姉よ。(10)
姉よ。
貴女、絶対友達居ないでしょ。
「姉さん。」
「ん? 何だ?」
「その口の周りに付いている白い物は何?」
「ん? ……ん。 あ、クリーム付いてたか。 ありがとな。」
言いながら、口の周りに付いて居た生クリームを指先で拭って、その指をちゅぱりとしゃぶる姉。
「いや。 そうじゃなくて、今日、私の誕生日なの。」
「……知ってるぜ。 だからケーキ食ってんじゃん。」
意味が分からない。
いつも以上に姉の言葉の意味が分からない。
誕生日の夕餉の前の1730に、既にホールケーキ(中)を中破させていた姉の言葉の意味が分からない。
私が部活から帰って来て、『ただいま。』と、言いながらリビングルームに入ったら、姉が妹の誕生日として用意されたケーキを、蝋燭に火を灯す前から既に半分食べて居たと言って、信じる人は居るだろうか。
実は居るんですよ。 ええ。
「姉さん、貴女――――友達居ないでしょ。」
「な、何だよ! 藪から蛇に!」
それを言うなら藪から棒なのだが、突っ込んであげない私。
「で、居るの? お・と・も・だ・ち。」
「何だその一時期テレビで流行った流行語大賞みたいなの。」
「別に流行らせようとは思ってないわ。 っていうか、誤魔化してるでしょ、姉さん。 貴女に友達は居るのかって聞いてるの。」
「な、何でいきなりそんな話になるんだよ。」
「だって姉さん、空気読めないでしょ。」
「なっ!!」
何を吃驚しているのかしら。 自分で自分の事を理解して無さ過ぎでしょうに。
「乱暴だし、がさつだし、そうね、あだ名は歩く危険物かしら。」
「酷いなそれ! 酷すぎるだろ!! もう少し滑らかにしてくれよ!!」
滑らかと来たか。 それは新しい。
本当は柔らかくと言いたかったのだろうが、勿論突っ込まない私。
「マリ○で例えるならクッ○の背中の甲羅のトゲトゲの部分ね。」
「めっちゃ尖ってるし! 刺さるし! ってか、生き物ですら無くなってない!?」
「で、そんなに尖ってる姉さんに、友達は居るの?」
「っく……居るし。」
「へぇ。 なんて名前?」
「えっ……と、富……トミー!」
やばい。 私の喉を潤して居たペットボトルの紅茶を噴きそうになったわ。
何処の国の人なのよトミー。
「そう。 トミーさんね。 苗字は?」
「ら、蘭……ランボルギーニ?」
凄いわ。 とてもイタリアンな響きのお友達ね。
でも、語尾が疑問系なのは突っ込んであげない。
っていうか、その名前で女って事は……無いわよね。
「それって、男の友達?」
「いや。 ……女。」
んぶふっ!!
「何紅茶噴いてんだよ、きったねーな。」
姉さん。 噴いたのは貴女のせいよ。
有り得ないでしょそれ。 何処のトミー・ランボルギーニさんの性別が女なのよ。
「その、トミー……ぶふっ!! ランボルギーニさんに……くくっ!! ぐっ!! 会わせて貰えるかしら?」
「……今ちょっとあいつ忙しいかんな。 無理。」
忙しいんだ。 トミー忙しいんだ。 イタリアのハイウェイやらでも走ってるのかしら。
っていうか、クラスに富江、とか、富子とかって名前の人でも居るのかしらね。
「普段、何して遊んでるの? その友達と。」
「え? ……ス○ブラとか。」
ダメだ。 うちの姉は私の腹筋を崩壊させたいらしい。
どこの女子高生がスマッシュブ○ザーズして遊ぶんですか。
…………いや、待てよ。 取り繕ったにしてはすぐに答えたな。
「あ。 違う違う。 ちょっと発音悪かったわ、あたし。 トミーじゃなくて、タミーな。」
「あらそう。 タミーさんね。」
今度こそ取り繕った様に言う姉だが、私はスマブ○の方が気になって居た。
――――本当に昼休みに3D○してるんじゃないかしら。
でも、誰と?
まさか……トミーだか、タミーだかは……実在……する!?
