第二話 〜イレギュラー〜
狩りを続けること二時間。もう第一層のモンスターは楽に倒せるようになったところで、ハクは第二層へと行くことにした。
次層へ続く階段は、狩っている最中に見つけて、ライセンスカードにマッピングしてあるので、すぐに向かうことができた。
階段は大体二メートル程の幅だ。その階段を下りて第二層へと来るものの、風景は引き続き洞窟だった。
「はぁ…」とため息をつきながら洞窟を進む。
そして、数秒進むと早速モンスターが現れた。
「うし!来た!」
俺は素早く剣を抜きモンスター、見たところ体がデカく、木でできているウッドゴーレムに走って行く。
そして、一気に近づき、剣を振り上げる。
「うおおおおおおおお!!」
力強くゴーレムを向かって振り下ろす。しかし、
バギィィン。
「っ?!」
剣を叩きつけた瞬間、剣が思いっきりへし折れた。思いも寄らない現象に、俺は少し硬直する。
しかし、今は目の前の敵に集中しなければならない。
俺は剣に向けていた視線をゴーレムに移す。
村では一番と言ってもいい硬度をもつ鉄剣。だが、たった今すんなりと攻撃しただけで折れてしまった。俺は今できることを必死に考えた。
「剣がないんじゃ……」
俺は考えたが、何も出てこなかった。体術で戦うにしてもゴーレムのような体の大きい相手には通用するはずがない。
そして、俺が考えたのは……
「うぉあああああ!!」
俺は全速力でその場から立ち去ったのだった。
***
そして、全力で地上に戻った俺は、全速力で真っ先に武具屋に来ていた。
「そりゃあ、二層からは並大抵の武器じゃあ無理だぜ。オーガと契約しねぇと」
「オーガと?」
確か昔、人はモンスターに対抗するためにオーガの力を使ったという話を聞いたことがある。それと何か関係があるのだろうか。でも、どうオーガと契約できるのかさっぱりだ。
「ギルドに行ってきな。そこでオーガと契約してからまた来な」
「おう、分かった」
そして、俺が店を出ようとしたところを呼び止める。
「気をつけた方がいいぜ。オーガとの契約は危険だ。失敗すると死ぬぞ」
何脅してくれんだよ。と思いながら俺は、すぐにギルドへと向かった。
「あ、ハクさん。どうしたんですか?」
ギルドに入ると、カウンターのところにアリスが立っていた。
俺は彼女に近寄ると、溜まっていた鬱憤をぶつけた。
「二層からは普通の武器じゃ倒せないってことくらい先に行っておいてくださいよ!剣折れちゃったじゃないですか」
「ご、ごめん。次来たら言おうと思っていたんだけど……」
「ハァ……まぁいいです。それより、オーガとの契約をしたいんですけど」
俺は率直に本題へと切り替える。正直怖くないというと嘘になる。きっと大丈夫だとはいえ、失敗したら死ぬと言われたのだ。怖くない訳がない。
青ざめている俺の顔を見て、アリスは少しクスっと笑った。
「大丈夫ですよハクさん。契約が失敗するのは本当にごく稀ですし、ここ数十年は一回も失敗してないですから」
俺は「そうなんですか」と軽く答えた。なんだか緊張しすぎて頭が回らない。多分今の俺にどうリラックスさせようとしても無駄だろう。
ここで死んだら俺、本当虚しすぎる。ハンターになって約一日強、オーガとの契約で事故死。これは凄く不味い。これだけはなんとか回避しなければ。
「その、契約と言っても、何をするんですか?まさか、用紙に何か記入して、記入ミスしたら失敗で死亡とか、そんな感じですか?」
「そんなわけないでしょう?ちゃんとした儀式を行うのよ。それじゃあちょっと言ってくるからここで待ってて」
そう言われた俺は、バクバクの心臓に手を当て、おぼつかない動きでロビーの椅子に座った。
「……ぁ」
緊張していたせいで気づかなかった。俺は誤って他のハンターの真っ正面に座ってしまったのだ。しかも女性で、気まずいったらありゃしない。そして、よく見ると、彼女も少し震えていた。まさか、この子もオーガとの契約に来たのだろうか。
そして、俺は少し顔を上げて彼女の方を向いて言った。
「貴方も……契約、なんですか」
すると、彼女は小さくコクリ、頷いた。気の毒に、彼女も契約前に失敗のことを言われたのだろう。本当になんでああいうこと言うかなあ。
「俺もなんだ。少し緊張しちゃって……」
そういうと彼女は必死に笑顔を作って言った。
「ふ、わ、私は全然怖くなんてないんだから。何十年とし、失敗してないなら、だ、大丈夫に決まってるじゃない。心配するだけ、む、無駄よ」
彼女は歯切れ悪く言った。もう緊張してることがバレバレだよ。
