第九話 〜壊滅〜
「誰も死なせない」
ハクは皆にそう言った。誰も死なせない。その言葉を俺は口だけにするつもりはなかった。本気で、このクエストでもう人を倒させないと誓った。
ハクは周りを見渡した。しかし、なぜだかどこからも戦闘音が聞こえなかった。
「なんでこんなに……」
「静かなんだ……」
「まさかもうボスも倒しちまったんじゃないか?」
ハクは直感した。これはもう敵を倒してしまったという仮説以外の恐ろしい仮説があるということを。
「E、F班のところに行くぞ!」
「嘘だろ……」
そこには、なんとも悲惨な光景が広がっていた。ここのE、F班はもう全滅していたのだから。
「クソがッッ!!」
「ひ、酷い……」
この光景に皆立ち尽くすしかなかった。
ハクはその中進んだ。
「ケニー……」
レイヴンから来たハンターで、とてもソルの面倒を見ていた。それに、
『でも凄いじゃん!EランクがCランクを押すなんて、尋常じゃないよ!』
彼女は俺のことを褒めてもくれた。あの時は照れて素直に喜べなかったけど、内心ではとても嬉しかった。
「ソル……」
とっても無口だったけど、会議のあと話したら、とても面白かった。いちいちケニーとのやりとりは見ているこっちは面白くてたまらなかった。
そんな彼等が死んだ事実を、ハクは受け止めるしかなかった。これが現実なのだから。最初からわかっていたことだ。この戦いできっとたくさん死ぬということくらい。
「ハク……」
それを見て心配したセレナがハクの隣へとやってくる。そこでハクは、男として情けないことをしていることに気がつく。
「ごめん。大丈夫だから」
そう優しくハクはセレナに言った。安心したのかもうセレナはハクに何も言わなかった。
「行くか……」
俺はそうつぶやき、この無惨な光景に背を向けると歩き出した。本当の戦いの場へと。
あれから何分か歩いているが、明らかに周りは静かなままだった。もうこれで自分たち以外の班が全滅したのは見なくてもわかった。最初は考えたくなんてなかった。しかし、状況が俺を現実に向き直らせた。
最初はこんなことになるなんて思いもしなかった。きっと、必ず無事に生還できると思っていた。しかし、現実はそう甘くはなかった。覚悟はしていた。ハンターになった時から、いずれはこのような事態にだって遭遇することくらい分かっていた。ただその時期が少し早いだけで、この職業では避けては通れない道なのだから。
姉にもこのような経験があったのだろうか。俺は不意に姉、エルの顔が浮かぶ。彼女は俺よりも強くて、選抜組にも入っている。今の俺の状況なんて腐る程見てきたに違いない。そんな姉を俺は尊敬の言葉では表せないほど、凄いと思っている。
俺の心の中にいる鬼、シロマ。最初はもう最悪としか思えなかったが、話していると面白いし、戦いを助けられたりもした。きっと、彼女がいなかったら今頃俺はあの時アレンに負けて、この討伐隊どころか、ギルドにすら入れなかったことだろう。
リーフ。俺の初めてこころが通ったハンター仲間。彼女は俺にいろんなものを与えてくれた。仲間。これほど暖かいものは無い。仲間がいたからこそ、俺はここまでやってこれた。その感謝の思いを胸に、俺はもう、仲間を殺させやしないと心に再び強く誓う。
すると、少し先の方に、何やら影が見えた。それを見て皆身を低くして戦闘体制に入るが、俺はその影をよく見て、戦闘体制を解除する。なぜなら、その影は人のものだったからだ。
「ロイさん!」
そこにいたのは、ギルド白虎の副長、ロイだった。しかし、遠くからでもわかるほどに、ロイの体はボロボロだった。今は剣で体をなんとか支えているが、いつ倒れてもおかしくはない。
そして、フラッとよろめき、ロイの重心は傾いていく。
俺はロイの元へ駆けつけると、倒れそうになったロイの体を両手で支える。遠くからでもわかったが、近くから見ると、やはり傷が酷い。早く治療をしないと最悪の事態も考えられる。
そう判断した俺は、ポーチからあるものを取り出す。
「ロイさん。これを飲んで」
そう言って渡したのは、俺がこのクエストに出発する前に奮発して買っておいた超高級ポーションだった。正直使ってしまうのは惜しいと思ってしまうが、今はそんなことを言っている場合ではない。ロイの命がかかっているのだ。
俺はロイの頭を手で支えると、ポーションをロイの口元へと持っていく。そしてそれをロイは少しずつ飲み、何とか飲み終える。それほどまでに今ロイは体が弱ってしまっているのだ。
