第三話 〜親友〜
オーガ契約失敗事件から約一週間がたった。
契約失敗のことは明るみには出ていないようだった。それに関してはとてもありがたいことだった。世間に知られれば、目立つし声はかけられるし、俺はそういうのはあまり好きではないのだ。
そして今、俺は武具屋へと来ていた。契約が終了してから行く予定だったが、失敗のショックで行く気分にならなかったのだ。そして、次の日に剣のオーダーメイドをとっておいて、それから一週間が経ち、今に至るわけだ。
実際、この一週間で、そのオーダーメイドの素材を集めていた。狩るための武器は店で貸してくれたのだ。
それで、できた武器はアクセルスワイト。剣は水色で、氷をイメージしている長剣だ。重量と硬質に特化していて、遠心力を利用して戦う剣士にはもってこいの品物だ。
「ほらよ」
そして、俺はアクセルスワイトを手に取る。
剣からの重みがずっしりと手に伝わってくる。そして、柄の部分は、自分の手に馴染むよう削られていて、とても持ちやすい。
「すごい……ありがとう親父!」
「あぁ、また来な」
俺は剣を背中にかけ、お礼を言ったのちに店を後にした。
新たな剣を背に、俺は早速ダンジョンへと向かった。
シロマ曰く、オーガとの契約で大幅に戦闘スタイルが変わるとのことだ。一体どういうことなのかと聞いても、本人は「まぁやって見た方が速い」と言って流されてしまう。
しつこく聞くと拗ねそうなので、結局今はそのままにしている。
もう周りにはたくさんの人が行き来していた。
朝宿屋を出たのが七時前だったが、もう時間は九時を回っていた。
俺は人混みをよけながら北にあるダンジョンへと急ぐ。
俺が急いでいると、影で何やら怪しい人影が見えた。
気になって仕方がなくなった俺は、ちょっとその影を見てみた。
「使えねぇな」
「ホントだぜ!」
そこにいたのは、四人の男性ハンターと、一人の女性ハンターだ。
「これ以上足ひっぱんじゃねぇぞ?」
「次やったらただじゃすまねぇぜ?」
そういうと、男たちは影から出て女の子をおいてどこかへ行ってしまった。
「結構治安悪いのかな……」
もう昨日のことでうんざりしていた俺は、面倒事に巻き込まれたくなかったため、今のことに見ないふりで通り過ぎてしまった。
それから歩き続け、やっとダンジョンにたどり着いた。
俺は気を引き締め、ダンジョンへの入り口を見る。
今回で二回目。今日はさらに深いところまで進むと心に決めたのだ。
そして、一歩、また一歩と進み、ダンジョンへと入っていく。
ダンジョンの中は前と変わりなく、いつも通りの洞窟だった。
アリスから聞いた話だと、洞窟エリアを抜けるとさまざまなエリアが出てくると言っていた。
俺がどんどん先へと進んでいると、シロマが話しかけてきた。
『三層まで行ってみな』
(え?)
『例の技があれば三層なら楽に行ける。まぁお前の実力はまだ知らないけど』
そこまでその技は強いのか。一体どんな技なのか、俺は知りたくて仕方がなかった。
「よし、一気に突っ走るぜえ!」
俺は、第三層まで、一気に駆け出した。
俺は途中で第三層までのマッピングを済ませていないことに気が付き、それから三層への入り口を探すのに結構時間を使ってしまったのだった。
「あぁ、最悪だ」
『ホント能無しだね』
(だって前二層にきた時にオーガと契約しなきゃいけないことを知ったんだよ。分からなくて当然だろうが)
そんなこんな、いろいろとあったが、なんとか第三層にたどり着くことができた。
やはり、第三層も同じく洞窟だった。一体どこからエリアが変わるのやらと思いながら、道を進んでいく。
すると、少し先の方にゴーレムを発見した。
『よし。それじゃあまずは奴から行こう』
シロマが言っているのはきっとあのゴーレムのことだろう。
そして、俺は鞘から剣を抜き、シロマの指示を待つ。
『じゃあ手始めに、簡単な奴からだ。奴を垂直に斬ってみろ』
なんだ、簡単じゃないか。
そう思いながら、俺はゴーレムの方へと突っ込んで行く。
『普通に斬るんじゃないぞ。持ち手に神経を集中させろ』
