第六話 〜鬼〜
翌日、今日はダンジョンには行かぬようにとディルクに言われたので、一日暇になってしまった。
昨日言われたフロアボス討伐組のことはもうメンバーたちには話してある。シルクやノアは乗り気だったが、リーフは不安気な表情を浮かべていた。
凶暴種。昔聞き覚えがあった言葉だった。それは、姉が村に送ってきた手紙のことだった。
『ハク、元気にしてる?お姉ちゃんはもう一人前のハンターとして頑張ってるよ。それで、この前は、とても強いモンスターと戦ったの。それをみんなは凶暴種って言ってたんだけど、とっても強かったよ。お姉ちゃんちょっと危なかったなぁ。ハクも、大きくなったら、これくらいのモンスターなんてへっちゃらになれるといいね。私はいつまでもハクがハンターになって、アランの街にくることを楽しみにしています。エル』
姉は以前にもその凶暴種と戦ったとのことだ。その強さは格別で、通常種よりも遥かに強いモンスターとのことだ。
その姉は今、前線のダンジョン選抜組に入り、三十層らへんの探索をしている。俺も、いつかは選抜組になれればいいと思っているが、そのためにも、今回のクエストを確実に達成する必要がある。
「ハクさん」
すると、扉がノックされ、リーフの声がした。
リーフは部屋に入ると、単刀直入に話してきた。
「今日一日、付き合ってくれませんか?」
それは一日、俺とこの街を回って欲しいとのことだった。
そして、俺は準備をすませ、待ち合わせの場所、ライセンスオフィス前に来ていた。
準備とは言っても、格好はそのままで、持ち物と金を下ろして来たくらいだ。
「ハクさ〜ん!」
そして、少したったあと、リーフもここへ走ってきた。
「ハァ……ハァ…ま、待ちましたか?」
「えっと、俺も今きたところだけど」
すると、リーフは安心したように一息ついた。
「それじゃあ、行こ」
こ、これはまるで、親父がよく話していた……
デートみたいじゃないか!!
「え、えっと……どこ行く?」
デートのことが頭をよぎってどうしてもかたごとになってしまう。
「え〜っと、じゃあ朝ごはんまだ食べてないから何か食べに行こうよ」
「そ、そうだね」
今はまだ九時だ。俺も朝飯は食べていなかった。
「じゃ、じゃああの店とかは?」
俺が指差したのは、『ハンターズ喫茶』という看板がかかっている店だ。ハンターズというくらいだから、ハンター達がたくさんいるとだろうか。
店の中に入ると、予想通りハンター達がたくさんいた。
「いらっしゃいませ!ハンターズ喫茶へようこそっ!」
出迎えたのは、メイドの格好をした店員だった。
周りを見渡すと、店員は全員女性のようだ。リーフがいてくれて少し助かった。
「それでは、あちらの席へどうぞ」
そう言われ、俺たちは二人がけのテーブルへと案内された。
そして、店員は「ごゆっくり」と言って去って行った。
テーブルに置いてあったメニューに目を通す。
「へぇ、いろいろあるな」
俺はそのメニューの中から、コーヒーを頼み、リーフはウーロン茶とアップルパイを頼んでいた。
「ハクさん。コーヒーだけでいいんですか?」
「俺は朝はあまり食欲がなくて」
それから、しばらくして注文したメニューがやってきた。
「ハクさん……その、今度のフロアボスのことなんだけど……」
そして、リーフは不安気な表情になり、話しかけてきた。
フロアボス討伐組のことを話した時もこんな感じだったのを俺は思い出す。
「大丈夫だ。五十人近くいるんだ。相当の事故がない限りは心配するほどじゃないだろう」
「……そうだといいけど」
リーフの表情はまだ晴れない。俺はそんなリーフをどうにか元気付けようと、頭で考え抜いた言葉を口にした。
「俺がお前を守る。絶対に。何があっても、俺はお前を殺させやしない。約束してくれ」
俺には、絶対に仲間を守らなければいけない使命がある。それは、この二週間で、助け合ってきたからこそ、本気でそう思うことができた。