「タミーさんの画像って持ってるの?」
「あたしケータイもスマホも持ってねーし。」
うん。 知ってた。 一応聞いて見ただけよ。
でも、3D○ってカメラ機能付いて無かったかしら? まあ、普段使って無いならその機能がある事さえも知らないんだろう。
「じゃあ、タミーさんの電話番号は分かる?」
「知ってるよ。」
何だと!? 今度はすぐに答えた!? やっぱり実在するのかタミーっ!?
「でも、用も無いのに電話すんのもなー。」
「いや、まあ。 それはそうね。 っていうか、いい加減にケーキ食べるのやめて頂戴。 もう半分以上食べてるじゃないの。」
「あ、うん。 もう良いや。 んじゃ、あたし部屋行ってっから。」
姉よ。
自分勝手すぎるわ。 一時間後に夕食だって私やお母さんが叫んでも、絶対下に降りて来るつもり無いんでしょう。
妹の誕生日に用意されたケーキを半分以上食らって自分の腹を満たし、ベッドに寝転んで3○Sしたり、昨日発売の○ぼんを読み返したりする人に、絶対友達なんて居るはずが無い。
「姉さん。 妹の誕生日くらい一緒に祝ってくれたって良いじゃない。」
「ん? ああ。 ちゃんと後で下りて来るって。 でも、歌とか歌うのとか勘弁な。」
やる気の無い目を携えながらにやけてる姉さん。 やっぱり祝うつもりなんてこれっぽちも無いんじゃないの。
ベッドの上でゲームして漫画読んで眠くなって、一眠りしてから深夜に起きて小腹が空いてカップ麺でも食べるつもりね。
お前に関しては未来日記書けるわよ私は。
まあ、かく言う私も、AM○ZONのギフト券をプレゼントに頂戴と父に言うくらい、自分の誕生日に関しては冷めて居るのだが、ケーキを先に食べられたのだけは許せない。
やはり今、友達の件をもう少し聞き取り調査しないとダメね。
「タミーさんの誕生日って知ってるの?」
「あいつの? えっと……八月産まれだったかな。 日にちは覚えてないや。」
ふむ……その友達(仮)が実在するのは確かな様だ。
でも、確信を得たわ。 絶対男よね、タミー。 っていうか、トミーってあだ名なのかしら。
まあ、どっちでも良いわ。
女の友達なんて居ませんでした、調子ぶっこいてごめんなさいって言わせるまで私は諦めない。
「タミーさんって、トランクス派? それともブリーフ派?」
「はぁ? ドラ○ンボールの話か?」
やばい。 斜め上から来た。 また紅茶を噴いてしまいそうになったじゃないの。
「あたしはべ○ータ様派だな。 あの俺様っぷりが良いんだよ。」
姉よ。
お前の好みは聞いて無い。
「背はどのくらい?」
「あたしより大きいな。」
普通の女子高生は大体姉さん(自称150cm)より高いわね。 ええ。
でも今貴女が着ている服はジュニアサイズで140cmなのはどうしてかしらね?
って、服の話はどうでも良いわ。
「胸は?」
「あたしより……って言わせんな恥ずかしい。」
なんという上手い誤魔化し方。 ちょっと感心したわ。
「タミーさんって、去年も同じクラス?」
「ああ。 あっ!?」
ダッシュしてリビングの隅に置いてあるカラーボックスに向かう私。
「ちょ、ちょっと、まっ、おまっ!!」
言葉にならない声を上げて、私の腰にタックルをかます姉さん。
だが姉よ。 貴様は軽すぎる。
ずるずると私の力によってフローリングの床を引き摺られる姉さん。
「ま、待て! まじ、ちょ、おまっ! ほんと!」
ずりずり。
「や、ってか、その、ほら、あれだ。 蘭同も一緒だったから、分かりづらいかな、って!」
――――意味が分からないわ。 もう色々と限界の様ね。
ふふ。 うふふふふ。
そして私は手を伸ばす。 姉の去年のクラスの集合写真へと。
それに手が伸びたと分かった瞬間、諦めた様に私の腰に巻いて居た腕を、だらりと下に降ろす姉さん。
「ねぇ。 どれがタミーさん?」
「……し、知らない。」
「知らない訳が無いでしょう。 友達なんでしょう?」
