闇に潜む者
ゴトリコトリ
床に置かれた木箱が小さな音を立てた。
床に置かれたそれは、白木の棺桶だった。
ゴトッコトッ
暗い堂の中央に置かれた棺桶が、時折音を立てて揺れる。不気味な光景だった。
堂内に、炎が作り出す長い人の影が揺らめく。
低い呪詛の音が堂内に満ちている。
棺桶を前に、一人の男が座っていた。印を結び、小さく呪を唱えている。
ざんばらの髪。こけた頬。眼光だけが異様に鋭い男だった。
俯いたまま、一心不乱に何事かを唱えている。
暗い堂内で、揺らめく炎が時折彼の表情を照らす。鬼のような形相だった。
男の目の前に土の山があって、そこに立てられた楔から、糸が何本か、棺桶に向かって伸びている。そしてそのまま、棺桶の隙間から中へと入り込んでいるように見える。
低く呟くように何かの呪を唱えながら、男は右手で、脇に置いた土の山から一摑みの土を取っては、それを目の前の楔の上にかけていく。その度に、糸が震えて、棺桶がコトリゴトリと音を立てる。
どのくらいの時をそうして過ごしているのかわからない。
ただ、男の目の前に積み上げられた土の山はかなり大きく、そして、棺桶の音はますます大きく、連続して響くようになっていた。
ゴトゴトゴトゴト
今までと明らかに違う様子で、棺桶が左右に揺れる。
ゴトゴトゴトゴト
ガタガタガタガタガタッツ
激しい揺れ。
激しく、痙攣するように棺桶が左右に揺れる。
そして、
パツンッ
と。いきなり固い音を立てて糸が切れた。
急激に訪れる静寂。
炎が燃える音だけが堂内に取り残された。
男の呪も止まっている。
棺桶も、ピタリと動きを止めている。恐ろしいほどの静寂。
男が、俯いていた顔を上げる。
左の目の上から頬にかけて、三筋の深い傷が刻まれている。男の眼光がいっそう鋭くなった。
「出て来い黄泉津醜女よ。お前に名をやろう」
男が呼びかけると、
カタリ
と、棺桶から再び音がした。
棺桶の蓋が左にずれる。そしてその隙間から、白い手が覗いた。
スーッ
と蓋がずらされて、そのまま床に落ちる。
棺桶の中から、女が顔を出した。長い髪が肩を流れて背中に落ちる。
女が立ち上がる。
全裸だった。
全身が蝋のように白い。
立ち上がって、棺桶から外に出た。生気のない能面のような顔。目は閉じられている。
「来い」
男がその女に声をかける。
女は、目を閉じたまま操り人形のようにぎこちない動きで歩き出す。
そして、男の目の前に立つ。
女の全身を、真っ赤な炎が舐め回すように照らす。透き通るような白さ。しかし、血の赤みが一切感じられない。冷たく、氷のような冷たさの肌だ。
「お前の名は夜寐だ。目を覚ませ。そして、俺の命に従え」
「はい。我が主」
コクリと、白い人形のような首が頷く。そして、カッと目が見開かれた。
黒く開いた眼の窪に、赤い光が宿る。
そして、夜寐と呼ばれた女は、艶やかな表情で微笑んだ。