それを聞いたリーフは、一瞬顔を赤くして、笑顔で言った。
「ありがとう……本当に、私…ハクさんに会えて……キャッ?!」
次の瞬間、リーフの腕を男に掴まれる。周りには他に三人いる。
「ようリーフ!久しぶりだなぁ」
そこで、思い出した。この男達は、あの時の……
「バッカスさん!」
リーフがその男にそう口にした。
こいつらは、あの時、第三層で会った。リーフと初めて話した時にいた元リーフのチームメンバーだった。
「てめぇのせいでおらぁなぁ!ギルドを追い出されたんだよ!わかっかよてめぇによ!」
そして男はリーフの腕を強引に引っ張り、連れて行こうと出口へと向かった。
「おい、待てよ。勝ってに何仲間を連れて行こうとしてんだよ!」
俺は無意識にそう口にしていた。また四人でボコボコにされるかもしれない。それは分かっていた。でも……
「お前らがどう思ってるかは知らないけど、そいつは今俺の仲間であって、"親友"なんだよ!もしお前らがギルドを追い出された腹癒せに、リーフを連れて行くなら、俺が、てめぇらを力尽くでねじ伏せる!」
俺は、リーフが連れて行かれるという怒りに任せてその言葉を発した。
もう俺はどうなったっていい。ただ、リーフにまたあの時の表情にだけは、あんな苦しい思いだけはさせたくなかった。
俺が恐ろしい剣幕で睨みつけると、男達は一瞬は怯んだものの、口元をニヤつかせ、
「なら、決闘だ。俺とお前が勝負して勝ったら俺たちがこいつを連れて行く。いいだ……」
「四人……」
バッカスがしゃべっている途中で、俺はそう口にした。
「はぁん?」
「四人……四人全員でかかって来い。それと、怪我しても事故責任だ。俺は明後日に大事なクエストがあるんだ。休むわけにはいかない」
そう。こんなことでフロアボス討伐組から外されることになったら溜まったものではない。だから、戦う前にそれだけははっきりさせておく。
「いいだろう。じゃあ、さっさと表に出ろや。蜂の巣にしてやんよ」
彼らが言い争う中、一人の女性は彼らを眺めていた。
「あれは……」
彼女は、四人の男達に立ち向かう少年を見ていた。そして、その少年に彼女は見覚えがあった。
「ハク……」
彼女は、彼らが外へ出て行くのを見ると、それを追いかけるように、彼女も外へ出た。
ハク達は、店の外の大通りに来ていた。周りにはたくさんの人だかりができて、なんだなんだと人が彼らを見守る。
「ルールは戦闘不能になるか、武器が破壊されるかでいいよな」
俺は彼らにそう提案した。
「あぁ。いいだろう。それじゃあはじめようぜぇ!」
そして、俺は鞘からゆっくり剣を引き抜くと、右手を後ろに伸ばし、剣を水平に構える。
彼らも、自分たちの剣を引き抜き構える。
全員が構え、今か今かと、始まるのを待つ。
そして……
「ふんっ!!」
「なっ?!」
始まるのを待っている間に、いきなり彼らはハクに襲いかかる。
「てめぇ!」
「用意始めなんていらねぇだぁろっと!」
ハクはバッカスの攻撃をなんとか押し切り、他の三人の襲撃に備える。
「やぁあ!!」「せぇい!!」
左右から同時に斜め斬り(オブリック)がとんでくる。それをハクは身を屈め、剣と剣を同時打ちさせると、脚を円を描くように滑らせ、相手の脚に蹴りつける。
それを受けた三人は体制を崩し、無様に尻餅をつく。
「このガキ!!」
そして、後ろにいた一人が彼らを跳び越え剣を振り下ろしてくる。
ハクは素早く左へ跳び、その攻撃をギリギリで回避する。しかし、その間に先程の三人は立ち上がり、ハク目掛けて走り出す。
この人数差は明らかに不利だ。このままでは確実に体力が尽きてやられる。しかし、一体どうやってこの状況を逆転すれば……
そう考えているうちにも四つの刃は止めどなくハクに襲いかかる。
ハクはその刃を必死にかいくぐっては相手を攻撃するが、攻撃が浅く、楽々と防御されてしまう。
どうすれば、と考えていると、ハクはあることを思い出した。
リミッターレモーバル!