集合写真を姉の目の前に広げる私。
ちら、と、一瞬その写真に目を向ける姉さんだが、瞬時に目を伏せた。
「この人?」
適当な人物を指差してみる私。 ちらりと私の指を上目遣いで見る姉さん。
「え? それ藤岡。 ってか、男じゃんそいつ。」
「だ・か・ら、タミーさんはどれって聞いてるの。」
「……右から……。」
「そう。 姉さんから見て、右からね? 前の列? 後ろの列?」
「も、もう良いじゃんか! ほら、一年経つと人って変わるし!」
人は変わるかもしれないけど、性別は変わらないと思うの。
「じゃあ、その今は変わってしまったっていうタミーさんはどれ?」
「えっと……これだ。」
と、姉が指差した人物を見る私。
「姉さんの隣に写ってる女の人?」
「あ、ああ。」
不機嫌そうに写っている姉さんの隣に写っている、ポニーテールで、眼鏡の女の人。
「友達にしては、何か距離が姉さんから遠い様な気がするのだけれど。」
「あいつ照れ屋だからさ。」
それ絶対関係無いから。
「姉さん。 今なら許してあげる。 あたしに女の友達なんて居ませんでしたごめんなさいって言ってみて。」
「い、居な……く、居るし! めっちゃ居るし!」
「今、居ないって言い掛けたでしょ、姉さん。」
「……ぐぬ……くぬぬぬぬ。」
良いわ。 とても良いわ、その悔しそうな顔。
ああ。 満たされて行くわ。 私の枯れた泉の様な心が、貴女の流す血の様な涙で。
「……今から呼んでやんよ、タミー。」
「は?」
「だから、今から電話して、ここに来させてお前の誕生日を一緒に祝ってやんよ。」
姉よ。
そこで暴走し始めるというのか。
ビシイ! と、右手の人差し指で床を指差し、左手は腰に。
何でそんな偉そうなんですか。 ピンチの時程強くなるとかそういうヤツなんですか?
っていうか、謎のイタリアンチックな響きの名前の高校生(性別不明、多分男)に祝われる筋合いがあるのかしら私の誕生日は。
「別に要らないわ。 姉さんの友達の富永さんに、私は縁は無いもの。」
「や、富永良いヤツだから! 絶対楽しいって! ……え? …………あっ!!」
バカめ。 集合写真の入った封筒に、生徒名簿が書いてある紙が入って居るのをようやく思い出したか。
「富永浩介さんねぇ。 で、蘭同英雄さん? その二人とス○ブラやってるのね? 昼休み中。 そして放課後帰りが遅い時。」
「くっ……くぬぬぬぬぬっ!!!! も、もう一人居るし!!」
「どうせあのロリオタでしょ。 岩田なんとか。」
「ち、違う! あいつは結構学校だと抑えてるかんな。 あたしとしかあんま喋ったりしねーし。」
「じゃあ、他の一人は誰よ。 まさか女の子だって言い張るつもりは無いわよね。」
「あーもー。 いいよ。 男だよ、男。 島田っつーんだけどな。 めっちゃリ○ク使うの上手いんだよ。」
どんだけやりこんでるんですかお前ら。 ス○ブラ好きすぎでしょう?
「って、普通の高校生って学校に3○S持って来て、皆で遊ぶものなの?」
「……さぁ? あたし達は普通にやってっけど、そういや他の奴等って何やってんだろうな。」
ああ。 そうでした。 姉に聞いた私がバカでした。
周りなんて見えてる訳が無いわよね。
「別に良いじゃんかー。 男の友達だって。 友達居ない訳じゃないじゃん?」
くっそ。 開き直った。 こうなったらもう姉さんの事をいびれないじゃない。
実際に友達が居ない訳では……無いのだものね。
トミー・ランボルギーニで想像を広げてた数分前が、今ではもう懐かしいわ。
「男だとしても、よく姉さんと友達なんてやってられるわね。」
私なんて血の縁が無かったら絶対近寄らないわ。
「確かになー。 結構無茶言っても許してくれっし。 あたしにモン○ンもやろうぜってゲームくれたりしたりな。 まあ、マジ良い奴等だよ。」
…………いや。 それ、友達とは何か違うと思う。
姉よ。
まさかお前、異性としてモテてるのではないか?
