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不穏な足音

 まばらに街灯が立つ暗い道を、バスは黙々と走っていた。深夜ということもあり、行き交う車もほとんどない。

 住宅密集地の団地内のバス停を一つも停車することなく通り過ぎたころには、松村直志(ただし)は、今夜のバスが明らかにおかしいことを確信していた。いつもなら、この時点ですでに、乗客は数えるほどしか乗っていないはずなのだ。それがどうだ。今日はほぼ満席のままだ。しかし、いつもなら大量に下車するはずの団地を3カ所も通ってきたのに、今日に限って誰も降りなかった。そんなことがこれまでにあっただろうか。終点まで乗る客がいないわけではない。終点の美術館は、もちろんこの時間には閉館済みだが、駐車スペースが広いため、少し離れた場所から車で迎えに来る人が待っているのにちょうどよい。それにしても。

 初めはいつもと変わりなかった。昨年4月から運行を始めた深夜特別便。普段の運賃の倍の料金での運行だが、タクシー利用よりは安いということで、平日でもほぼ満席になるほどの混雑をする便だ。運転手への深夜手当もしっかりとつく。独り身で帰宅時間に制約がない松村は、月に5〜6回はこの便のハンドルを握っている。駅前を出たバスは、郊外にあるいくつかの住宅団地を効率よく経由しながら1時間ほどかけて終点の丘の上の美術館まで辿り着き、そこで回送となり、そこから15分ほどの会社の北部車庫まで戻る。

 今日も、いつも通りほぼ満席だった。長距離通勤者が多いためか、スーツ姿の男性が多いのもこの便の特徴だ。駅を出た時点で、座席は9割方埋まっていた。大抵の客は押し黙り、すぐにウトウトと居眠りを始める。

 一度だけ停車したのを覚えている。駅を出て10分ほどしてからだ。珍しく、人が乗ってきたのだ。駅から乗せた客を自宅近くに送り届けるのが使命のようなバスだ。途中のバス停では、降りる人はいても乗ってくる客などいないのが常だ。しかもそこは、繁華街を外れた車通りも少ないバス停だ。すぐ近くにスーパーがあるが、当然この時間には閉まっている。背格好からは20代の男女に見えるが、二人ともズボン姿だ。黒のジャケットに黒のパーカー。目深に帽子をかぶってマスクをしているから人相まではわからない。それでも松村は、珍しいとは思ったものの大して気にも留めなかった。若い男女が人通りの少ない路上から乗ったからといって、不思議はない。一見するとランニングウエアのように見えなくもないし、怪しい気配もない。後部ドアを閉めながら確認すれば、座席がほぼ埋まったままなので、二人が車内中程のつり革につかまっているのが見えた。

 その時だ。

 ほんの一瞬、今までとは明らかに異なる違和感が松村の皮膚を撫でた。ドヤドヤとしたざわめきと、車内を歩き回るような気配を感じたのだ。しかし、ミラーで確認した車内は先ほどと変わっていない。大半の客が座ったまま首をうなだれ、最後に乗った二人の客がつり革につかまって立っている。

 違和感を感じつつも運転に集中し、静かにバスを発車させた。

 そして今。

 バスは予定通り、終点の美術館前のバスロータリーにたどり着いた。

 丘の上の森の中にある美術館だ。薄暗い木々の中で、辺りには、ほんの数本の街灯が立っているだけだ。ロータリー横の駐車場には中型のトラックと車が何台か停まっている。

 ライトがつけられたままの車が数台。逆光でよくは見えないが、その横に何人か、人が立っているようにも見える。

「ご利用ありがとうございました。終点です」

 ロータリーをぐるりと回るようにして車の進行方向を変えながら、松村は決まり切ったフレーズで車内に呼びかける。バックミラー越しに車内を確認するも、座ったままの乗客誰一人として降りる素振りを示さない。

 車を止めて、降車用にドアを開ける。

 改めて振り返ると、座席に座ったままの乗客は、ぐっすりと眠り込んだままだ。だらしなく足を伸ばしている人もいれば、隣の人の肩にもたれかかっている者もいる。

「お客さん。終点で、…」

「雨が降りそうですね」

 唐突に声をかけてきたのは、立っていた二人のうちの一人だ。予想通り、背の高い方は男性だった。もう少し若い年齢を想像していたが、落ち着いた声色からすると予想より少し歳が上なのかもしれない。

「あぁ、えっと、あそこからだと220円になりますね」

 差し出された整理券番号を料金表で念のため確認する。

「運んでくれてありがとうございます。あとは私たちがやるのであなたはもういいですよ。楽にしてください」

「え?」

 突然そう言われた意味がわからず、松村はその乗客の顔を見上げた。

 フードの影になって表情が見えない。

 松村直志の、人としての記憶はここまでだった。

1年間放置していましたが、まだ続きがあるのでのんびり続きを掲載していきたいと思います。

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