「セレナ。俺はちょっとロイさんを安全なところに運んできます。その間頼む」
「わかったわ」
セレナはすぐに俺の願いを承諾する。
その後俺はもう一人のパートナーの方に顔を向ける。
「リーフ……死ぬなよ」
俺は思いを込めてリーフにそう告げた。本音では今リーフと離れたくはない。帰ってきてもしリーフが死んでいたら。そう考えるだけで胸が痛くなる。
「わかりました……」
そのお願いを、リーフは言葉をかみしめながら答える。
すべて言い終えた俺は、ロイを抱きかかえると、出口付近へと向かった。
「な、なんで……」
そこで目にした光景に、俺は目を背けたくなった。なぜなら、出口はなぜか、瓦礫によって塞がれていたのである。これではここから出ることはできない。最悪の場合一旦退却という手段が残っていたのだが、その選択肢は消え、勝つか負けるかの二択となってしまった。そもそも退却なんてできるわけがないので、正直今はどうでもいい。今はロイのことをなんとかしなければいけない。
俺は抱きかかえていたロイをゆっくり下ろすと、壁を背もたれにもたれかけさせる。
「一応ポーションと携帯食料は置いておきます。それとこれ、信号弾です。異常が発生したらすぐに鳴らすようにしてください。急いで駆けつけるんで」
「ありがとう」
そう告げると、俺は素早く立ち上がり、戦場の方向に体を向ける。
「ハク……」
すると、背後からロイが俺を呼び止めた。俺はゆっくりとロイの方を向く。
「帰ってきてよ……」
「………」
俺はその言葉を笑みで返すと、ボス、アーデの元へと急いだ。
しかし、戻ってきた場所には、転がっている死体の山だった。きっと最初の四チームの奴らだろう。だが、それだけではない。俺たち、G、H班のメンバーの死体だってある。そこで俺は自分の弱さを実感する。守れなかったという悔しさを。
そして、次の瞬間。俺は見覚えのある顔を発見する。
それは、腹わたが抉られて、それは酷い有様となったノアだった。
「そ、そんな……」
俺はもう自分の仲間をとうとう一人だけにしてしまった。
その自分の弱さを俺は憎んだ。もっと俺が強ければ、みんなを守れたかもしれない。だが、いくらそう思ったって、何も変わりはしない。そして、その邪心を思い切り振り捨てる。俺は地面の死体から顔をあげ、前を向く。前方に約五十メートル。俺はその距離を一瞬で追い詰めた。そう。ボス、アーデの元へと。殺すために。
周りを見ても、残っているのはもう四人程度だ。そして今その一人がやられてしまった。その彼の体にはアーデの持つ骨をも砕くであろう巨大な武器『アギト』が食い込まれていた。アーデはそれを振り払い、次の攻撃体制になる。
「せぇアーーーーーーッッ!!」
その無防備な格好のアーデにハクは突っ込むと、足と足の間を通り抜けざまに斬りつける。瞬時にアーデに向き直り攻撃をぶつけと、リミッターレモーバルを使わずに気合だけで加速後のオーバーヒートを短縮させる。それと、加速をなるべく使わずに、ハクは自分の技量だけでアーデや立ち向かう。
(通る!)
その刃はアーデの肉に切り裂き、アーデの体から血が噴き出す。
「ォァアッッ!!」
ハクは剣を左腰に持っていき、一気に斜め上に切り払う、リバースオブリックを繰り出す。
光り輝いた剣は素早くアーデの腹から左脇にかけて食い込み、そのまま引き裂いた。
ゴォオゥ…!!
その勢いに乗って軽く飛び、アーデの顔の目の前に来ると、振り上げていた剣を、次は下へ切りおろす。
それでも止まらず、ハクはアーデに数えきれないほどの斬撃を与えた。しかし、
「あぐっ!」
そのラッシュもアーデの左手によりブレイクされ、ハクはそのアーデの腕に吹き飛ばされる。
「ハクっ!」
「ハクさん!」
セレナとリーフが叫ぶ。二人は駆けつけようにも、目の前のアーデによりそれを阻止されてしまう。
「く……効くなぁ」
ハクは剣を杖に立ち上がりポーションを一口飲むと、再びアーデへ走り出す。
「ゴォアァーーー!!」
アーデは剣を横に一閃させ、そばにあった岩の柱を砕き飛ばす。その破片がハクへと襲いかかる。
「っ!!」
最初にきた顔と同じくらいのサイズの岩を、ハクは剣を器用に滑らせ、岩の進行方向をずらす。
それからも飛びかかる岩を華麗に避け続け、アーデめがけて剣を振り下ろした。が、
「な……!!」
そこにはアーデの姿はなかった。ハクは周りを見渡し探すがどこにも見つからない。
「ハク、上っ!!」
何!