強がってるけど、きっと心の中では相当緊張しているんだろうなぁ。男の俺でもこんな緊張するんだ。彼女は女だし、俺の倍は緊張してるに違いない。
そこで俺は、何か言ってあげようと思い、一言言ってやった。
「そうだね。心配するだけ無駄だ。そう心に思うことにするよ。助かったよ。あんた、名前は?」
「セレナ・ローレスト……」
「俺はハク。ハク・セレクトスだ。昨日ハンターになったばっかでさ、何も知らずに二層でモンスターと戦って俺の剣が折れちまったんだよ。たく、サポーターさんが前々から言ってくれれば良かったのに」
すると、彼女は少し笑った。笑ってもらえたことに少し嬉しく思いながら、呼ばれる瞬間を待った。
「ハク・セレクトス様。セレナ・ローレスト様。契約の準備が整いましたので、至急センターカウンターの前まで起こしください」
そう呼ばれ、俺は席を立った。
「呼ばれたな。行こうぜ」
しかし、彼女は動こうとしない。
「どうした、行かないのか?今聞こえただろ?至急来いって言ってんだ」
「嫌だ」
「は?」
「怖い。行きたくない」
彼女の声は震えていた。これは少し不味い。
「私、死にたくない」
俺はセレナに近づいて言った。
「そんなこと言ってたらこれからやっていけねぇぞ?それに、ハンターになった以上、死とは隣り合わせなんだ。これくらいなんてことないさ。言ってたじゃないか。大丈夫に決まってる。心配するだけ無駄なんだよ。大丈夫だ。俺が保証する」
「本当?」
「………あぁ」
正直、そんなことは保証できるはずがなかった。しかし、今の彼女には、こうするしかなかった。
そして、俺とセレナはセンターカウンターの前へと向かった。
俺たちは係員の人に連れられ、ある部屋へとこさせかれた。
「ハクさんは左。セレナさんら右でお願いします」
そして、俺は左、セレナは右の扉へと入り、別れた。
部屋の中は特に何もなく、魔法陣の上にベッドが置かれているくらいだ。
俺はベッドへと寝転がるよう指示され、それに従った。
「それでは、始めますので、ゆっくり目をつぶり、楽にしてください」
そして、言われた通りにする。
「では、始めます」
すると、いきなり目をつぶっているのに、急に視界が白い光に包まれた。
***
「こ、ここは……」
気づくと、俺は何もない真っ白な空間にいた。
ベッドで寝転がっていたはずなのに、何もなくなっている。
「どうなっているんだ」
すると、後ろに何やら気配を感じ、すぐに振り向く。そこには、なにやら悪魔のような格好をした少女が立っていた。
「君は…?」
「私はシロマ。オーガよ」
オーガってこんなんなんだ。想像していたのより全く違う。
すると、少女はニヤッと笑い、言った。
「お前今、私が想像と全く違うって思ったでしょ」
「えっ?!」
心を、読まれた……
「ここは貴方の意識の中。貴方の考えていることなんてお見通しってわけ」
少女は話を続ける。
「にしても、気の毒ね。今、外でお前がどうなっているか知ってる?」
「ど、どういうことだ」
「今、お前は昏睡状態になっているの。この状態をお前は今こういう契約の仕方なのだと思っているようだけど、これは全く。予想外の不規則状況なの。要するに、今お前は生死の狭間にいるっていったところかしら」
それを聞いて、俺は全てを悟った。そう。まさにこの状況が、俺の一番恐れていた状況、失敗なのだと。
「そ、そんな……」
「これが現実なの。受け止めなさい」
諦めきれない。ここで全てが終わってしまうなんて。
「嘘だ!何か、何か手があるはずだ!」
「無駄よ。今のお前には何もできない、でも」
そして、小悪魔は言った。
「一つだけ方法がある」
「え?!ど、どうすればいいんだ!」
「まぁ、楽にしていなさい」
そう言われると、どんどん視界がボヤけていき、そこで意識は途絶えた。
***
「…さん……くさん……」
なにやら声が聞こえてくる。
「ハクさん……ハクさん!」
そして、俺の名前が呼ばれていることに気がつき、すぐに起き上がる。
「お、俺……生きてる」
生きてる!死んでいないんだ。あのオーガが、何をしたのか知らないけど、そのおかげで俺はまだ死んでないんだ。
「ハクさん。落ち着いて聞いてください」
すると、となりには何人もの白衣を着た人がいて、先ほどの係員が俺に言った。
「貴方は今、半分は生きているんですが、半分は死んでるんです」
「………は?」
今、何を言ったのか理解できなかった。
「今、なんて」
「貴方は、もう、人間ではないのです」
やっぱり、何を言ってるのかさっぱりだ。俺が人間じゃない?
