高天原(たかまがはら)の計画
すっかり魑魅魍魎を食べ終えた猫たちは、思い思いの格好で座布団に寛いでいる。お膳は片付けられ三人の前にはお茶の入った湯飲み茶碗が置かれている。それも、手をつけられないまますっかり冷めてしまっていた。
「それはつまり、四人で土蜘蛛の本拠地を叩けということですか」
つい数時間前、彼ら四人は学院長室に呼ばれ、既存のクラス枠とは別に四人だけでクラスを作ることを命じられた。その意味するところの詳細はその場では語られず、学院の授業の一環としての実戦で、チームとして仕事をこなしてもらう旨が簡単に語られていただけだ。
「調査、作戦立案、そして実行。土蜘蛛組織の壊滅がお前たちの学院修了要件。できなければいつまでも学院に居るか、土蜘蛛に破れて死ぬかのどちらかだ」
「でも、そんなこと…」
「これは、天御柱に任ぜられたお前たちの実力を測る試験だ。天御柱の術者は、常にその実力を試される」
(しかしたった四人で、しかもまだ修行途中の自分たちに可能なのか?)
裕樹は言葉を飲み込んだ。
「もちろん、調査には学院の他の生徒も協力する。天御柱の術者も情報の提供はする。これは天御柱の実力試験であること以上に、高天原を脅かす脅威だからな。成功しなかったでは済まされない案件だ。お前らが皆死ねば、代替案を考えなければならなくなる。お前たちは、生徒たちの指揮を執って、犠牲を最小限に任務を遂行しろ」
「でも蒼龍。他に使えそうな術者はほとんど居なかったよ」
座布団の上に寝転がったままの雲風が、空気を読まない声で会話に介入する。
(確かに、あの場に集まっていた生徒の中に、すぐに実戦に出られるような霊力を持った人間は、ほとんど居なかった)
「あれでも一応、選ばれた連中だ。有象無象の集団ではない。それに、これから日々修練で磨き上げる。少しはましになるだろう。それぞれの能力を生かして重要なピースのひとつとして使うか、ただの捨て駒として使うかはお前らの采配の見せ所だ」
「高天原は我々に過剰な期待をなさりすぎではないでしょうか」
理不尽さへの怒りを押し込めるため、蒼雲は極めて抑えた声で言った。
「これに応えられなければいずれは死ぬ。天御柱はそういうところだ。有史以前から、それは変わらない」
「話は以上だ。わかったら部屋へ戻、」
「父上。もうひとつだけ教えて下さい」
蒼雲が真っ直ぐに蒼龍を見ている。二人の青い猫の目が、がっちりとぶつかり合う。
「なんだ」
「なぜ、…いえ、…いつ、俺たち四人が選ばれたのですか」
「……」
しばしの沈黙。
「ふっ」
ほんの一瞬だったが、珍しく蒼龍が穏やかな笑みを浮かべた。その表情は、裕樹が初めて見る、蒼龍の嬉しそうな顔だったのかもしれない。
「少しは指揮官らしくなって来たな。いい読みだ」
蒼龍はすっかり冷たくなったお茶を喉に流し込んだ。そして、
「10年前だ」
ぼそりと、呟くように言った。
「そんな! 俺は10年前はまだ…」
裕樹が思わず膝立ちになって、身を乗り出していた。
「ママが居ないと寂しくて眠れないガキだったか?」
「うっ…」
裕樹は拳を握り込んで座り直した。
「この世界は箱庭の中だ。高天原は、土蜘蛛が地下で動き始めたことを把握して、その根絶のための方法を模索して来た。長年何度も衝突を繰り返し、その度に犠牲者が出ている。ここで本格的に土蜘蛛と戦うための作戦を実行する必要がある。そのための人材が必要だ」
「それが、俺たちですか」
蒼雲は、今度は憤りを表すことを控えなかった。表情に乗った感情を、蒼龍は咎めなかった。
「そうだ」
代わりに腕組みをして大きく息を吐いた。
「この世界に生まれる者は、すべて高天原の監視下にある。天御柱に属することを宿命づけられた者は、審神者であり、高天原の武器庫の役目を果たす。戦い続けることから逃れることはできない。それを良しとしない者が、土蜘蛛となり反旗を翻す。いつの時代も、悪鬼悪霊に対するのと同じくらいの戦いが、土蜘蛛との間で繰り返されてきた」
(家や一族という小さな話ではないのか…)
裕樹は混乱していた。思考がまとまらない。
(自分の意志で生きてきたように思っていたが、結局のところ自分の意志などどこにも介入していないのではないか)
「だから俺たちは、10年前から、土蜘蛛壊滅のための兵力候補とみなされていたということですか?」
蒼雲のいらだちを真っ直ぐに受け止めて、蒼龍は目を閉じ大きく息を吐き出す。
「だから、間に合うように鍛えて来た。間に合ったかどうかは神のみぞ知るだがな。お前たち二人は、生まれる前から、天御柱の兵部に属するよう宿命づけられている。だから現時点では、とりあえず天御柱に入れられただけでも由とするしかないな。神は冷酷無比だが意地悪ではない。最良のゴールに向けて試練を与えるだけだ」
「すべては高天原のシナリオ通り、というわけですか」
「お前の憤りも分かる。その気持ちは俺も同じだ。俺もずっと、幼い頃からその試練に翻弄されて来た。だからこれだけは分かる。高天原は、できないことはさせない。どれだけ道程は険しくても、必ず目的のゴールに辿り着く」
「……」
「お前ら四人は、今、お互い何が足りないか分かっているはずだ。それを自覚するように仕向けられた。梓乃が防御の要としてチームに入れられることになったのも台本通りだろう。そして、今ここで、俺たちがそれについて話していることもな」
蒼雲と裕樹は、どちらからとも無く顔を見合わせた。あまりにも長い時間軸の中で自分たちの運命が翻弄されていることを、改めて認識したのだ。
「部屋に帰って少し休め。20時からいつも通り始める」
蒼龍は来たときと同じくらい悠然と立ち上がり、2匹の猫を伴って部屋を出て行ってしまった。
蒼雲が、「ふぅっ」っと大きく息を吐き出した。俯いて目を閉じて、それから天井を見上げて唇を噛んだ。すべては、予定調和の中だ。
「あ〜、もう、どうなってんだよ」
グシャグシャグシャッと、裕樹は乱雑に頭をかく。
「戻るぞ、裕樹」
「あ、あぁ」
二人も、程なく応接室をでた。




