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不意の襲撃

「大丈夫か?」

 体の下にいる梓乃と三毛猫が無事なのを確認して、同じく足下にいた雲風の安否を確認する。

 雲風は、もう蒼雲の肩に乗っている。

「無事か? 裕樹」

 講堂の中にいた生徒達が、ワラワラと廊下へと走り出ていく。

「きみも外へ」

「で、でもあなた、怪我して……」

 言われて気がつけば、レンガを受けた右の額が切れて出血していた。血がこめかみを流れ落ちる生暖かい感覚がする。

「大丈夫、かすり傷だよ。それより、彼女を」

 三毛猫に彼女を託す。

 雲風と風霧が、虎の大きさに変化している。蒼雲の手には、すでに抜かれた蒼魔刀が握られている。

「何が起きてる? おい」

 裕樹も太刀を握り彼の隣に立つ。

「あれを見ろ!」

 彼が指差した先。講堂の壁に、黒い大きなモノが張り付いていた。3メートルはありそうな巨大な黒い蜘蛛が、先ほど吹っ飛んだ講堂の壁に張り付いている。

 赤い目がこちらを睨む。口からは、禍々しい瘴気を吐いている。

「土蜘蛛か?」

「おそらく」

「なんであんなのがここに? ここは幾重にも結界が張り巡らされてるんじゃないのかよ?」

 入学にあたっての注意事項に、

『幾重にも結界が張り巡らされているので、非正規のルートで侵入しようとするのは不可能です』

って書いてあった。裕樹はそれを思い出して愚痴る。

「知らん、俺に聞くな!」

 蒼雲の声も苛立っている。

「うわ!!」

 蜘蛛が黒い糸を吐く。それが、講堂の内部に張り巡らされていく。

「おい、蒼雲、どうする?」

「どうするも何も、滅するしかないだろう!」

「確かにな」

 裕樹も蒼雲と同じ意見だった。

「お前、地下でも木霊を使えるか?」

「あぁ。こういう時のために、俺たちは木霊を封じた木札符を持ち歩いている」

 裕樹はそう言いながら、ポケットに収納してある木札を何枚か出し、早速何体かの精霊を呼び出して式神にする。

「よし、じゃぁ、選べ」

「何を?」

「あの化け物をやるか、術者をやるか」

「術者!?」

「決まりだ。お前が目の前のあれをやれ」

 裕樹が術者の存在に気がついていないのを知り、彼が答える前に、蒼雲は決断を下していた。一気に猫目が鋭くなり青銀色の輝きを放つ。そしてその1秒後には、そこから走り出していた。軽やかな動きで講堂の椅子、テーブル、壁を蹴って、天井付近にある窓まで跳躍する。そのまま窓を突き破って外へと出ていく。

「蒼雲!…って、こっちはこっちでやるっきゃないか」

 土蜘蛛が瘴気を吐く。講堂内に黒い糸が張られ、逃げ遅れていた生徒達が何人か、その糸に囚われている。

 裕樹は、鞘から妖樟鬼切丸(ようしょうおにきりまる)を素早く抜く。呪文を唱えながら、左手の指の腹で、太刀の背に触れる。すっと、水干姿の人影が脇に立った。

 蜘蛛がこちらを向く。黒い糸がまっすぐにこちらに向かってくる。

「行くぞ!」

 思い切り刀身に気を込め向かってくるその糸を絶つ。際限なく襲ってくる糸を避けつつ、状況を分析する。裕樹は呪符を飛ばして土蜘蛛の周りに結界を張る。

「松魄! 来い!」

 松の精霊を呼び出す。壁に投げつけた呪符から鞭のような木の根が飛び出してきて土蜘蛛を壁に押さえ込む。

 松の根が、まるで触手のように宙を動き、幾重にも枷となって蜘蛛を拘束していく。

 蜘蛛の中央。核がある場所が禍々しく蠢く。裕樹はそこに向かって、

「死ね!!」

思い切り太刀を突き刺した。

「何!?」

 裕樹の刀は、直前ではじき返された。

 刀が刺さる寸前、蜘蛛が黒い網で防御したのだ。

「おい、まじか!?」

 至近距離で、おぞましい妖蜘蛛と眼が合う。

 絶望的な展開。

 形勢が一気に逆転する。一瞬で、黒い糸が吹き出してきて裕樹の体の自由が奪われる。

「くっそ、腕が」

 裕樹の腕は蜘蛛の糸で完全に吊るし上げられていた。

 太刀が手を離れ床に突き刺さる。

「くっそー」

 身動きが取れない。

(やられるか)

 裕樹が一瞬諦めかけたその時、目の前に、巨大な三毛猫が飛び込んできた。

 三毛猫が、その右手の鋭い爪で糸を引きちぎり、落下しようとする裕樹を咥えて壁の反対側まで一瞬で飛んだ。

 入れ替わるように、銀色の矢が、真っすぐに蜘蛛に向かって放たれていく。

 矢が刺さるたびに蜘蛛は黒い瘴気を吹き出していたが、その動きは徐々に弱くなり、次第には完全に、動かなくなった。

 裕樹は、三毛猫の足下にいた。

 三毛猫が、彼を拘束した糸を爪で引き裂く。

「お怪我はありませんか?」

 三毛猫のすぐ横に、猫森梓乃が立っていた。緑色の猫の目をしている。その手に弓が握られていた。

「あ、あぁ、ありがとう、助かった」

 差し伸べられた手を取って裕樹は立ち上がる。

「あれはいったいなんでしょう」

「さぁ、でも」

 講堂の中を見渡す。

 変わり果てた室内の様子。

 複数の生徒たちが瓦礫の中に倒れている。

「おい、大丈夫か!」

「ここにもいるぞ、早く運べ」

 学校関係者がワラワラと出てきて、怪我人を担架に乗せたり運び出したりしている。

 裕樹は矢が刺さって崩壊した妖蜘蛛の残骸に近づく。壁に刺さっている矢を引き抜くと、その先に、先月見たのと同じ、黒い呪いの呪符が刺さっていた。

(またこれか)

