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試される朝

 また目覚ましが鳴る前だ。

 乱雑な足音で裕樹(ひろき)は目を覚ました。

蒼雲(そううん)様です」

 一晩中枕元に端然と正座していた黄房(きぶさ)の声が、直接頭の中で聞こえる。4月に入って使役している水仙の精霊だ。身の回りに式神(しきがみ)を置いて警戒するように天御柱(あまのみはしら)から指示があって、式神として使っている。結界内に何者かが侵入すると教えてくれる。動く度に水仙の濃い香りが部屋に広がる。

「ったく、手間掛けさせやがって」

 小さく愚痴りながら、足音が近づいてくる。

(普段は足音を立てない蒼雲にしては珍しい)

 と、のんびりと考えていたところに声をかけられた。

「おい裕樹。起きているんだろう?」

「うん」

「ちょっと来て、手伝え」

「手伝う?」

 裕樹は布団から抜け出し、廊下に出た。

 薄明。

 ほんのり白み始めた空の下だが、人の形の判別をするのが精一杯だ。そこに蒼雲が立っていた。ゾクリとするような気配。蒼雲の目は、青い猫の目をしていた。猫化(ねこか)を維持したままなのだ。その彼が何か大きな物を抱えている。

梓乃(しの)ちゃん?」

「こいつの部屋に入って布団を敷け」

「え!? えぇ? 俺が?」

「俺の両手は塞がっている。見りゃ分かるだろ」

「でも、女の子の部屋に勝手に入るなんて」

「仕方ないだろ。こいつが勝手に気を失うんだから」

「でも…」

「早くしろ」

 蒼雲に促されて、裕樹は梓乃の部屋の障子を開ける。暗い室内。

「ちょっと待て。俺はお前と違って、暗いところで目が見えるようにできてないんだ。まずいだろ、これ。電気つけなきゃ見えないし」

「ならつけろ」

「はぁ? それはまずいだろ、さすがに」

「そんなこと言ってる場合じゃない。重い。早くしろ」

「でも」

「構わないよな? 七枝(ななえ)

 足元にいる三毛猫に声をかける。2本に分かれた長い尻尾がフサフサと大きく振られる。こちらも化け猫化している。

「はい。お二人に見られて困るものは何もありませんから」

「ってことだ。早くしろ」

「わかったよ、もう」

 裕樹は部屋に入り、明かりをつけた。 

 初めて入る女の子の部屋。

 大きさもレイアウトも同じ部屋のはずなのに、可愛らしかった。ピンクのクッションにピンクのペン立て。壁際に置かれた座卓周りはピンク色のグッズできれいに整頓されていた。角に置かれたクローゼット代わりの整理棚にも、目隠しのためのピンク色の布が吊るされている。同時に、壁にかけられた制服やワンピースが目に飛び込んでくる。