でも、ここで指摘しては、女として何か負けた気がするので何も言わない私。
「何で急に黙るし。」
「いや。 別に。 もう良いわ。 その友達と一緒に幸せになって頂戴。 で、お願いだから私の幸せは奪わないで。」
「なんだよー。 分けてやんよあたしの幸せ。」
要らないわよ。 むしろさっき私から奪ったホールケーキという名の幸せの半分を返してよ。
「ってか、あたし直美の友達も見たこと無いんだけど。」
「えっ。 …………そりゃ、家には呼ばないわよ。」
「なんでさ。」
「姉さんが居るからに決まってるじゃない。」
「なんでさ!!」
先程と同じ台詞だが、声を荒げる姉さん。
彼女のツーテールの右上あたりに『プンスカ』とでも心の中で書いておこう。
「え? これ以上理由が必要なの? 姉さんが居るから家には呼ばないって言う理由以外に?」
「ひどっ! まるであたしがお前に友達を見たこと無いのって、あたしのせいみた…………あれ?」
「…………え?」
「――――実際、お前友達いんの?」
「居るわよ。 昼休みお話したりする子とか、部活の先輩とか後輩とか。」
「でもそれって、何か違う感じじゃね?」
「何って……何が?」
「友達って、休みの日に遊んだりとかしない?」
「……え? するの?」
「そりゃするだろ。 っていうか、お前の言う友達って、同級生とか先輩とか後輩ってだけで、実際友達じゃ無いんじゃね?」
「…………えっ。」
「いや。 何吃驚してんだよ。 あたしに指摘するよりお前の方がやべーじゃん。」
「やばくないわよ。 ええ。 全然やばくないわ。 えっと、ほら、誕生会に呼ばれたりするし。」
「なら今日何で誰も居ないんだよ。 お前は自分の誕生日に友達呼べないって事じゃん。」
「そこは空気を読んでるから。 リードエアーよ。 中学生になって誕生会なんて痛い子しかやらないわ。 ペインフルチャイルドよ。」
「直美。 英語にしても事実は変わらんからな。 諦めろ。」
やれやれ、みたいな感じで両の手のひらを上に向けて、それを上にくいっと上げる姉。
英語にしてみただけに欧米チックで返すんですか。 流石姉さん。 人をムカつかせるプロね。
「っていうか、何かお前、怖いしな。」
「なっ……。」
私が、怖い? 怖いですって……?
「揚げ物に無言でパン粉付けてそうだし。」
「むしろ何か言いながら付けてた方が怖いわよ。 ほーら、隠れた。 怖くない。 とかでも言えと?」
「笑いながら刺身切ってそうだし。」
「まあ、美味しそうでつい笑みが零れる事はあるかもしれないわね。」
「そうだ! お前さ、何かに似てると思ってたんだよ最近。」
……はぁ!? 私が何に似て居ると!?
というか、こんな茶番には付き合ってられないわ。
もうケーキとか姉の友達とかどうでも良いから部屋に帰ってくれないかしらね。
「え? 気になんないの? 自分が何に似てるか。」
私が興味の無い素振りを見せたのを、そういう風に取ったのか、私を下から覗き込んで来る姉。
「どうせろくでもないキャラクターに似てるとか言うんでしょ。 興味無いわよ。」
「え? じゃあ、お前は自分で何に似てると思うんだよ。」
「自分で自分が何に似てるか言える人ってそんなに居ないと思うわよ。」
「でも、めっちゃ似てるよ。 気になんない? ほんとに?」
く、くそっ。 そこまで言われたら気になるじゃないか。
でも、気になるなんて絶対に言えないわ。
なんかさっきまで姉を攻撃してたのに、思い切りカウンター食らってる気がするわ。
おおっと、姉のカウンター!
つうこんのいちげき!
っていうナレーションが頭の中で流れたわ。 ありがとう。
「じゃ、夕食の時には一応呼ぶから。 で、降りて来なくても良いわよ。」
と、話題を終わらせて、姉に背中を向けて、後ろ手でしっしっ、と、手を振る私。
「――――ヲ級。」
「は?」
私の背中に向かって何か言った様だ。
つい反応してくるりと振り返ってしまう私。
「空○ヲ級に似てる。」
「…………えっ。」
「知らない? 艦こ○の。」
「知らないわ。 見てないし。」
「見ろよ! 面白いから! あとしま○ぜ可愛いし。」
し○かぜ関係無いでしょ。
「はいはい。 分かった分かった。 その何とか級に似てるのね。 はいはい。」
◇
後にインターネットで画像検索して、ちょっと本気で凹んだ私は、笑顔の練習をする事にした。
鏡の前で小一時間程笑う練習をした私は、次の日、学校で実践し――――
「せ、先輩……どうしたんですか? なんか怒ってます?」
後輩にそんな事を言われて更に凹んだのだった。