と、ハクは瞬時を頭上を見上げる。すると、そこには、天井にぶら下がるアーデの姿があった。
そして、アーデは口元をニヤつかせると、一気に足を伸ばして跳躍し、ハク目掛けて落下する。
「ハクっ!!」
セレナがこちらへ叫ぶが、その声が妙にスローモーションに聞こえてきた。上からはアーデが刻一刻と迫ってくる。しかし、俺は動くことができない。体は硬直し、自由が効かない。せめてガード姿勢をとるが、きっと防ぎきるのは不可能だろう。
俺は死を覚悟し、目を瞑る。
ーーすまない、リーフ、セレナ。そして班のみんな……俺、みんなを守ること……できなかった。ーー
そして、俺は目の奥から熱いものを感じた。こんなところでは死ねない。死にたくない。俺は、俺は……!
ハクの瞳から一雫の涙が零れる。次の瞬間、俺は宙を舞っていた。空を飛んでるわけでも、アーデの一撃を喰らい吹き飛ばされたわけでもない。
俺は目を見開いた。すると、そこにはリーフがいた。リーフは俺の胸を押し飛ばし、アーデの一撃から逃れさせる。
その瞬間は、先ほどの一瞬の比ではない、まるで止まっているかのようだった。ハクはリーフの顔を視界に映す。そこには、リーフが笑顔で笑っている姿があった。
ーー大好き。ハクーー
そして、次の瞬間、落下してきたアーデは彼女を手に持った刃で叩き潰した。
その衝撃波で、辺りの地面は崩壊し、そのままハクも吹き飛ばされる。
「っ!!」
ハクは壁に勢いよく衝突する。その衝撃で頭がボーッとして、視界がボヤけていき、そのまま意識が途切れた。
***
「あ……」
目が覚めると、そこはオーガとの契約の時に訪れた場所だった。それと、俺の体の傷は癒えて、痛みがなくなっていた。
辺りを見渡すと、そこにはシロマがいた。
「無様だな」
そう言われ、俺はさっきの出来事を思い出した。その瞬間、胸が苦しくなり、目から涙が零れる。
あの一瞬の出来事がまた脳裏に蘇る。
大好き。ハク。
そう言って、リーフは死んだ。俺を庇い、アーデからの一撃を受けて、俺の元から消えてしまった。
俺は俯くと、強く唇を噛み締めた。
「お前が弱いからみんな死んだ」
そうだ。俺がもっと強ければ、みんなは死ななくても済んだ。
「お前が仲間を殺したんだ」
俺の……俺のせいで……
「みんなが……」
俺は自分の弱さを憎んだ。
「なら……今お前は何をするべきなんだ」
それを聞いて、俺は我に返る。仲間は死んでしまった。でも、まだ、終わっていない。俺の戦いはまだ、
「終わっていないっ!!」
***
「キァアっ!!」
その頃、セレナは一人でアーデと交戦していた。
セレナはアーデの攻撃を止めきれずに吹き飛ばされる。
「くっ…!」
セレナは体制を立て直すと、アーデの元へ走り出す。それを見るや、アーデは剣を振り下ろす。それをセレナはなんとか避け、アーデを斬りつける。
「せぇいっ!!」
しかし、アーデの攻撃を防ぐことで精一杯で、反撃することすらできない。
そして次の瞬間、アーデにすきが交える。
ここだ!
セレナ剣を強く握りしめ、アーデ目掛けて振り抜く。しかし、
「しまっ…!」
その攻撃をアーデは見切り、セレナの剣を足で蹴り飛ばす。
負ける…!
そこで、セレナは自分の死を悟った。自分にはもう武器はない。そして、今まさに隙だらけとなった体に迫り来る刃。セレナは死を覚悟したその時、体が一瞬のフワッと浮いた気がした。と思ったら、セレナは自分が抱えられているのだと悟る。
「……え」
セレナは顔を上げる。そこには、さっきアーデによって吹き飛ばされたはずのハクが、目に紅い光を宿して居座っていた。