。医務室は講堂がある階層の2階下のフロアにあって、宮内庁病院の地下に当たる。実質的に天御柱の術者の治療を担当する医務官は、表向きは宮内庁病院の医師として勤務しているのだ。長い廊下を通って教室のある方向へ歩いていく。

「お前は、どうだった? あの後やったんだろう?」

 歩きながら蒼雲に声をかける。自分は見られなかったけど、あの後、俊樹と蒼雲が剣を交えたはずだ。

 蒼雲は無言のまま道着の袖をまくり上げて裕樹に見せた。真新しい内出血の跡がいくつも付いている。よく見れば、道着の合わせ目から覗く肩口にも青痣がある。

「過去一度も勝てたことは無い」

「父さん、強いんだな…」

 自分の知っている父親とは、やっぱり違った。改めてその事実を確認する。

「あぁ。強いな。天御柱で一番の剣の使い手だぞ」

「そうなのか? 蒼龍先生より上ってこと?」

「剣に関しては父上より上だろうな。父上は、俊樹先生と一緒の時は太刀をほとんど使わない。猫化に集中してる」

「ごめん…」

 蒼雲の言葉に裕樹が俯く。

「うん?」

「俺が不甲斐ないから、お前は集中できないよな。太刀も使わなきゃならないし、仕舞いには俺のこと庇って戦わなきゃならなくなる」

「それはお互い様だろ? 俺が頼りないからお前は結界を張るのに集中できない。個人の実力を上げてチームとしての力を高める。俊樹先生の言う通りだ。俺たちはまだまだ弱い。だからもっと必死になって力を付けないといけない」

「あぁ…、そうだな」

 教室に入る。もう修練場に降りているのだろう。梓乃と雅哉の声が下から聞こえる。

「あれ? 裕樹さーん」

 裕樹の姿に気がついた梓乃が手を振っている。

「裕樹、大丈夫か!?」

 雅哉もこっちを見ている。

 裕樹は軽く手を振って、手すりに掴まりながら慎重に階段を下りる。体中が痛い。でもそんなこと言っている暇はない。裕樹は階段を下りながら、下で手を振っている梓乃と雅哉を見る。七枝と雲風、風霧の三匹は、楽しそうに追いかけっこをしている。

(強くならなければ、もっともっと)

 仲間を守るために。

 生きるために。

 裕樹は強い決意を持って、再び修練場に降り立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