第五話 〜凶暴種〜
ケルベロス第三群ハク班結成からもう二週間が過ぎた。
俺たちの連携の磨きは上達しつつあった。
そして現在地、第九層。
「ディフェンス!」
現在戦っているのは猛牛だ。右腕には石造りの棍棒を持っており、フルスイングの一撃でも受ければひとたまりもなさそうな武器だ。
そして今、その棍棒が振り下ろされようとしている。
先ほどのハクの合図で、シルクが棍棒の攻撃を防ぎ、やや右側へとそらした。
ミノタウロスは勢い余り、そのまま体制を不安定にする。
「チェンジ!」
そこを見逃さず、ハク、リーフの二人は、シルクと入れ替わり、ミノタウロスを左右から削っていく。
そして、その二人に続き、ザックも目標めがけて走り出す。
「ふぅ……!」
三人が攻撃を加えていると、後ろから一本の矢がミノタウロスの顔面にヒットする。その矢には神聖演唱術によって強化されており、打撃性に特化していた。そのため、その一撃をくらったミノタウロスは、頭を抱えてよろめく。
「ナイス!ノア!ってぉあ?!」
ザックがノアに向かって声をかけた次の瞬間、自分の頭を通り越して、何かがミノタウロスに当たると、爆発を引き起こした。
「あっぶねぇ」
あれは火薬の塊を矢に塗ったもので、神聖演唱術によって着火し、タイミングよく爆発させるのだ。
その爆発は凄まじく、腕で爆風を防がないと吹き飛ばされてしまいそうだ。
爆風が止み、煙が薄くなっていくと、棍棒を杖代わりにして立っているミノタウロスがいた。
「アタックッ!」
そう叫ぶと、ザック、シルク、そしてリーフがミノタウロスへと突っ込んで行く。
ハクも遅れを取らずに走り出す。
「せぇェアッッ!」
四人の最大の斬撃と後ろからの射撃の雨がミノタウロスを襲う。その攻撃は凄まじく、ミノタウロスは防ぐことは愚か、動くことすら間も成らない状況だ。
ハクは跳び上がり、ミノタウロスの顔面のところへと舞い上がる。
そして、体を思いっきり捻らせると、その捻りの力を使って一気にミノタウロスの顔面に回転斬り(スピンカット)を叩き込む。
その後、ハクはミノタウロスの腕に着地し、跳躍する。
そして、剣をミノタウロスに突き刺すと、螺旋状に回転して下りながら剣でミノタウロスの体をどんどんえぐっていく。
「うぉおおおおおお!!」
ミノタウロスの周りを二周ほどし、地面に着地する。
もうその頃にはミノタウロスはめまいから回復し、安定して棍棒を振り回している。
それをディフェンスが受け流し、隙ができたところをフォワードが着実にダメージをあたえている。
ゴォォォオォォオっ?!
そして、ミノタウロスは一瞬体を痙攣させ、やがて光の粉と化して消滅した。
「もうこのパーティが結成して二週間か」
ハクはミノタウロスのスピリットを回収する。
「もう今は九層まで来られるようにもなって、そこの上位モンスターのミノタウロスまでももう倒せるようになったってわけだし、明日にでも次の十層は行けるんじゃないか?」
そう口にしたのはシルクだった。
確かに、もうこの層は完璧に攻略したと言ってもいい。きっと明日にでも行けるだろう。
「そうだな。明日は次の十層に行こう。でも次の層に上がる時はどんな事が起きるか分からない。注意深く探索する事を忘れないように」
この二週間がたって、俺もリーダーとしての自覚も出てきた。そして、仲間を絶対に殺させやしないという責任感もあった。
ライセンスカードを見ると、もう時計は六時をさしていた。
「今日はもう遅い。スピリットをお金に変えたら宿舎に戻るぞ」
そして、俺たちはダンジョンの入り口へと引き返して行った。
***
スピリットをゼニーに変え、俺たちは宿舎に戻っていた。
が、ハクだけは本部へと収集がかけられていた。
本部は第三郡宿舎の十キロほど離れたところにある。そこまでは歩くしかない。
俺はその長い道のりをただ道なりに歩き続ける。
そしてやっと十時になりかけたところで、なんとか本部にたどり着く事ができた。
本部は、上位群が遠征に出掛けているせいか、完全にガラ空きとなっていた。
そのガラ空きの本部に俺はちょっと引き気味に入って行く。
ガラ空きだからと言うより、もう時間は十時だ。周りには人の気配がほとんどしない。