 それらを見ない振りしつつ、部屋の隅にきれいに畳まれている布団を引っ張りだす。

 上に置かれていた彼女の部屋着がポロリと落ちる。ふわりと甘い匂いが立ちのぼる。

「早く敷け」

「あぁ」

 布団を敷くと、蒼雲がそこに猫森梓乃を横たえた。

 道着の肩口と脇腹部分が大きく裂けていて肌が覗いている。

「裕樹、手伝え」

「え? え????」

 蒼雲は、横たえた梓乃の道着を躊躇無く脱がしにかかっていた。すでに袴の紐を外して上着を引っ張りだして、脇の紐を外して上前をはだけさせている。

「待て、蒼雲。さすがにそれはまずいだろ。女の子脱がして、おい」

 蒼雲は聞く耳も持たずにすでに彼女の片袖を抜こうとしていた。

 さらしを巻いた梓乃の白い肌が明かりに照らされて艶かしい。

「見とれてないで手伝え」

 梓乃の体を半分起こして自らの体で支えながら、蒼雲は道着を脱がそうとしていた。動かした拍子に、肌の上に置かれていたカーゼが落ちた。

「怪我、してる」

「あぁ。だから止血して着替えさせる」

「そ、そんなの医務室で」

「こんなつまんない怪我でいちいち典医(てんい)が見てくれると思うか? この程度の怪我、猫使いなら日常的に負う。そんなもの、自分でなんとかするに決まってる」

「でも、結構深いぞ」

 肩口と脇腹に、赤い深い傷が何本も入っている。猫の爪による傷だ。

「七枝の攻撃を避けそびれたんだ。ったく、情けない」

「ほんと、お手間かけてすみません。蒼雲」

「まったくだ」

「主は近接格闘がどうも苦手で」

「間合いに踏み込まれるとパニックになるみたいだな。周りを見る余裕が無くなってる。お前の攻撃も、見えているはずなのに体が反応していない」

 話しながらも、蒼雲の手は止まることなく、梓乃の体からすっかり道着を脱がせていた。胸元にきっちりと巻かれたさらし。それも一部が切れて緩んでいた。

「お前は袴を脱がせろ」

 自分は救急箱の蓋を開けながら、気楽に言う。

「いやいやいや、それはまずいって。女の子の服脱がすなんてあり得ないだろ、まじで」

「足も切ってる。放っておくのか?」

「そ、それは…」

 袴も派手に切り裂かれていて、傷ついた肌がチラリと見える。布に血の染みができているところを見ると、相当に出血もしているようだ。

「ったく。ならそっち持て、一気に脱がせるぞ」

 渋っている裕樹を見かねて、蒼雲も消毒薬を箱に戻して梓乃の横に寄る。

 二人掛かりで、袴に手をかけ、腰から降ろしていく。

 裕樹の目の前に、エロティックな絵が飛び込んでくる。布の部分が圧倒的に少ない。

(ゴクリ)

 と、裕樹は唾を飲み込んだ。無意識に体が反応してくる。

「こら、裕樹。エロい妄想してんじゃねぇぞ」

「ちょっ、そ、そんなんじゃ…」

 ズバリの指摘をされて顔を真っ赤にする。反抗しようにもしどろもどろだ。

「手が止まってる。早く脱がしてしまえ」

「お、お前こそ、平気なのかよ、なんだ、その……目の前に、こんな、可愛い子が、こんな格好で寝ていて」

「あいにく、俺はお前みたいに変態じゃないんでね」

「へ、変態って! このシチュエーションで興奮しない方が変態だろ」

 作業の手を休めることなく、蒼雲はチラリと裕樹を見た。なんとなく軽蔑するような視線。細い猫の目に見つめられて、裕樹はなんだか、本当に自分の感覚がおかしいんじゃないかと思えて来た。

「まぁ、いいか。変態でもいいからちょっと手伝え。足を先にやる」

 蒼雲は裕樹を無視してもう次の行動に移っている。白い布は必要最低限な布切れに過ぎず、頼りない細い紐で止められているだけだ。肌色の面積が広すぎる視界に、目のやり場に困る。

 蒼雲は慣れた手つきで、右足の太腿に付いている引っかき傷の上を消毒液をしみ込ませたガーゼで拭いていく。傷薬を塗り、専用の傷パットを貼れば治療の終了だ。

 裕樹の動揺を無視して作業は進む。白く柔らかな内太腿がすぐ近くにある。体が反応しかけている。

(あぁ、これは苦行だ。神様が俺の自制心を試すために与えた試練だ)

 なるべくくそ真面目なことを考えようと、必死に頭の中を言葉で埋め尽くす。

「さて。後はこっちの傷の手当、と」

 蒼雲は、そんな裕樹の葛藤など一切気にせず、緩んだ晒を少し外したりしながら様子を見ている。

「これはこのままでいいか」

 さすがに晒を外すことまではせずに、そのまま傷の手当だけをするようだ。

 早くも消毒液を手に取って、傷を洗浄している。

「お前はそっちの傷をやれ」

 小さいけれど赤い玉が浮き出ている引っかき傷が、彼女の左胸の辺りにある。ちょうど胸の膨らみにかかる辺りだ。晒に覆われているとは言え、少し覗いたその胸の膨らみは、裕樹を興奮させるのに充分だった。

