表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/104

授業初日の衝撃

 翌朝も、昨日と変わらないように登校した。

 普通の高校生のような風景。

 平穏な日常。

 地下深いところにある、教室の扉を開ける。

「おはようございます。蒼雲さん、裕樹さん」

 教室に入ると、梓乃が嬉しそうに手を振って挨拶をしてくれた。

「よぉ!」

 その奥で、雅哉も片手を上げる。三人がけの長机が2セット置かれていて、その後ろの方の机の両端に、梓乃と雅哉が座っている。間の机の上には、三毛猫の七枝が足を揃えて座り、こちらも小さくお辞儀をする。

「おはよう。早いね」

「私もちょっと前に来たばかりですよ」

 鞄はまだ机の上に置かれていて、確かにまだ来たばかりのようだ。

「にしてもこの教室すっげーな。さっき下に降りて、試しに壁に穴開けてみようと思ったんだけど、爆裂符2枚使っても開かなかった」

「試すなよ」

 雅哉の無鉄砲さに裕樹は苦笑いをする。

「いや、試すだろ? 普通」

「不良かよ」

 雅哉と裕樹は、もうすっかり打ち解けている。二人の会話を見て、梓乃も楽しそうに笑っている。

 教室として四人に与えられた部屋は、黒板に向かって長机が2脚並べられたスペースと、その半分が一段上がった畳敷きのスペースとに区切られた教室だ。縦長だが、10畳くらいは余裕でありそうだ。壁際には本棚があり、呪術書などが整然と並べられている。

 蒼雲の二匹の猫、風霧と雲風は畳の上に飛び降りて、

「わ〜い」

「気持ちいい気持ちいい」

 ゴロゴロと転がって感触を確かめている。

 ここまでは普通の教室。

 この教室は中2階になっていて、入り口と反対側の階段を降りると、下はだだっ広い修練場だ。天井が高く、壁には呪符で堅牢な結界が貼られている。雅哉が試しても壊れないくらいには強力な結界のようだ。

 学院にはこの手の修練場付きの教室が何部屋かあるそうだが、そのうちの1部屋が、裕樹たちの専用の教室に割り当てられていた。

「梓乃ちゃん、久々の実家どうだった?」

 空いている前の椅子に後ろ向きに腰掛けて、裕樹は梓乃に声をかける。梓乃は、昨夜は実家に呼び出されそのまま泊まってきたのだ。

「はい。いろいろと…」

 少し困ったように視線を落とす。

「怒られた?」

 空気を読まない感じで、白黒猫の雲風が、畳から直接、机の上に飛び移ってくる。

「雲風」

 裕樹が彼の名を呼ぶ。

「だってそうでしょ? 結局、支援系の仕事割り振られたんだから、怒られても不思議は無いよね」

 雲風が悪戯っぽい目で小首をかしげる。

「え?」

「雲風さんの言う通りです。本当は、私には、戦闘系の術者として別チームのリーダーをすることを期待されていたようです。それで、蒼雲さんのチームと共同するようにと…でも私があまりにもふがいないばかりに…」

「あーあー。俺も昨日は散々親父からの説教だ。そんで徹夜」

 後ろの席で雅哉が気怠そうにハエでも追っ払うようにして手を振っている。

「なんだよ? みんなそんなに否定的なわけ? この組み分け」

「いやいや、むしろ逆だって。親父からの組み分けの評価はめっちゃいいわけよ。だからだよ。『お前の今の実力でその組でどの程度の働きが出来るんだー』とか、『仲間の足を引っ張るだけだからもっと死ぬ気で鍛錬しろー』とか。それでしまいには、『かかって来い』ってなって気がつきゃ朝よ。あ〜。眠ぃ〜。体痛ぇ」