「な、何言ってるんだ。俺にはちゃんと、両手両足に口だって、耳だって鼻だってある!」
しかし、彼らの顔は深刻なままだ。
「今、貴方の体の中に起こっているのは、全くのイレギュラーなのです。詳しくは分からないのですが、貴方の体は、半分、オーガに取り付かれている状況なのです」
「そ、それはどういう」
「貴方は、オーガの力を手に入れたってことです。こう言えば楽に聞こえますが、その力は、貴方だけのものではなく、オーガ自身も同じことなのです。つまり、貴方とオーガは今、一心同体という訳なのです」
信じられない。そんな、なんで……
「何で……」
何で俺が……
「何で……!」
何でこんな目に!
「何でなんだよ!!」
俺は、叫んだ。もう、こうしないと今起きている状況に、心が押し潰されそうだった。
「まぁ、生活にはあまり支障はでないとは思いますが、また今度、様子を見るためにおこし下さい」
そう言われると、俺は立ち上がり、ロングコートを着て部屋を出てロビーへと向かった。
そこには、笑顔で溢れているセレナがいた。
「あ、ハク!やったよ。無事成功したよ!」
そしてこちらへと近づいて来る。もう、あわせる顔がない。しかし、心配かけるわけにもいかないので、俺はなんとか笑顔を作った。
「良かったな。だから言ったろ?保証するって」
「うん!ありがとう!」
そして、セレナは今まで見た中で一番嬉しそうに笑っていた。俺はもう、それが見れただけで十分だった。
「あぁ。それじゃあ、もう遅いから俺は宿に帰るよ」
「え?それじゃあ私も行く。まだ私自分の家が無いから困ってるんだよねぇ。早く家買わないと!」
「あぁ。そうだな」
そして、俺たちは宿屋に向かい、同じ宿屋で、違う部屋で休んだ。
「なんで……何だろうな」
ほんと、嫌になっちまう。
「なんでこんな目に」
『私がいるとそんなに不満か?』
すると、急に頭の中に声が響いてきた。
「え?し、シロマ?!」
『あぁ。さっきもクソ医者が言ってただろう?お前と私は一心同体なんだ』
そっか、そういうことか。
「あれ?これって、声に出さなくてもいいのか?」
『まぁ、心の中で話せるからな』
ううん。ちょっと便利だと思ってしまうのが情けない。
でも、心に思っていることが分かってしまうなんて、とても気分が悪くなる。
(こんな感じか?)
『あぁ。それでいい』
やばい。これ変な妄想とかできねぇじゃん。
『変な妄想しても無視してやるから安心しな』
(ああもう面倒くせえ!)
その時、俺は本当に面倒に思った。
これから、俺はこいつと一緒に一生を過ごさないといけないことになってしまった。内面そんな悪いやつでもなさそうで、その辺はホッとした。だが、またどんなことが起きるのかは分からない。
『あ、ちなみに私、お前の血少しもらうから、肉ちゃんと食えよ』
そして、もう本当に……
「もう面倒くせえええええええええ!!」
そして、一生ハクとシロマは一緒になるのであった。