中に入ると案の定、人っ子一人もいなかった。
だが、奥の扉から光りが漏れているのが見えた。そこは、俺が以前アレンと決闘をした場所と同じところだった。
俺はその扉に恐る恐る近づく。
中では何やら話し声が聞こえてくる。
俺はドアノブに手をかけ、深呼吸してからすぅっと扉を開いた。
「ッ?!」
そこには、ケルベロスではないメンバーが何人もいた。そして俺がそれを見てボーっとしていると、一人の女性が近づいてきた。
「えっと、あんたは?」
その女性は背が高く、俺と同じかそれ以上だった。瞳は綺麗で、髪もストレートに伸ばしていて、大人っぽさが伝わってくる。
「ハク・セレクトスです」
「あ、ケルベロスの……」
すると、何人かの人たちが押し寄せてきた。
「えっ?!、本物?あのアレンを打ち負かしたEランクルーキーのハク・セレクトスなの?」
「えっと……打ち負かしたほどじゃないんだけど」
「でも凄いじゃん!EランクがCランクを押すなんて、尋常じゃないよ!」
それからも何人かが押し寄せてきたので、俺はひそひそとそこから抜け出した。
そして、何とか一息付ける部屋の角までこれた。
ふぅっと体の力を抜き、座りこむ。
あれはただのスキルに頼っただけで、技術や力は確実にアレンの方が上だと、痛いほどに理解している。だから、他人に褒められてもどうしても乗る事ができないのだ。
俺は、隣にもう一人の女性が立っていた事に気がつく。大群から逃げていたせいで気づくことができなかった。
そして、俺は慌てて腰を上げた。
「す、すみません」
そして相手の顔を見ると、何やらどこかで見たような顔だった。
俺はその記憶は瞬時に探る。
すると、ハッと思い出すことができた。
「あの時の……」
俺が口にする前に、彼女はそう答えた。
そう。あの悪夢のオーガとの契約をしに行った時に会ったあの……
「セレナさん?」
「じゃあ、ハクなの?」
やはり、俺の記憶は正しかったようで、この少女はあの時のセレナだったようだ。
「ひ、久しぶり……」
「なんでそんな嫌そうなのよ」
正直言うと、あまり会いたくはなかった。
彼女には、俺がオーガとの契約に成功したと言った。しかし、実際は失敗していて、俺は彼女に嘘をついているのだ。
だが、あの時の笑顔をしたセレナには、どうしても真実を伝えることができなかった。
「おい、みんな、聞いてくれ」
すると、中央の男が何やら喋り出した。今回収集した奴だろうか。
「今回集まってくれてありがとう。今回集まってもらったのは、ある大事なクエストをクリアするための事前ミーティングだ」
クエスト。それはハンター達に与えられているもので、依頼者が出した依頼のことだ。
だが、ここまで人を集めて行うほどそのクエストは大事なのだろうか。
そして、そのこえを聞いたもの達は、次々と席に座っていく。
そして、俺、セレナは一番後ろの席に座る。
見たところ、集まっているのは俺を入れても八人と言ったところだろうか。
「まず、ここに集まった人たちは皆初対面だろう。だから、最初に自己紹介から行うことにする。では最初に、俺はディルク。ギルド、白虎の第三郡長だ。よろしく」
白虎。確か、この地方でも有名なギルドで、しかしそれとは別に、なかなかメンバーに几帳面な人たちが多くて、一般のハンターが入ると必ず浮くと評判のギルドだ。
「私はロイ。同じく白虎の第三郡副長よ」
「僕はトミー。ソルティアから来ました」
「私は同じくソルティアから来たステフだ。よろしく頼む」
「………」
「えっと、彼は私と同じレイヴンから来たソルです。そして私はケニーです」
そして、
「私はセレナ。青騎士団から来ました」
どんどん進んでいき、とうとう俺の番がやってきてしまった。
「えっと……俺はハク。ケルベロス第三郡班長だ。よろしく」
特に何もなく適当に済ませ、やっと自己紹介は終わった。
では、と司会のディルクが続ける。
「今回集まってもらったのは、さっき言ったように、ある大事なクエストを遂行するためのミーティングだ。で、そのクエストの情報が不確かなんだが、具体的な内容は把握しておいて欲しい」
すると、瞬間でこの中の空気が強張った。