 そして大あくび。

「私も、戦闘系の能力が無いことは散々怒られましたが、この組に入ったことは褒められました。裕樹さんも、お父様にだいぶ褒められたんじゃないですか?」

「え? 俺? なんで?」

「だって、蒼雲さんと双手ですよ」

「そうしゅ?」

 聞き慣れない言葉に裕樹が反応する。

「戦闘の際に、最前線に出て戦う二人ってことです」

「あー、サッカーでいうツートップっていうやつ?」

「サッカーをよく知りませんが、たぶんそうです」

 言葉の意味はわかった。でもそれがなんで父親に褒められる要素になるのかいまいちよく分からない。

「だって、もともと俺たち御鏡家は猫風家のパートナーなんだから同じ組みになっても不思議じゃないよ」

「お前は暢気だな」

 修練場を見下ろせる手すりに寄りかかった蒼雲が会話に入ってくる。

「俺たちは一緒に仕事をするが、本来の役割はどうだったか覚えているか?」

「本来の役割?」

「猫使いは祭主として戦闘を担当し、木霊使いは結界を張って戦闘を支援する。俺たちの最初の仕事も、役割はそうだった」

「あぁ、確かに…」

 赤いワンピースの女の子が絡んだ案件の際は、裕樹が結界を張って鬼を神社の境内に封じ込めた。

「つまり、裕樹さんは本来、非戦闘系の戦闘支援担当としてチームに配属されても不思議は無いはずなんです。だって、入学式の日に講堂で咄嗟に張って下さった結界、私が念入りに組んで張る結界より遥かに強力でしたしね」

「それが戦闘系のツートップとして組み込まれてるんだぜ。それだけ強さを認められてるってことだろ? 『お前と違って、御鏡家の息子は戦闘にも優れ優秀だ』って、もう俺、昨日何十回聞かされたことか」

「はぁ?」

 再びの寝耳に水、青天の霹靂。

「俺、そんな評価なの?」

「わー、なんかそれ、ちょっと嫌みかもー」

 雅哉がいやそうな顔をして顔をしかめる。

「こいつの所は、父親が秘密主義なんだよ。こいつの父親も剣術得意だしな」

 蒼雲が彼にしては珍しく口元に笑みを浮かべている。

「秘密主義って…なんか無責任すぎるだろ、それ」

 裕樹が口を尖らせる。

「何でお前、父親にいろいろ聞かないんだよ?」

「え?」

 蒼雲の指摘はもっともだ。

「うちと違って、仲いいんだろ? つまんないこと聞いても殴られたりしないだろうし、聞いたら何でも気さくに答えてくれそうだしな」

 言われてみれば、自分から聞かなかったのは何でだろう。

(父さんが教えてくれないことを積極的に聞くのって、なんか照れくさい気がしてたんだよな。なるようになるって思っていたのか?)

 自問自答する。でも浮かんでくるのは父親への怒りだ。

「お前たちは小さい頃からいろいろ聞かされて育ったかも知んないけど、俺なんて、聞かされたの自体が5年前だよ。何聞いたら良いのかいまいちわかんないし、何となく聞きづらいんだよ。それまでは普通の親子だったし。にもかかわらずほとんど情報開示されてないってこと? なんだよそれ。それって秘密主義っていうか、放任主義すぎるだろ? ったく、あのくそ親父!」

 父のことは尊敬していた。いや、今も尊敬していること自体は変わらないけど、あまりにも秘密にされすぎていて怒りが込み上げて来る。つい、怒りの言葉が口を衝いて出る。その時、