俺は言われたとおり、持ち手、すなわち右手に力を込める。
すると、剣に何か違和感を感じた。さっきより軽くなったような……
俺は剣の方を見てみる。
「ッッ?!」
そこには、水色のオーラを放つ自分の剣があった。
「なっ?!なんだこれ?!」
『ちゃんと集中しろ。モンスターにぶつかるぞ』
前を見ると、もう目と鼻の先にゴーレムは迫っていた。
俺は再度手に力を込め、集中する。
そして、
「せぇあああああああ!!」
一気に振り抜くと、思いも寄らないスピードと威力で、その一振りはゴーレムを縦に切り裂いた。
ゴァァアァアア……
そして、たったの一撃で、ゴーレムは光の結晶のと化し、スピリットをドロップした。
あまりにも一瞬の出来事で、一体何がどうなっているのか分からなかった。
「い、今のは……」
俺はドロップしたゴーレムのスピリットを広いながらそうつぶやいた。
『加速スキルというものだ。その名の通り、ある決まった動作の攻撃を加速させる技だ』
加速……
正直今のを聞いてもいまいち理解できなかった。
『つまり剣術の奥義のようなものだ。それと、加速を使用した後はしばらく動けなくなるから覚えておけ。そして、その連撃数が上がるに連れて、そのオーバーヒートの時間は長くなる。使う時はよく考えて使うようにしろよ?』
「あぁ。わかった」
大体今ので分かった。この技は使うとその後動けなくなるから気をつけないといけない。ったことだろう。
『今の垂直斬りは、「ヴァティカル」という超超初級の技だ。だから、こんな素人技はほとんどオーバーヒートの時間はない。だから普通に戦っている最中に時々使ってみるといい。そのタイミングが分かったら上出来だ』
確かに、さっきの加速スキルを使った後は全く体が不自由になることはなかった。このスキルを考えて使えば相当強くなれると、その時俺はそう思った。
『他にも、斜め斬りの「オブリック」や、縦横に二連撃の「クロス」それに、左右に二回斜め斬りをする「ダイアグナル」といったさまざまな種類がある。スキルは一つ一つ覚えるんじゃなくて、戦いのうちに体で覚えていくのが手っ取り早い。よく覚えておけ』
(なるほどな)
俺はまた持ち手に神経を集中させると、思いっきり縦に斬り、その後勢いに乗せて横に振り抜く。さっきシロマが言っていた「クロス」という技だ。
『うん。なかなか筋があるな。これは教え甲斐がありそうだ』
「そりゃどうも」
俺はシロマが褒めてくれたのを軽く流し、剣を鞘にしまう。
それから、三層のモンスターを狩って狩って狩りまくった。
そして、狩り始めてからおよそ三時間ほど経った。
そろそろ帰ろうかと思った時、朝見かけた五人組がいた。
「ホントお前何がしてぇんだよ」
「マジで使えねぇわ」
朝と同じように少女に暴言を吐いている。しかし、
「ッッ?!」
その瞬間、彼たちは思いっきり少女を蹴り始めた。
それを見て俺は完全に頭に血が登った。
さすがにこれを見ても動かないほど俺は人間が腐ってはいない。
俺は彼らに近づくと、少女から男たちを投げ技で蹴散らした。この投げ技は、故郷の村で毎日剣術と一緒に教えてもらっていた体術で、まさかこんな時に役になるとは。
「ああん?んだてめぇやんのか?」
「俺たちギルド・ケルベロスに口出すたぁいい度胸じゃねぇか。自分のギルドがどうなってもいいのか?」
そいつらは、ケルベロスと名乗った。確かどこだったか忘れたが、結構有名なギルドだ。
そして、あっという間に四人に俺は包囲された。
「すまないけど、俺は今ソロでね。守るべき仲間がまだいないんだ」
そう。あいにく俺はまだギルドに入れていない。それも鬼神というギルドマスターに全く会えないからだ。
剣を抜く彼らに対して、自らも剣を抜く。
『傷つけたらまずい事になるぞ』
(大丈夫。威嚇するだけさ)
そして、俺は彼らのところへと走り出した。
「うぉァアーーーーー!!」
しかし、
「だっせ。ただの素人かよ」
「時間くっちまったぜ」
やはり、まだ素人の俺には、同レベルの四人を相手にするのはきつかったようだ。
「いっててて。はぁ……ダメか」