しかし、そのことについてシロマから言われたことを思い出す。このスキルを使うと後で疲労が一気に体にのしかかる。明後日のためにもそれは防ぎたい。でも……
「あぐっ?!」
バッカスの突き(ブロード)が俺の頬を掠める。なんとか剣で防御してそらしたが、遅れていたら顔に突き刺さっていた。
「さっさとくたばれ!この"よそ者"がぁあ!!」
その言葉を聞いて、俺の中では一瞬時が止まった。
よそ者。確かに俺はよそ者かもしれない。と言うより俺はよそ者だ。でも、だからなんだよ。
「よそ者だから……なんだよ」
ハクはバッカスの攻撃を力の限り強く弾き飛ばす。
「っ?!」
バッカスは一歩後ずさる。
「よそ者?…よそ者で……何が悪いって言うんだぁァアア!!」
ハクの発した言葉は、振動で空気が揺れる。それほどまでに気迫が伝わってきた。
そしてバッカスに続き他の三人も後ずさる。
ハクは剣を下ろし、彼らへと歩み出す。
「よそ者だろうがどうでもいいだろ。それに」
ハクは下げていた頭をゆっくり上げ、凄まじい迫力とともにバッカスを睨みつける。
「ひぃ?!」
そして、誰もが見た。ハクの左眼が、"赤色"に染まっていることに。
一瞬彼が眼を見開いたかと思うと、一気にバッカスとの距離がなくなる。
誰もが彼の動きに追いつけなかった。
ハクはバッカスに向かって重い蹴りをお見舞いする。
ハクの蹴りをもろにくらったバッカスは、凄まじい勢いで吹っ飛ばされる。
ハクは周りを見渡し、他の三人を見やる。
「ひぇあっ?!」
睨まれた三人は、腰を抜かしその場から全速力で逃走する。
「お、おい!てめぇら!」
それを見たバッカスは彼らを止めようとするも、彼らは聞こえなかったかのように走るのを止めず、もう背中が小さく見えて、とうとう見えなくなった。
「くそがっ!」
バッカスはポーチからアイテムを探る。そして、手に持っていたのは、一本の注射器だった。
「これを使わなきゃいけねぇなんてな」
バッカスはその注射器を首に持っていき、勢いよく刺す。
みるみるうちに注射器の中の薬物が彼の体内へと流れ込む。
薬が流れきり、バッカスはその注射器を地面に落とし、脚で踏み潰した。
「ハァ……ハァ…」
バッカスは顔を上げる。
そこには、眼が酷く充血して、血管が浮き出ているバッカスの顔があった。
「あれは……」
鬼人化!
確かライセンスオフィスのアリスさんに聞いた気がする。活性薬という薬を打つと、契約したオーガの力を完全に引き出すことができるというものらしい。
ハクはそのバッカスを見ても、怯まず彼の元へと歩き出す。
「せぇェァアアア!!」
剣を握る手を握り締め、加速を開始する。
バッカスも両手で剣を握り締め走り出す。
「ォオーーーーーーッ!!」
ハクは左下から右に向かって若干斜めに斬り込むのに対して、バッカスは両手で持った剣で凄まじい縦斬り(ツーハンズヴァティカル)を繰り出す。
ハクの攻撃がバッカスの肉体を切り裂くよりバッカスの攻撃がハクに当たる方が速い。
そして、あと少しでハクの体にバッカスの一撃が加えられる。
と、その時、
「っ?!」
ハクは大きく体を捻らせ、バッカスの体ではなく、剣身に目掛けて剣の軌道を曲げる。
ハクの剣がバッカスの剣身を捉え、金属同士の鈍い音が鳴り響く中、ハクはバッカスを通り越し、剣を振り切り停止する。
ハクには直線にのびるアクセススワイトが。バッカスには剣身が深いところから折られて、無残な姿に成り果てた剣を握っていた。
一瞬場は静まり返り、その後大きな歓声に包まれる。
ふぅ、とハクは一息つき、剣を鞘に仕舞った。
そして、ハクがまず最初に向かって行ったのは、リーフのもとだった。
「ハクさん……」
「言ったろ?俺は絶対にお前を守るって」
リーフの目尻には日で光っている涙があった。
ハクはそれを見守った。
「ありがとうっ!」
「うぉっ?!」
ハクはそのままリーフに抱きつかれる。
人生で初めてだった。姉以外の女性に抱きつかれるのは。
リーフはとても温かかった。だが、ハクは緊張しすぎてこの状況をどうすればいいのか分からなくなり、混乱してしまった。
「っクソが……」
後ろから何やら異様な声が聞こえてきた。
「クソがぁァアーーーッ!!」
ハクが振り向くよりも速く、バッカスは手に握り締められたナイフが振り下ろされる。
避けれない。
この短い間でこの攻撃を避けれる可能性はほぼ皆無だった。
俺は瞬時にリーフを抱き囲い、バッカスのナイフから守ろうとする。
「くッ……!」
ここで俺は頭にナイフが刺さり、終わってしまうのだろうか。でも、この状況を打開できるわけがない。
でも、諦められない。諦めきれなかった。このまま俺が死に、リーフをまた一人にしたら、今までのことが全て無駄になってしまう。だから……
諦められるかァアーーーーッ!!
そして、俺はそう心の中で叫び、体を貫通するナイフに備える。が……
その時、
ギィィィン……
俺の体が貫かれるのではなく、金属の軋む音が鳴り響く。
俺はゆっくり後ろを振り返る。そこには、太刀でバッカスのナイフを防ぐ一人の女性がいた。だが、逆光で彼女の顔はよく見えない。
「久しぶり。ハク」
そして、彼女は俺に振り返る。
俺は、彼女の顔を見て絶句する。
「あんたは……!」
それはハクもよく知る。懐かしき人物だった。