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同級生は許嫁

 建物1階の奥に地下へと続く階段がある。警備員に促され、事前に渡されている仮IDカードを使ってゲートを通過し階段を下りていく。IDカードは、入学式が終わったら正式なものに交換されると書かれてあった。

 曲がりくねって続く、薄暗い階段。

 裕樹は緊張していた。

「お前も、ここ初めてなんだろう?」

「あぁ」

「の割には、平然としてるけど」

 左右の肩に1匹ずつ化け猫を乗せたまま歩いている蒼雲には、緊張の欠片は微塵もない。

「慌てふためいても仕方ないだろ」

 平然と言う。

「ところで、宗徳さん達、お帰りのお時間ってどうやってわかるの」

「ここの授業は上に管理されてる。終われば自動で連絡が行くようになってる。それだけだ」

「じゃぁ、本当に少しも自由時間とかないわけ? あー、なんかお前の言ってた意味、ちょっと分かってきたかも」

 今まで仲間と楽しく笑い合って自分の足で歩いた登校は、どうやらここにはないらしい。

「お前はさ、中学とか通ってないから分かんないと思うんだけど、学校ってさぁ、仲間と馬鹿言いながら歩いて行く時間が結構楽しいんだよね。それがないってことは、学校通って勉強して家に帰る、ってただそれだけの生活ってことでしょ? 部活動とかも、もちろんないだろうし」

「知っていて来たんだろ」

「それはさぁ、そうなんだけど。自由ないの、辛いかも」

「心配するな、すぐに慣れる」

 にゃー

 にゃにゃにゃー

 蒼雲の肩で、猫が鳴く。

「慰めてくれるってよ、寂しがりのお前のことを」

「ひどいなー。寂しがってはないだろ?」

 猫たちが楽しそうに笑っている。

「でもいいか。共学だし、それは唯一の救い」

 階段を下りると、次は延々と通路になっていて、その地下道を歩く女生徒の姿も見える。

 突き当たりに、


【新入生はこちら→第一講堂】


の看板が出ていて、それに従って延々と歩いて行く。

 第一講堂の入り口をくぐる。

「!!」

 気がついたのはほぼ同時だった。

 蒼雲が右手に、裕樹が左手に咄嗟に身をかわした。

 2人の後ろを無防備に歩いていた男子生徒が、それをもろに食らって5メートルほど後ろに吹っ飛ばされる。

 状況が分からないが、裕樹はすでに右手の指に呪符を挟んでいる。

 蒼雲の肩で、雲風と風霧が背中の毛を逆立てて低く唸っている。尻尾は2股に分かれ、こちらもとっくに臨戦態勢だ。

 男子学生を襲ったモノが戻って来て、蒼雲の方に向かってくる。

「お前ら手を出すな」

 蒼雲の言葉は、肩の上の猫に向けられたものだ。

 蒼雲の右手にも、呪符が握られている。

「化け猫!?」

 裕樹が驚いた顔で講堂内に戻ってきたその生物を見る。講堂内にいた生徒達も、遠巻きに見守る。

正面にいるのは、虎サイズの長毛の三毛猫だ。こちらの尻尾も2本に分かれている。

「これは何の真似だ?」

「何って、見れば分かるでしょ? 狩りよ」

 目の前の化け猫が舌なめずりをする。

「お前に聞いてんじゃねぇ。お前の主に聞いてんだ。暢気にこんなことして遊んでいる場合じゃねぇだろう?」

「こいつ、森の一族の猫だよ」

 風霧が落ち着いた声で言う。

「久しぶりですね。風霧、雲風」

「久しぶりだね、七枝」

「こんな時に、のんびり挨拶してんじゃねぇ」

 蒼雲が相変わらず怖い顔で、正面の猫を睨む。

「で、俺に何の用だ、って聞いてんだ」

「さぁて」

 七枝と呼ばれた猫は、平然と答える。

「七枝、止めといた方が良いぜ」

 雲風が悠然と忠告する。

「まぁいい。お前を捕まえれば、さすがの主もなんか言ってくんだろ」

「私を捕まえる? そんなこと無理に決まって、」

 飛びかかろうとした化け猫の体が、急に小さくなった。変化(へんげ)が解けたのだ。

「ふにゃ?」

 紐でぐるぐる巻きに縛られた猫は四肢の自由を奪われたまま宙を飛ばされ、裕樹の前に落ちてくる。蒼雲が呪符を発動させたのを、至近距離で見ていた裕樹さえ気がつかなかった。裕樹は慌てて、落ちてくる猫の体を受け止める。

