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ホワイトライン《名も無き戦士達》  作者: 天村真
地の底で踊る物
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5

 モニターいっぱいに映し出される金属の塊を前に、一〇〇八は瞬間であらゆる策を脳内に展開、ほぼ同時進行でその有用性を探り、全てにバツを出す。


 そして、諦めたように首を振った。

 避けられない。


 虎の足を持ってすればこの程度は容易に回避できるが、それは普通であればの話だ。 ミミズの化け物が地中を食い荒らし、飛び出た勢いで、山の半分は現在崩壊の最中である。

 不安定な足場、ほぼ空中に投げ出されたと言ってもいい今、満足に動く事もままならない。


 空中に躍り出た巨大兵器が虎に迫る。

 虎はそれを恨めしそうに睨みつけるも、主の指示無しにはどうにも動けずにいた。


 全長八十メートルはくだらないその体とぶつかれば、華奢な虎はその衝撃に耐えられようはずもない。


「こりゃ森さんに怒られんな」


 それは心底面倒そうな声であり、或いは初めて触れる玩具に喜ぶ子供のような色も含んでいた。


 瞬間、虎にあるコマンドが打ち込まれる。

 たった八桁のそれは、しかし、この場において劇的な変化をもたらす。


 目に見える変化はまず、虎の装甲である。

 その名の通り虎を模したフォルムに、元来存在し得ぬはずの幾つかの機関が身の内より飛び出す。

 太いパイプ状の鉄塊が首を覆うように囲い、全身の関節部にも同様の、少し小ぶりなそれが現れた。

 肩からせり出した大型吸気口が獰猛な唸りと共に周囲の空気を根こそぎにし、そして――――数十の雷鳴が同時に轟いたような爆音。


 大質量の金属塊が地面との衝突で盛大に火花を散らしながら、ミミズは尚も勢いを殺せずに流動する。

 下敷きにされた無数の樹木は引き摺り、或いは長大な刃で寸断されて細かい木片となって土と混じり合う。


 雪崩と見紛うそれがようやく止まったのは、山を下り終えたところであった。


 山を崩した張本人であるその兵器は蛇のように体をねじりながら振り返り、自らの起こした惨状を捉える。

 既に戦闘の跡などはなく、そこに広がるのは地震か何か、災害後の無言の大地が広がるばかりだ。


 これではどれだけ探したところで虎の欠片一つ見つかるまい。

 強度に差があるとはいえ、圧倒的質量による力の前には、木も金属も差はない。 全て轢き潰して粉微塵に変えてしまっただろう。


 果たしてそこには、確かに、何も残っていなかった。


 掘り返された土のほの暖かい空気が立ち上がり、緑一色だった山景色が土の茶色に変色した様子だけしかない。


 それを確認した自律兵器は満足げに前に向き直り、頭を地面に突き刺して地中に潜る、のを寸でのところで止めた。

 何も先程の滑りで自壊したわけではない。 それ程やわに作られていようはずもない。


 地中を潜航するという特性上その兵器に積まれているセンサーの類は他に比して高性能なものとなっている。

 それが、捉えていた。


 上空、六十メートル付近。 先程まで何もなかったはずのそこに、一つの影が映りこんでいる。


 それは明らかに自由落下でなく、何かしらの推進力を付加した速度で落下してくる。

 瞬間で彼我の距離が半分以下に縮まった。


 その時には、影の姿は夕日に照らされ真っ赤に燃え盛りながらはっきり見える。

 一部の装甲がせり出し、全体的なフォルムは先に比して大型化されている。

 首回りの吸気管が夕日を浴びて黄金に輝く。


 確かに、そこに虎の姿はなかった。


 代わりにあるのは、王者の風格をその身に纏い、赤く目を光らせる百獣の王。


 空を穿ち、それは無音で着地した。

 瞬間的にその身を嵐が包み、足元の土砂が舞い上がって身を隠す。

 それも束の間、中央から何かが炸裂したように土埃は消し飛んだ。


 姿を現した《獅子》に巨大ミミズはたじろいだ。 あまりの不確定要素の多さに、戦闘演算が追いつけなかったのだ。

 それを瞬時の間と言うのなら、獅子にとってその隙はあまりにも長すぎた。


 再び嵐が起こる。


 暴力的な加速度で迫る獅子に、巨体はただの的であり、回避も防御もできぬままにその一撃を受けた。


 背後にある物全てを吹き飛ばし、獅子は制止もままならずに、山の斜面に頭から突っ込む。

 なおも止まらず、全身がすっぽりと地中に埋まってから、獅子は停止した。


「ったく、こりゃぶっつけ本番でやれるもんじゃねぇな」


 独り呟く獅子は、そのセンサーで巨大兵器がレーダの範囲外へと去っていくのを確認していた。

 その身の一部を犠牲に、さながらトカゲの尻尾切りの如く自らの体を見捨てて、敵は逃げたのだ。 それを瞬時にやってのけるのだから、相手もただ体がでかいだけの無能ではなかったということか。


 背後では相手からすればほんの一部であるが、それでも十数メートルに及ぶ長さの金属塊が横たわっている。

 それも確認すると、一〇〇八は満足げに鼻を鳴らした。


『敵機ノ逃亡ヲ確認』


「んなこたぁ、見りゃ分かるよ」


当機ワレハ如何ス可キカ』


 虎、もとい獅子の問いかけにパイロットが呆れたように首を振った。


「イカもタコもあるか。 癪だが救助を待つしかあるめぇよ」


 獅子は地中で僅かに項垂れた。




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