「そうだ、蒼雲!」

 裕樹は、先ほど裕樹が飛び上がって消えていた方向に走った。

 階段を使って、講堂のある一つ上の通路に上がる。通路の至る所に、ガラスの欠片や、蛍光灯の欠片、切り裂かれた観葉植物の鉢などが散在している。その残骸を避けながら廊下を走る。

 このフロアで繰り広げられていただろう蒼雲と土蜘蛛の術者との勝負は、もう終わっていた。

 目の前に、霊泉学院の制服を着た人物が倒れている。

「蒼雲!」

 その傍らに、刀を握ったままの蒼雲が立っていた。真新しかった制服はあちこち切れて、右袖から赤い血が床に落ちている。

 2匹の猫も傍らにいる。彼らの被毛も、自分たちのものか蒼雲のものか、はたまた敵の術者のものかは分からなかったが、血で濡れていた。

「蒼雲、無事か?」

 裕樹の声に気がついた蒼雲が、こちらを向いた。鋭い表情。蒼銀色の猫の眼がギラギラと輝いている。 

 完全に猫化した時の眼だ。

 手の甲で、口角の血を拭う。

 裕樹の顔を見て、少し猫化が緩む。こちらへと歩きながら、刀を蒼い鞘に静かに収める。

「あれ、お前がやったのか?」

 裕樹は、蒼雲の後ろにうつぶせに倒れている死体に視線を移す。

「いや、自分で死んだ」

「自分で?」

「自死の呪術だ。逃げられないと思って術を発動した。もともと仕込んであったんだろう」

「こいつが術者か? 学院の生徒?」

「いや。生徒に紛れて入り込んだみたいだな。この学院に入学できるのは、身元が信用できる人間ばかりのはずだから、代わりに誰かがすでに殺されているはずだ」

 裕樹は、男の死体をもう一度見た。

 うつぶせに倒れているから顔は見えない。ものすごい血だまりが広がっていた。

 そして、身代わりにさせられた生徒のことを思った。おそらく新入生だろう。ここに入学できるということは少なからぬ霊力を持っているはずだろうが、それは役に立たなかったのだろうか。そして、その新入生を殺した男もここでこうして死体になっている。

 生徒の死体はどこにあるのだろう。

(まさか、登校初日に死体になるとは、本人も家族も思ってないよな)

と、裕樹の脳裏に一瞬、両親の顔が浮かぶ。

「全員があの講堂に集まった時に術を発動させて、中の人間を皆殺しにするつもりだったんだろう」

「どうしてそんなことを?」

「さぁな」

 蒼雲は振り返ってもう一度、死闘の相手を見る。哀れむような眼で。

「ちょっと、あなた、大丈夫ですか」

 そこへ、猫森梓乃が駆け寄って来た。息を切らせている。

「いったい何があったのですか?」

「さぁな」

 こちらにもそっけない返事。

「なんですか、そのそっけない返事は、心配しているのですよ!」

「あー。今俺も、そのそっけない返事されたばっかり」

 裕樹が苦笑いを浮かべる。

「で、そう言うお前は大丈夫なのか?」

 いきなり蒼雲が梓乃の顔を見下ろして、彼女の顎に指をかけて上向かせる。

「血がついている。怪我でもしたか?」

「え、あぁ、わ、私は平気です。こ、これは、これは裕樹さんの……」

 梓乃が、顔を真っ赤にしておろおろと答える。

(ったく、女に興味がないっての嘘なんじゃないの?)

 いきなり「顎クイ」している蒼雲の様子に、裕樹は苦笑する。それから、

(まじ、俺だって一度も試したことないのにな)

などと暢気なことまで考える。

 蒼雲と梓乃がこちらを見ている。

「あぁ、最初の時ね。レンガが倒れてきた時に。でも俺、さっきは彼女に助けてもらった」

 ただでも頭の傷は出血量が多いが、戦っているうちにさらに出血したようで、気がつけば、自分も、新品の制服を血ですっかり汚していた。

「そうか、良かったな」

「って!」

「それだけかよ!?」

「そ、」

「おい、きみ達」

 梓乃が何か言いかけたところで、背後から声をかけられた。

「新入生だね?」

 学校関係者のようだ。

「はい」

「きみたちは怪我をしていないか?」

「えっと、まぁ、ちょっとは」

「医務室に案内しよう。こちらへ来なさい」 

 早くも死体の周りに学院関係者が何人か集まり、人払いをしようとしていた。

 ちょうど放送が流れていて、

『生徒の皆さんは第二講堂に集まるように』

と言うアナウンスが繰り返し流れている。

 裕樹達は、促されるままにその場を移動した。

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