 消毒液のボトルとガーゼを渡されて困惑する。

「百歩譲ってお前はいい。梓乃ちゃんの許嫁だからな。でも俺は他人だぞ、おい、蒼雲いいのか、それ」

「別に。変なことしようとしているわけじゃねぇんだし、構わん。なぁ、七枝」

「えぇ。別に、構わないかと」

「それともなにか? お前はこの状態の無抵抗な女に何かしようとしているのか?」

 蒼雲は、彼女の脇腹の傷に薬を塗って傷パットを貼っている。その手を休めずに裕樹の方を見る。

「ったく、お前らなー」

「猫化しているときは感覚が猫だからな。別に女の裸を見たって興奮はしない」

「なに、それ。なら猫化しているときは猫を見ると興奮するって?」

 冗談で言った言葉に蒼雲は答えなかった。代わりに真剣に悩んでいるような素振りをする。

「かもな」

「は? まじか?」

 予想外の答えに、裕樹は目を丸くした。

「ってことは発情期とかあるの?」

 蒼雲は再び作業の手を止めて、裕樹の顔をじっと見つめた。裕樹の方は、

(猫に興奮するシチュエーションってどういうのだ?)

と次の疑問について真剣に考える。

「やっぱりあれか、腰上げて尻尾を振ってるあの、」

「冗談だ」

「は? な…。お、おまえ、」

「そんなわけねぇだろ」

「おい、こら、蒼雲! 俺をからかったのか」

 その時、手を触れていた梓乃が身じろぎした。

「う、うぅん」

 首元にかかっていた髪が滑り落ち、ほんのり汗ばんだうなじが露になる。艶かしい姿に、ゴクリと裕樹は唾を飲んだ。

「梓乃ちゃん?」

 慌てて手をどける。

「ご、ごめん、あの、俺」

「大丈夫だ。完全に落ちてる。そんな簡単に目を覚まさない」

 蒼雲は少しも動じることなく、彼女の肩口の傷の手当に移っている。

「それより、早くしろ。終わったら裏返して背中の手当をする」

「はぁ?」

「彼女をいつまでもこんな状態で鑑賞している方が可哀想だと思うがね」

「いや、まぁ、それは」

「なら早くしろ。俺はもう終わるぞ」

「あ、あぁ」

 裕樹は諦めて、恐る恐る彼女の胸元に触れる。柔らかな弾力のある肌。上質な白磁の肌のように吸い付くような艶めかしさがある。傷をガーゼで拭うと、血の玉が取れて、新たな赤い液体が染み出してくる。それをもう一度拭ってから、傷専用パットを貼る。

「こんなにきれいな肌なのに、可哀想に」

「猫使いは、完全猫化を維持できるようになるまで自分の使役する化け猫と徹底的に戦いの訓練をしなきゃならないからな。身も心も猫と同一化しなければ、完全猫化を維持するのは難しい。化け猫を組み伏せられるようになって初めてそれが可能になる。だからそれまでは、こうして怪我ばかりする」

「オレもだいぶ蒼雲引っ掻いたもんね」

蒼雲の脇に座った雲風(くもかぜ)が「ふふふん」と鼻を鳴らす。

「お前らは咬んだだろう?」

「だって、咬んで放り投げるの楽しいもん」

「それで俺は何度も死にかけた」

「やだなー。殺さないように絶妙にしたじゃん」

「うっせー。お前らの絶妙は全然絶妙じゃねぇんだよ」

「そんなことないもんね~」

「アタシも絶妙にするもん」

 七枝の隣に座っている灰色猫の風霧(かぜきり)も口を開く。

 昨日から、猫達は常に化け猫化していて、裕樹も何不自由なく彼らと会話ができている。

(なんだか楽しそうで羨ましいな)

 と裕樹は思う。

 そしてすぐ後に、

(楽しそうなんていうのは不謹慎だろうか)

と思い直す。命懸けで一緒に修行して来た仲間。それが、猫使いにとっての猫なのだろう。

「終わったのか? 裕樹」

「あ、あぁ」

「よし。じゃぁ、彼女の体を横向きにするから。お前、ここに手をついて、彼女の体を支えてろ」

「それ、俺の役目?」

「怪我の治療するよりいいだろ?」

 反論する間もなく、早くも梓乃の体は横向けられている。

 裕樹は、半身を布団に乗せて、彼女の右肩を腕で支えるようにする。柔らかな胸の感触が太股に触れるのを、必死に無視しようと努力する。

(あぁ、もう、ラッキーなんだかアンラッキーなんだか!)