「はいはい。放任主義のくそ親父様の登場ですよ」

 不意をついて現れたのは、裕樹の父、御鏡俊樹。

 裕樹は口を開けたまま、金縛りにでもかかったように動かない。

 たっぷりと5秒。

「口が悪いぞ、裕樹」

「と、父さん!?」

「裕樹さんのお父様?」

 梓乃も雅哉も、ポカンとして教室に入って来た俊樹を見つめる。

「はいはい。授業開始のベル、聞こえなかったか? とりあえず席に着いてこっちを向け」

「ちょっ、ま、待てよ。父さん、これはいったい…」

「聞こえなかったか? こっちを向けって言ったぞ。それから、学院内では、俺のことは先生と呼べ、いいな裕樹」

 俊樹は平然と教卓の前に立つ。

「ははぁん。なんとなく席決まってるか。前衛二人と後衛二人ね。役割的には暗黙の了解ってことだね」

 見れば、確かに、前列の席に裕樹と蒼雲、後列に雅哉と梓乃が座っていた。

「父さん、ちょっと待て。どういうことか説明してくれ!」

 立ち上がった裕樹が珍しく声を荒げた。イライラが表に出ている。

「感情を表に出すな。蒼龍にも言われてるだろう?」

 いつもとは違う、鋭い口調。

「くっ…」

 裕樹は押し黙って拳を握り込む。反抗的な視線で父親を睨む。

「はぁ」

 俊樹はその視線に大きく溜め息をつく。

「反抗期か? 裕樹」

 右手を額にやり、もう一度大きく息を吐く。

「はぁ。じゃぁ君たちには悪いけど、まずはうちの息子に説明する時間くれるかな?」

 他の三人に断ってから、俊樹は裕樹を見つめる。裕樹は、促されるようにおずおずと腰をおろす。

「まず、僕がここに居る理由。ここは知ってると思うけど天御柱(あまのみはしら)の下部組織だ。学院の生徒の教育は、天御柱の所属術者が担当する。で、このクラスの担任は猫風蒼龍。蒼雲くんの父親だ。僕は、このクラスの副担任。4月に入ってからちょっと面倒な仕事を抱えていてしばらく手が離せなかったから学院に来れなくてね。授業開始に間に合ってよかったよ。最初だし、本来は蒼龍が一緒に来るべきなんだけど、あいつは急な退魔の仕事で出かけてる。だから、副担任の僕が一人で来た。僕たちだけじゃなく、雅哉くんの父親も、梓乃くんの両親も、担任や副担任やったり、科目担当で時々授業を担当したりしている」

「そ、そんなこと…一言も教えてくれなかったじゃないか…」

「聞かれなかったからね」

 飄々と、逃げるように、俊樹は当然な顔をして言う。

「昨日も電話してこなかっただろう?」

「だって…」


『こちらのことは気にしなくていいからお前はお前のことだけを考えて頑張りなさい』


 って、そう言ったのは他ならぬ俊樹だ。

「じゃぁお前は、ここの授業を誰が担当すると思っていた? これから天御柱の術者になろうとする若者に実戦的な訓練を積ませる学院で、教育だけを担当している暢気な教師が配置されていると思ったか?」

「…」

「お前は自覚が足りない。言っただろう? 俺たち木霊(こだま)使いは、参謀として猫使いを支えて一緒に仕事をする立場にある、と。参謀、または軍師。つまり、作戦に当たっての情報収集、作戦立案を担当し指揮官を支える重要ポストだ。いついかなる時にも、状況がどうなっているのかを把握し分析し、それがどう動くかを予測する。情報が与えられるのを待っている今のお前に、その役目が果たせているか? 甘いんだよ。もっと危機感を持て。今は、何事においても、蒼雲くんの方が遥かに優秀だ。そしてお前は、それに甘えてしまっている。待っているだけで答えが来ると思ったら大間違いだ。自分で考えて予測して、必要な情報は自分で取りに行く。5年経った。そろそろお前にも出来るはずだ」

 いつもの父親とは違う。ズバズバッと物を言う。

 己の足りない部分を、グリグリと抉ってくる言葉に、裕樹はぐうの音も出ない。

「指揮官の命令次第で部下が死ぬ。それはつまり、参謀の作戦次第でチームが壊滅するってことだ。ところで。梓乃くんと雅哉くんは、このチームに課せられている仕事についてどこまで聞いて来たかな?」

「えっと…、土蜘蛛の調査を…」

 雅哉の答えに梓乃も頷く。

「基本的な話だけは聞いて来ているね。もう結論を先に行ってしまうとね、きみたちに課せられているのは、土蜘蛛の壊滅だ」

「っな…」

 雅哉と梓乃が息を飲んだのがわかる。驚きのあまり目を見開き、言葉を失っている。

「調査なんて生易しいものじゃない。きみたちのチームが先頭に立って同期の仲間を総動員して、調査して、そして、壊滅する。詳しい話は今日これからするけど、君たちには、今期の学院生すべての命がかかっている。もちろん、指揮官となる蒼雲くんの責任は重大だ。でも彼は、もうそれをわかっている。お前はどうだ? 裕樹。そこまで真剣に、このチームでの役割について考えたか?」