「第十層にイレギュラーの階層主が現れた」
フロアボス。それは、ある決まった層に生息する大型のモンスターで、以前倒したが、時々イレギュラーで出没することがあるのだ。だが、その出没率はかなり少なく、何十年に一回のはずだ。
「で、今回のフロアボスはイレギュラーの中のイレギュラーだ。つまり、このモンスターは通常種よりも遥かに強い、凶暴種だ。だから、この計八班が合同で、そのフロアボスを打つこととなった」
「そっか、ほとんどこの辺のギルドの上位陣は全員遠征で遠くの街とかダンジョンの二十層くらいに行っちゃってるもんね」
そうなのだ。なぜこのタイミングで遠征などに行っているのか不思議でたまらない。
「まぁ。今回はそんなに何かするわけじゃないんだ。もう時間も遅いからね。今回はこの件についての知らせと面会だけなんだ。後は話すなり帰るなり好きにしてくれていい。では、解散」
いきなり解散として戸惑う中、俺は苛立ちが隠せなかった。たかがそれだけで十キロも歩かせんじゃねぇよ、と。
何はともあれ、ミーティングが、終了したので、俺はさっさと席を立つ。
セレナはもう他のギルドの奴らと話してがいる。別に残る必要もないので、俺はもう帰ることにした。
が、俺が帰ろうとすると、俺の肩を誰かが掴んできた。
反射的に振り返ると、そこにはディルクが立っていた。
「あんた。オーガか?」
その言葉に、俺はしばし硬直した。
「何だって?」
「お前がオーガかと聞いている」
俺がオーガかって?確かに俺は心の中にオーガがいるが、俺自身はオーガじゃない。
(シロマ。これは一体……)
俺はそのままシロマに聞く。
『きっと彼には性能探知系スキルが見についているんだろう。でも私のことは言うな。なんとかごまかしてくれ』
そう言われ、何かいい言い訳を考えた。その結果、思いついたのは、
「き、気のせいなんじゃないか?」
と、超ありきたりの言い訳をかましてしまった。
「そっか。分かった。疑って悪かった」
そして、ディルクは帰って行った。
信じるのかよ!、と内心思いながら、俺はさっさと宿舎に帰ることにした。このことを早くリーフたちに教えなければならない。まぁきっと今日はもう寝てしまっていると思うが。
***
帰宅後、案の定みんな寝てしまっていた。もう時間は夜中の一時だ。起きていなくても仕方がないだろう。それより、俺は眠くて仕方がなかった。
自分の部屋へと急いで行き、ベッドにダイブする。
もうこのまま寝てしまいそうになる。
俺は上着のロングコートと脱ぎ、ズボンを履き替え、ライセンスカードを取り出し、ステータスを更新する。これは毎日やっていることで、これなしでは寝られない。
仲間の間では伸びがいいと言われるが、そうもない気もする。それに、どんどんランクが上がっていけば、今のステータスの一を上げることの何倍も鍛えることが必要となってくるのだ。
それと未だに分からないスキル、『挑戦者』と『スーパールーキー』に加え、最近付いた『ダブルハンド』も、ライセンスオフィスのアリスさんに聞いても駄目だった。ここまでライセンスオフィスの知らないスキルばかりだと、どうしても自分の中での信用がガタ下がりだ。
ステータスの更新も終わったところで、またベッドにダイブする。今度こそもう寝ることができる。明日は一応ダンジョンには行かぬようにとディルクに言われたので、明日は自由という開放感を味わいながら、俺は眠りについた。
***
第十層。
「何なんだよ……こいつ…」
メンバー五十人の軍が今、第十層で出没したイレギュラー中のイレギュラー、凶暴種フロアボスとの戦闘を行っていた。
しかし、戦い始めてから一瞬のうちに、メンバーの数は半数を切ろうとしていた。
「通常種とは比べものにならない。一体こいつは……!」
がっしりとした肉体。右手に持つ巨大な大剣。その凄まじい破壊力は、もう第十層のフロアボスとは思えないものだった。
その怪物は、手に持っている大剣で、大きく水平に振り払った。
そこに立っていた者は愚か、その凄まじい威力で、近くに立っていた者諸共吹っ飛ばされる。
そして、あっという間にその六十名という軍隊は、凶暴な怪物によって、全滅されられた。