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ホワイトライン《名も無き戦士達》  作者: 天村真
地の底で踊る物
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6

 ミナトが現場に到着した時、虎もその相手の姿も既になかった。

 山が崩れ、その表面を既に乾き始めた土が覆っている。 そこにポツリと、虎のものではない巨大な金属の塊が転がっていた。


 日はとうに暮れており、青寒くも明るい月が顔を出している。


 ミナトは溜め息一つと共に騎士を探索状態サーチモードへと移行させる。

 結果は瞬時に出た。

 メインモニター下部の球体状の計器に一つの影が映りこむ。

 自機を中心としたレーダーであるそれによると、前方七メートル、下方三メートル付近に何かが埋まっているらしい。


 ミナトは再びの溜め息。

 そして表示された機体へと通信波を放つ。


「こちらは三七一〇。 虎及び一〇〇八の支援命令により出向いたが、無事か」


「あぁ? えらく早いご到着かと思ったらテメェかよ」


 素っ気ないその声に、虎のパイロットは嫌々といった様子で返事をした。


『損傷軽微。 為レド単機ニ依ル脱出不可』


 パイロットに比べて虎の現状報告は淡々としたものだ。


「敵影が見当たらないが、逃したのか」


 騎士で土を掘り返しながら問うミナトに、一〇〇八は無言を貫く。


『言イ訳不要也。 己ノ不明ヲ恥ジルノミ』


 が、代わりに虎が答えた。

 騎士はその声に頷く。 頷きながらも黙々と土を掘り返している。


「なんで言ってんだよ、タコが!」


 羞恥の色が混ざった声音で責める主人に、虎は地中でできる限り首を傾げた。


当機ワレハ蛸ニアラズ。 一機当千ノ虎デアル』


 その返答に激昂しだした一〇〇八を宥めていると、ようやく虎の尾が見えてきた。

 動ける事を喜んでいるのか尾はひょこひょこと揺れ、全力で振るえば小型の戦闘兵器を容易に無力化出来るそれを、今はただ感情を伝えるためだけに使っている。


 全身を掘り出す頃には下弦の月が丁度頭の上に浮かんでいた。


 虎の体を半分掘り出したところで気づいてはいたが、それは既に虎と呼べる姿をしていない。


 《獅子》は穴から出るとその胸部を開き、内部からシートがせり出す。 バイクに跨るような形のそれに座っているのは十代後半といったところの若い男だ。

 剃り込みを入れた金髪に三白眼が特徴的な男は、シートから降りると騎士を見上げた。

 ミナトも騎士から降りると、それと向かい合う。


「一〇〇八、虎の第二獣形態による戦闘許可は下りていない。 それを承知で使用しているのか」


 ミナトの声は冷たく、硬質な響きを伴って目の前の男をを打った。

 虎の戦闘コンセプトは超高機動による一撃離脱戦法。 騎士と比べても機動力においては虎に軍配が上がる。

 その速さを更に極めたのが第二獣形態――――《獅子》である。 しかし、その機動力は現在のパイロットの腕では悪戯に機体を磨耗させるだけであるという事で使用を禁じられているのだ。


「他に手がなかったんだよ」


 ふて腐れたように言う年下のパイロットに向けるミナトの視線は、氷のように冷たく、炎のように激しいものである。

 果たしてそれは、弟を叱る兄のようでもあった。


「けどよ、各機体の安全を何より重視せよってぇのが森さんの言葉のはずだぜ」


 流石にそれに気づいた男は言い訳がましくまくし立てた。


「だが、そうなる前にいくらでも対処のしようがあったはずだ」


 燻る火がどうして煙を上げずにいられよう。 ミナトの言葉の中にはその表情とは裏腹に、感情がはっきり含まれている。


 男はミナトを睨みつけたまま押し黙った。

 今度は虎も口を挟まない。

 やがて根負けしたように男は視線を逸らした。


「次からは……気をつける」


 最大限に譲歩したのであろうその言葉に、ミナトは頷いて返す。


 丁度その時、騎士に直接の通信が入った。

 それは紛れも無く、目の前の獅子からである。


此方コチラハ旧《虎》現《獅子》・《騎士》応答セヨ』


『此方ハ騎士。 先ズ、貴機ノ武勲ヲ讃エル』


当機ワレノ手柄ニ非・当機ヲ駆ル主ノ力也・貴機モ同様デ或ル筈』


『是非ニ及バズ。 然レドモ貴機ノ奮闘モ又同ジク必要。 其レハ戦闘兵器ワレラ全テニ当テ嵌マル事』


 獅子は暫し沈黙すると、適切な例えではないが、再び口を開いた。


『先ノ戦闘情報(データ)ヲ転送ス』


『了解』


 時間で言えば一秒にも満たぬそのやりとりは、パイロット二人には聞こえぬが、確かに存在した。


「久しぶりに会うと思ったらコレだ。 お前に付き合ってたらどれだけ心配しても足りんよ、トウヤ」


 そう言うミナトの顔に、先程までの烈は無く、苦虫を噛み潰した様な、嬉しそうな細い笑みが浮かんでいた。


 一〇〇八(トウヤ)はそれを、少なくとも表面上は嫌がるそぶりを見せながら、そっぽを向く。


「俺一人でもなんとかできたんだよ。 あんたに心配してもらう必要はねぇ」


 ミナトは自分より僅かに低い位置にあるトウヤの頭に軽く拳を落とす。


「って、何すんだよ!」


「あれ」


 そう言ってミナトは親指で背後の金属塊を指す。


「あれはお前が持って帰れよ」


 トウヤが嫌そうな顔をするのも気にせず、獅子が勝手に動き尾でそれを持ち上げる。


「何でオメェはコイツの言うこと聞いてんだよ!」


 敵の残骸を尾で持ち上げたまま自分の背後に控えた獅子を睨むトウヤに、ミナトは小さく息を漏らした。

 それが笑い声であるという事に騎士以外気づいていない。


「ほら、さっさと帰って、森さんに叱られるぞ」


 トウヤは恨みがましくミナトを睨みながら獅子のシートに跨った。

 それを見送ると、騎士の差し出した手に乗ってミナトもコクピットに入る。


 そんな二人と二機の様子を、月だけが静かに見下ろしていた。




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