 俊樹の言葉が、真っ赤に燃える火箸のように俊樹の心に突き刺さってくる。心が焼けるように痛い

「昨日、蒼龍がいろいろ説明しただろう? お前は、何か疑問をぶつけたか?」

「……いえ…」

「何故だ? 自分には関係ないと思ったか? 誰かが何とかしてくれると思ったか?」

 なぜあの場で疑問に思ったことを口にしなかったのかわからない。でも確かに、もし自分が参謀としての役目を果たさなければならないのなら、土蜘蛛の壊滅なんていう大きな事案を前に、もっと積極的に情報を集めるべきだった。

(自分は天御柱の術者であるという認識が、ただただ甘かっただけだ)

「今日から、もっと責任感を持って死ぬ気でやることだ」

「…はい…」

 俯いたまま、力なく返事をする。不条理感を通り越して、自分の不甲斐なさに絶望する。精一杯頑張らなくてはならないことはわかっていた。でもそれは、自分の考えていた次元とは全然違った。

 裕樹はギュッと拳を握りしめ、奥歯を噛み締める。

 悔しい。

 情けない。

 悲しくなるほどの絶望だ。

「まぁ、たった5年で蒼雲くんの双手が務まるくらいの実力が認められたんだから、そこは自信を持て。君たち四人は、お互い何が足りないかを知り、足りないところを鍛えて埋めていけ。個人のレベルが上がれば、チームとしてのレベルが上がる。そして、上げなければ死ぬぞ」

 強い口調。四人は押し黙り、その言葉の意味を反芻する。

「僕たちも、土蜘蛛との戦いを長年続けている。そんな中でも、浄霊、除霊や退魔の仕事は無数にある。術者が片手間に土蜘蛛と向き合っているのは限界だ。だからついに高天原は、その戦いに、58人の人材を投入することを決めた。そして知っての通り、すでに1名死んでいる」

 4月1日。土蜘蛛の術者の襲撃で、名前も顔も知らない同期生が一人死んだ。

その死に関して、それ自体にはどうもできなかったが、死んだという事実はとても重い。

「きみ達の判断ミスで死者が増える。捨て駒にするなよ」

 重苦しい沈黙。15歳の自分たちに、いきなり同級生の将来どころかその命までもが委ねられてしまっている現状。本来なら、「ふざけるな」と思うところかもしれない。でも、そんな安っぽい怒りさえも湧いてこない。あまりにも大きすぎる。何もかもが。

「お伺いしてもいいですか」

 沈黙を破って蒼雲が口を開いた。

「なんだい?」

 俊樹の声は、いつもの穏やかな調子に戻っている。

「これまでの俺の理解では、土蜘蛛の勢力は散発的に生じ、全国にいくつか小さな反対組織のようなものを作ってテロ行為を行う過激派組織、という印象です。しかし、昨日の父上のお話でもそうですが、高天原は、何かとても具体的に、土蜘蛛の本体について確信を持っているような印象を受けました。高天原は、どこまで把握しておられるのでしょうか」

(蒼雲はやっぱり、自分の何層も上の次元を走っている)

 と裕樹は思う。彼の質問した意味さえも、今の自分にはわからない。その事実が苦しい。

「ふぅん」

 俊樹は満足そうな笑みを浮かべて、

「あぁ、こりゃぁまずいね」

今までのシリアスな調子とは打って変わって、とても陽気な声だ。

「僕、教育方法間違えたかなぁ」

 そして、そう言いながらポリポリと頭をかく。質問の答えが返ってこないので、蒼雲は怪訝そうな表情をしている。

「裕樹、まずいぞ、お前。もう毎日寝ないで修行に明け暮れないと、蒼雲くんには追いつけそうにないな。僕も反省して、蒼龍並みに厳しくしないといけないかな」

 裕樹を見る。厳しいことを言いながら、顔は笑っている。

「さすがだね、蒼雲くん。本当は、数ヶ月修行して、もう少し実戦で戦える自信がついたところで開示しようって話し合ってた情報なんだけどね。きみがそこまで気がついているなら、隠しても意味ないね」

 パチン

 指を鳴らす。俊樹のすぐ横に、文箱のような箱を持った式神(しきがみ)が現れた。躑躅(つつじ)の淡い香りが部屋に広がる。

「いったん配るけど、後で回収するよ」

 言いながら、文箱を開けて中の資料を四人に配りはじめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