 裕樹は、叫びだしたくなるのを必死に押さえていた。

 猫森梓乃は、背中にもひどい引っかき傷を負っていた。平行する4本の赤い線が斜めに走って交叉している。

「これは虎風(とらかぜ)さんと龍風(たつかぜ)さんだな」

 虎風と龍風というのは、蒼雲の父親でもあり師匠でもある猫風家の当主、蒼龍の使役する化け猫だ。普段、裕樹や梓乃に対してぞんざいな言葉遣いの蒼雲だが、蒼龍や彼の猫たちに対しては恐ろしく丁寧な言葉を使う。

「先生の猫も参戦するの?」

 裕樹は猫風家に下宿するようになってから、蒼龍のことを先生と呼んでいた。実際に格闘術や剣術、呪術の稽古をつけてもらっているのもあるが、それ以上に、蒼雲との関係性が想像以上に圧倒的だからだ。親子なんて甘い関係は一切ない。厳格な師弟関係。蒼龍がいないところでは軽口を叩く蒼雲も、実際に蒼龍を目の前にすると一切そんな素振りは見せない。それどころか、敬語。命令には絶対服従といった徹底ぶりだ。

「猫化の修練には猫が複数いた方がいいんだ。複数の猫に追い込まれることで、猫としての感覚が磨かれる。それに虎風さんと龍風さんは経験が豊富だから、より負荷が高い修練が積める」

「それってより厳しいってことだろ?」

「まぁな。俺がお前と初めて会った夜も、俺は四匹に狩られて死にかけてただろう?」

「あぁ」

 裕樹は、蒼雲と初めて会った樹海の夜のことを思い出す。

「加減を知らないこいつらと違って、虎風さんと龍風さんは、相手の限界をよく見極めて下さる」

「にゃんで~。オレたちだってちゃんと手加減知ってるもんね~」

「ねぇ~」

 雲風と風霧が、顔を見合わせて相槌を打ち合っている。

「ったく、お前はストイックだね。厳しくされるの喜んじゃうタイプ」

 裕樹の言葉は、皮肉ではなく賞賛だった。いつまでも追いつけない距離がそこにあるように感じていた。

「仕方ないだろ、強くなるにはそういうのに耐えなきゃなんないだろ」

「そりゃそうかもしれないけどさ」

「さすがに梓乃に対しては、完全に猫化するまでけしかけなかったけどな。猫森家はもともと弓術が専門で、近接格闘はあまりやってないからな。しばらくは様子を見ると。でも、俺の家に入るなら、それもやらなきゃならない。今日から修練の時間を倍に増やすって言ってたから、夜には叩き起こされてもう一度猫化の修練するんじゃないかな」

「こんな怪我してるのに?」

「あぁ。まぁ、怪我の痛みなんて猫化の痛みに比べれば大したことない。程度の差こそあれ、猫化するのは痛いからな」

 治療を続けながら、蒼雲はさらりとそう口にした。

「あー、それ。いつかちゃんと聞こうと思ってたんだけどさ。時々お前そう言ってるけど、猫化って、それそのものが痛いのか?」

「感覚器や体の構造を猫に近づけるんだ。絶えず神経節が刺激され体中に激痛が走る。猫化の修練は、その痛みに耐えて限界まで身体機能を引き出すための訓練だからな。だから、完全猫化した後は猛烈な痛みと猛烈な眠気で数日間は動けないんだ。完全猫化したままそれを長時間保ち続けるための修練は、それを無理矢理叩き起こして再び猫化させる。それを何度も繰り返す。一度猫化が解けた後に、激痛を抱えたままさらに痛みを重ねる猫化をするのは相当辛い。肉体的にはもちろんだが、精神的に疲弊するからな。だいぶ馴れた俺でも、今でも毎日、やりたくないと思っている」