「ほらー、言わんこっちゃない」

 蒼雲の肩から飛び降りた雲風が裕樹の元へと歩きながら、2本の尻尾をゆっくり動かす。

「ちょっと! (わたくし)の猫になんてことを!」

 講堂の後ろの方の席に座っていた女子生徒が、慌てた声で走り降りてくる。

 腰まである長い髪を束ねてポニーテールにしている。色の白い可愛らしい女性だった。

 彼女が動くたびに、背中で跳ねたポニーテールが猫の尻尾のように揺れる。

「お前がこいつの主か。森の一族の女が俺に何の用だ?」

 そんな女子にも、蒼雲は容赦ない。

(わたくし)は、猫森梓乃(ねこもりしの)。あなたが、猫風家の次期当主、猫風蒼雲さんですね?」

「だったらなんだ?」

「私の名をご存じないのですか?」

「悪いが知らん」

「私はお父様から、あなたと結婚するように言われています」

「え?」

 驚いた声を上げたのは傍らに立っている裕樹だった。蒼雲は眉一つ動かさない。

「それって、許嫁ってこと?」

「そうです」

 裕樹の方を向いて、強い口調で言う。イライラが全身から溢れ出しているのが見えるほどだ。

「お父様から聞きました。あなたは、『はい、そうですか』とおっしゃったそうですね」

「え? 蒼雲、そうなの? この子と結婚するの?」

「私は、あなたに今この瞬間ここで初めて会います。もちろんあなたもそうでしょう。私はあなたのことをまだ全然知りません。あなたはそれでいいのですか?」

「知らん」

 火に油を注ぐような素っ気ない返事。案の定、

「知らんって……なんですか? それ! あなたは結婚を、なんだと思っているんですか!?」

 梓乃は、烈火の如くに怒りだしている。

「はぁ」

 空気を読まない感じで、大きな溜め息をつく。

「なんですか、そのふざけた態度は!」

 彼女の怒りがますますヒートアップしていく。

「お前のことは知らないが、お前と結婚するというのならそうなのだろう」

「なんですか、それ!」

「蒼雲、いくらなんでも無関心過ぎるでしょ、それ」

「猫使いの一族にとって、同じ猫使いの一族と結婚するのは当然のことだ。結婚はただ猫化因子を繋ぐためのもので、相手が誰であろうと関係ない。お前のことは俺もまったく知らないが、そう決まったのなら仕方がないだろう。あきらめ……」

 そこまで言って、蒼雲は言葉を止めた。

 目の前の女子、猫森梓乃が泣き出していたからだ。

「梓乃!」

 裕樹の腕の中で三毛猫がもがき、心配そうな声を上げる。

 裕樹は慌てて、三毛猫を拘束している呪術を解呪してやる。

「いくらなんでもひどいぞ、蒼雲。女の子ってのはな、結婚に夢や憧れを抱くんだ。お前にとっては大したことないことでも、この子にとっては一大事なんだぞ、それをお前」

 三毛猫の七枝が、梓乃の肩に飛び乗りその体を彼女の顔に擦り付ける。

「あー。梓乃ちゃん、だっけ? こいつ、一般常識無いんだよね。だからごめん、俺がちゃんと教育しとくから、ね」

「余計なこと言ってるな、裕樹」

 憮然とした表情で、蒼雲は歩き始めている。

「おい、ちょっと待てよ!」

 さっさと歩いて行こうとしている友人、目の前で泣きじゃくっている女。裕樹は、その二人を交互に見る。

「そういうあなたは誰ですか?」

 泣いている主に変わって、三毛猫が言う。

「あぁ、俺は、御鏡裕樹。木霊(こだま)使いの家の者だ」

「木霊使い? あなたはなぜあの男を庇うんですか?」

「なぜって言われてもねー。昔からの腐れ縁だから? かな? ねぇ」

 裕樹の足下にまだ座っている雲風に同意を求める。

「恋人ってヤツだな」

「え?」

 梓乃と三毛猫が同時に顔を上げる。

「はぁ? もう、こんな時に冗談言ってるなよ、雲風」

 慌てふためく裕樹。

 ゴホン

 三毛猫が咳払いをした。

「とにかく。御鏡家が猫風家と昔からのパートナーだというのはよく知っています。でも、あの男を庇うのは納得いきません」

「そう言われてもねぇ…。あいつ、あぁ見えて結構優しいから。あ。って言っても、俺も昨日からあいつと一緒に住み始めたばかりだし、5年前から知っていると言っても、その間、時々会う程度だったから、きみたちを説得できるほどには俺もほんとは、まだあいつのことあまりよく知らないんだけど、でも分かる。あいつが自分の猫、雲風や風霧に対して向けている表情とか見るとね。愛情に溢れてる。ほら、きみも猫使いなら分かると思うけどさ。幼い時から厳しい修行してきて、人と隔絶された中で生きてきたから、人との接し方が下手なだけだと思うんだよね、だからさ。2人の家のことはよくわからないけど、もう少しお互いのことよく知る努力をしたら良いんじゃないかな。俺、それを手伝うから」

「あの…」

 梓乃が何か言おうとした刹那、部屋の温度が一気に数度下がった。

「!!」

「キャー!!」

 部屋のどこかで誰かが悲鳴を上げる。

 いきなり講堂の壁が爆発したのだ。スローモーションのように、壁のレンガが剥がれ落ちてこちらに倒れてくるのが見える。

「危ない!」

 咄嗟に、裕樹は梓乃を突き飛ばし、その上に覆い被さった。

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