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再びの帰還は日をまたいで暫くしてからのものであった。
深夜だというのに第三ドックは整備士で溢れかえっている。
それも当然の事だ。 何せ騎士と虎の二機が同時にドックインしたのだから。
両機の整備の為に平時の倍の人数が集まっているのである。
しかし、彼等が事前に聞いていた情報と異なる点がある。
言うまでもなくそれは虎の姿。
整備士達はこの一年、戦う彼等を見てきた。 その間、一度たりとも虎がその形を変えた事はない。 無論、そういう機能があることは皆知っていた。 しかし、実際目にするのとではその衝撃の差は大きい。
何より彼等の司令である森からその話を一言も聞いていない。 それは本来起こりうるはずのない現象だ。
故に、獅子がその身を現した時、誰もが一瞬我が目を疑った。
内部装甲が展開されたため特徴であった虎模様が薄くなり、全体的に大型化している。 何よりもの変化は首回りの幾つもの管だ。
獅子の鬣を模したそれは、金属でありながら確かに、王者の風格を感じさせる深い光沢を放つ。
誰もが思わず息を漏らした。
泥にまみれ、薄汚れて尚もそこには絶対的強者の威光がある。 それに圧されて整備士達は歩く獅子を遠巻きに見ている。 或いは、昼間の暴動を警戒しているのかもしれない。
騎士と並んで待機状態へと移行した獅子を他の者が遠巻きに見守る中、初老の男が一人、臆することもなく歩み寄る。
獅子と対面した男は皺にまみれた顔を険しく固めその顔を見上げた。 獅子の瞳がギラリと赤く輝くとハッチが開いてトウヤが顔を出した。
「おう。 爺さん」
トウヤはシートに跨りながら背を伸ばし、よっ、という掛け声とともに飛び降りる。 そこそこの高さがあったにも関わらず軽く着地するとまたも伸びを一つ。
「虎……じゃなくて獅子か、コイツのシートやっぱ乗りにきぃよ」
先の帰還時の剣幕が嘘のようにちゃらけた様子のトウヤに続いて、ミナトも姿を現す。 こちらは飛び降りたりせずに、差し出された騎士の手を伝って降りた。
「三七一〇並びにCF:騎士只今帰還しました」
ミナトは老人の存在を見留めてそう告げた。
老人は頷くとトウヤの方へと目をやる。
「お前はただいまも無しに帰ってくるのか。 ここにおる者は皆、お前の事を心配していたんだぞ」
トウヤは気まずそうに頭を掻くと、唇を尖らせる。
「一〇〇八及びCF:獅子、無事帰還しました」
とりあえず言った事に納得したのか、老人は皺だらけの顔をクチャっと寄せて笑顔を作った。 この厳しさと茶目っ気を持ち合わせた老人は皆から老公と呼ばれ親しまれている整備士の長だ。 本来ここに階級などというのはないのだが、自然そういう流れになっている。
「素直でよろしい」
明らかな皮肉のそれにトウヤは顔を背ける。 張り詰めていた空気が一気に弛緩し、所々で笑いが起きた。
何故か自分の足を蹴りつける主人を見て、獅子は困った様に尻尾を振るう。 尾の先で本体よりも長大な鉄塊が音を上げながら揺れた。
「おうおう。 一〇〇八、獅子の奴を止めろ、危なっかしくてかなわん」
老公に言われてトウヤも慌てて獅子に命じる。 獅子としては訳も分からず蹴られた上にいきなり停止命令ではやってられないが、機械的にその動きをぴたりと止めた。
安全が確保されると整備士達がガヤガヤと動き出した。 見れば何かしらの機械であることはわかる。 ここで血が騒がぬならばそれは嘘だ。
「獅子も忘れていたようだが、何だアレは」
代表して老公が問うと、獅子はそれを地面に下ろした。 金属同士のぶつかり合う甲高い音と質量物質の落下音とが耳障りな不協和音を奏でる。
しかし、場の殆どの者はそれすら気にせず敵の残骸に身を乗り出す。
「ありゃ敵さんの置き土産ってところか、あれだけ残して消えやがった」
トウヤの言葉についに我慢ならなくなったのか、一部の整備士達が恐る恐るといった様子で近づきそっと突いた。
動力源もないただの鉄屑と化していたそれが動けるはずもなく、ヲタクの顔を覗かせた男達にされるがまま弄くり回される。
思わず目を逸らしたトウヤと老公の視線が合う。
「ほら、今の内に行ってこんか」
老公は片目を瞑ってニヤリと顎で扉を指す。 既にミナトはそちらに向かって歩いていた。
トウヤは駆け足でその後を追う。
獅子がその背を追って視線を泳がせるが、直ぐに扉の向こうへと消えた。
トウヤはドックを出たところでミナトに追いついた。
この二人が並んで歩いているというのは珍しい。 と言うのも、数少ない彼等パイロットを同時に扱うような任務が無く、大概は個別で行動するからであり、そうなるとプライベートの時間にも差が出てくるのである。
今も、後一人のパイロットが遠征に出ており、三日前から見かけていない。
第一、今日会ったのだって前から数えるとおよそ半月ぶりだ。
その時だって休憩中のトウヤがぶらぶらしているところをミナトが通りかかったに過ぎない。
今も、本来ならミナトは別任務が入るはずであったが、それを森が無理矢理虎の救出作戦を捻じ込んでいたのである。
「悪かった」
トウヤがポツリと呟く。
聞き慣れぬ言葉に、思わず聞き返そうとするミナトを手で制し、トウヤは真剣な顔を作る。
「森さんトコには一人で行くから付いてくんな」
戸惑うミナトを置いて、大股で歩み去って行くその背を、ミナトはただ、見送った。
小さく聞こえた下手くそな感謝の言葉が、ミナトの固まった表情を僅かに緩めさせる。