「それを彼女にも?」

「可哀想だけど仕方ない。猫風家の猫使いになるってことはそういうことだ。俺にはどうにもしてやれない。風の一族は、猫使いの中で一番難しい仕事を請け負う。他の猫使いでは対処できない案件がうちに回ってくるんだ。だから、死ぬ確率も高い。その上、呪詛返しの恨みをかうことも多いしな。その分、死なないように徹底的に鍛える必要がある。完全猫化して長時間の戦いを戦えるかどうかは、生死に関わるんだ」

 珍しく蒼雲は饒舌だった。あらがえない運命に翻弄されているのは、他ならぬ蒼雲自身だ。普段は自分のことをあまり話さない蒼雲がこれだけ話してくれるということは、梓乃を巡る一連の動きに、相当思うところがあるのだろう。

(それに、俺も少しは心を許してもらっているのかもしれない)

 裕樹は漠然と考える。話しながらも蒼雲の手は止まらない。手慣れた様子で傷の手当をしていく。

「よし、終わったぞ。着せるぞ」

「あ、あぁ」

 部屋着の浴衣を着せて布団をかけてやる。

 頬にも引っかき傷がついていて、それにも傷パットを貼ってやる。

「手慣れてるな。いつも、傷の手当は自分でするのか?」

「あぁ、この程度ならな。いつも背中の怪我の手当てに手こずっていたが、お前が覚えたし今度はお前に手伝ってもらうかな」

「あ? あぁ、まぁいいけど」

「ありがとうございました。蒼雲、裕樹」

 三毛猫が頭を下げる。

「お前も少し休め。たぶん夜にはまた修練だ」

「えぇ、そうします」

 梓乃の枕の横に七枝も体を横たえる。

「よし。さて、そしたら、俺たちはそろそろ道場だ。ったく、1分も眠れなかったな」

 蒼雲が愚痴りながら立ち上がる。

「お前はいいのか? 腕。血がでてる」

「大丈夫だ。もう血も止まってる」

 見れば、時計はもうすぐ5時15分。5時半の集合時間はもうすぐだ。

「着替えて来いよ、裕樹。行くぞ。今日はこっちも格闘術の修練するっておっしゃってたからな」

 大きな溜め息をつきながら、蒼雲が気怠そうに頭をかく。

「おい。なにすんだ?」

 裕樹はその蒼雲の腕を取った。蒼雲を再びその場に座らせる。

「時間ないって言ってるだろ?」

「ここまで梓乃ちゃんの治療して、自分が血だらけで行くっておかしいだろ。貸せよ」

 蒼雲の持っていた救急箱を奪い、中から消毒液を取り出す。

「おい、裕樹」

「3分もあれば終わる。早く脱げよ」

「ったく」

 舌打ちをしながらも、蒼雲は右袖を道着から引き抜いた。肩から上腕にかけて、想像よりも深い引っかき傷が2本走っていて、まだ出血していた。

「これオレ」

「こっちはアタシ」

 猫たちは、得意げに腕の傷を指差している。裕樹は、先ほど覚えた手順で傷を拭い、傷の上に専用の傷用パットを貼る。

「お前はもっと、自分の体を大事にしろよ」

「うっせー」

 裕樹の言葉がくすぐったくて、蒼雲は視線を逸らす。

「よし、終わったぞ」

「余計なことしてるから時間ギリギリだぞ。とっとと着替えて来い」

 乱雑に裕樹を追い立てる。それは蒼雲の照れ隠しだ。

「あぁ。急ぐよ」

 裕樹が立ち上がって自室に消える。外はだいぶ明るさを増している。

 蒼雲は、梓乃の部屋の明かりを消して廊下に出た。程なく、2つの人影が離れから母屋へ続く渡り廊下を渡って地下への階段に消えていった。

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