俺は地面に仰向けで寝そべる。
加速スキルがうまく習得できたからって浮かれていたのだろうか。
しかし、やはりあの場面で助けないのは男が廃る。だから、助けた後でも、俺は後悔はなかった。
片手をつくと、よっと立ち上がり、俺は隅にいる少女の方へと近づいていく。
彼女は少しおどおどして、一体どうなっているのかわからないといった顔をしている。
俺は彼女の目の前にきて言った。
「大丈夫か?」
すると、彼女は少しハっとなった表情になり、でもすぐにうつむいてしまった。
「……はい」
数秒後に、やっと返事が帰ってきた。
「なんであんなギルドに入っているんだ?」
俺は剣をしまっていないのに気づき、慌てて仕舞う。
「俺はさぁ、まだハンターになったばっかでギルドの事なんてさっぱりだけどさ。もし、お前のチームのような仲間が俺にできた時は、俺にはそんな仲間はいらない」
そう告げると、少女は少し顔をあげ、こちらを覗いてきた。その目にはほのかな涙が浮かんでいるのが見えた。
俺も昔、村ではとても平凡に暮らしているとは言えなかった。友達に、俺がハンターになると言ったら、みんなが俺をバカにした。「お前みたいな奴にはなれない」と。しかし、ただ一人だけ、俺の夢を信じて、応援してくれる奴もいた。
「お前にはいるか?絶対信頼できる。本当の仲間って奴が」
彼女は、少しだけ頭を左右に振った。
「俺には昔いたんだ。俺が夢を語ったら、みんな叶わない、お前には無理だと、侮辱してきた。でも彼だけは違った。俺の夢をバカにせず、応援してくれた。そのおかげで、俺はここにいるのかもしれない」
そう。きっと彼がいなければ、俺は今もずっとあの村で変わらない日々を過ごしていたに違いない。
俺はずっと立ち話しているのに気づき、壁に腰掛けるよう彼女に促した。そして、そのあと俺もそこに腰掛ける。
「だからさ。お前も、絶対信頼できる仲間をつくるといい。きっと困った時に助けてくれるはずだ」
「私には……できない」
そして初めて、彼女との会話が繋がった。俺は心の中で嬉しく思いながら続ける。
「それじゃあ、俺がなってやるよ。お前の親友に」
「え?」
少女は驚いた表情で振り向く。
「なんかさ。お前見てると昔の俺を見てるようで、可哀想に思えてくるんだよ。俺はあの時、自分を信じてくれる人、自分の見方でいてくれる人が欲しくてたまらなかった。だからさ、同情しちまったんだよ。そして、次は俺があいつの立場になって励ましてやろうってさ」
そしてついに、少女の目から、我慢していた涙がこぼれ落ちた。
「俺みたいなまだ会ったばかりの奴に言われてもどうかとは思うかもしれないけどさ、こういう風に一人でも味方がいると心強いんだよ。だからさ、なんかあったら俺に言え。頼りになるか分からないけど、少なくとも、俺はお前の味方でいてやる」
そう告げ、俺は腰を上げた。
そして胸ポケットから自分のライセンスカードを取り出し、彼女に渡した。
「俺のライセンスカードだ。お前のに登録しとけ」
それで、彼女が登録し終えたところで、ライセンスカードを返却してもらう。
俺は受け取ると、彼女に背を向ける。
「それじゃあ、俺はまだダンジョンに潜る。もしあいつらを見返したいって言うならついてきてもいいけど……」
俺も仲間が一人でもいると心強い。一人でもいつかは限界がくるし、パーティでの戦闘にも慣れなければいけない。
俺は首だけ振り向くと、少女が立つのが見えた。そしてこちらを一瞬見ると、とぼとぼとついて来た。
「よし、それじゃあ行くか」
そして、俺は彼女と共にダンジョンのその先へと潜って行ったのだった。
***
「なんであいつらと戦う時は手加減したんですか?」
「あぁ、あの時はさ、ていうか人傷つけるとギルドに言われるだろ?絶対あいつらならチクるだろうし」
「ふふ。違いない」
あはははは。
もう俺と彼女は打ち明けていた。
そして、彼女の名前はリーフというのだそうだ。
で、今俺たちはダンジョンの出口へと向かっている最中だった。
現在いるのは第一層の入り口付近で、もうすぐで外に出られるところだ。
「これからギルドに戻るのか?」
「……はい」
すると、急にリーフの顔色が悪くなった。やはりギルドの仲間は彼女を相当嫌っているのだろうか。
俺はリーフをどうしてあげたらいいか考えた。そこで出た答えが、
「……なんなら、俺が……そのさ、ギルドに入ろっか?」
「えっ?!」
それを聞いたリーフはびっくりして素っ頓狂な声を上げる。
「ううん、だから、その……俺まだギルド入ってなくてさ、そろそろ入ろうと思ってて、ダメかな」
「いぃいえいえ!大歓迎です!ハクさんのような強い方なら全然入れてくれると思いますよ。でも……」
「でも?」
そこでリーフは押しとどまった。一体どうしたのだろうか。
「このギルドってランク制で、きっとハクさんがどれだけ強くても最下位ランクからになっちゃうと、思う」
「それで、リーフは?」
すると、リーフはモジモジと恥ずかしそうに答える。
「最低の四群です……」
「そっか。ま、んなもんどうでもいいだろ。ギルドマスターには俺とお前が組めるように頼んでみるよ」
「あ、ありがと」
リーフはそれを聞くと、これまでで一番いい笑顔を見せた。
それを見て俺は少し赤面になってしまう。
そうこうしているうちにダンジョンの外へきた。
「それじゃ、まずはギルドのホームに行こ」
俺はそのままリーフに連れられるままそのギルドのホームとやらへと向かった。
ホームは何やら居酒屋のようなところだ。中には女性やがたいががっちりしたおじさんなど、年層はさまざまだ。
しかしギルドマスターとやらがどこにいるのか見当たらない。
歩いていると、やはりとても視線を感じる。そっちを振り向くと、「あまり見ない方がいいですよ」とリーフに指摘されてしまった。
俺はリーフついて行くと、そこにいたのは、なかなか上品な椅子に座った叔父さんだった。それを見て、すぐに俺はこの人がギルドマスターだと分かった。
「あなたが、ギルドマスターですか?」
すると、ギルドマスターらしき人は、自分の自慢の髭をのばしながら言った。
「以下にも」
「俺、いや、私は、今日このギルドに入ろうと思い、ここへ来ました。俺、じゃなくて、私をギルドに入れてください」
すると、周りからクスクスと笑い声が聞こえてくる。俺は必死に怒りを押さえながら、ギルドマスターの言葉を待つ。
「分かった。じゃが、入団試験を行ってもらう」
「入団試験?」
俺はリーフの方を向く。しかし、リーフも知らないらしく、首を左右に振っている。
「というと、実際どういう試験を?」
すると、ギルドマスターは、手招きすると、何やら凄そうな人がやってきた。
「こいつからの攻撃をブレイクしてみろ」
ブレイク。それは、相手側に有利な状態を打開し自分の流れへと変えることを言う。
しかし、見たところ、彼はとても俺よりも上級者だ。ブレイクどころか攻撃を防ぎ切るので精一杯かもしれない。
「アレンだ」
「ハクだ。ハク・セレクトス。今回は頼む」
そして、俺たちは硬い握手を交わす。
いつの間にか、俺たちのやり取りは、このホームの注目の的となっていた。俺はビックリしていたが、他の人たちはとても平気そうな顔をしている。なぜ恥ずかしくないのだろうか。
「こっちだ」
そう言われ、俺はアレンに奥の部屋に案内される。
その古っぽい扉を開くと、そこにはとても広い修道場があった。
そして、その後からさっきまで酒を飲んでいた奴らもこちらへと入ってきた。
「武器は自分の使い慣れたものを使え」
そう言うと、アレンは自分の剣を見た。
確かに、そっちの方がありがたい。そうしてくれた方が加速スキルが使いやすいからだ。
そして、俺たち二人は、その修道場の立ち位置へと分かれる。
「時間に制限はなしだ」
すると、アレンは自分の腰についていたレイピアを引き抜く。
それに習って俺も背中からアクセルスワイトを引き抜く。
「それでは……」
審判らしき人がスタートの指揮をとっている。そして、
「アレン対ハク、ブレイク勝負」
観客が一斉に静まり返る。
俺も次の審判の言葉を待つ。それが、俺にはとても長く感じた。
そして、
「開始っ!!」