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ホワイトライン《名も無き戦士達》  作者: 天村真
地の底で踊る物
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3

 兵器を収容、出撃させるためのドックが東西南北に一つずつ。 これらはそれぞれが運搬用貨物列車で繋がっており、簡単に行き来できる。

 それらを起点に地中に向かってピラミッド型に広がるのが彼等の基地、通称《蟻塚》だ。


 その名の通り地中を縦横無尽に広がる通路は、慣れぬ者なら目的地に至るまでに一日はかかるだろう。

 いつ頃から造られ、いつ完成したのか、それを知る者はこの基地の中でも極々限られている。


 今ミナトが向かっているのはその秘密を知る限られた者の一人、逆ピラミッドの頂点に存在する書斎で、彼等を束ねる者の元だ。


 やや緊張した面持ちで鉄扉の前に立つミナトに、スピーカー付きの監視カメラから声がかけられた。


『入ってくれ』


 ミナトはカメラに向かって一礼し鉄扉が開くのを待つ。

 扉はゆっくりと左右にスライドし開かれる。


 まず目に入るのは木材の棚にビッシリと収まっている数々の本だ。 ハードから文庫まで、その膨大な蔵書は全て綺麗に整頓されている。

 そしてその中央、本に囲まれる様にしてポツリと置いてある片袖型オフィスデスク。

 スチール製の鼠色が、本の存在感に圧されて酷くさみし気にこちらを見ている。


「わざわざ出向いて貰ってすまないな」


 場違いな机に座っているのは、安月給のサラリーマンが着るような生産性のいい藍色のスーツを着た壮年の男だ。

 年の頃で言えばミナトより一回り上であろう男は、しかし、その瞳に深い叡智を浮かべている。


「いえ、遅くなり申し訳ありません」


 丁寧な口調でそう述べると、キッパリと一礼し後ろ手に組んで男を見る。

 男もそれに軽く頷いて答えた。


「まずは無事の帰還を祝おう。 お疲れ様」


 男は睨むように鋭い視線を送ると、唇の端に小さく笑みを作る。


「勿体無いお言葉です――――支部長殿」


 男は名をもり 健治けんじと言う。

 ミナト達の仲間の中で、唯一番号ではなく名前で呼ばれる彼は、世界に点在する同様の施設の中でも、旧皇国領域に存在する中央支部を纏める者だ。


「戦闘映像は見せて貰った。 今朝方更新したばかりの情報にあった敵に出くわすとは、相変わらず君は運が悪いな」


 我々としては助かるが、と、そう付け加えて森は数ある本の中から一冊の分厚い黒のファイルを取り出す。


「あぁ、これだ」


 そう言って指し示されたページの上部に、一枚の写真が貼り付けられている。

 接近して撮ったのか、精密に写されたその特徴的なシルエットは確かに、先程の相手だ。


「二十ミリにやられて盾が破損したらしいが、当然だろう。 こいつは並の人機兵とは弾薬が違う」


 ミナトは申し訳なさそうに頭を下げた。


「君には情報開示されているはずだが、今から八十年余り後、革命的な弾薬が開発される、こいつはそれを標準装備としているんだ。 今まで戦ってきた半世紀物の人機兵とは比べものにならん性能だろうな」


 森の声には僅かな緊張感が含まれる。 それが言外にミナトの不注意を批難していた。

 室内には硬質な空気が張り詰めている。 その中心に居るのは森だ。


 彼はミナト達数万の人間を束ねる者でありながら、その実、リーダーとしての牽引力に欠ける。

 それは本人にも分かっているのだろう。 その現れが、この異様な書斎だ。


 ポツリと置かれたオフィスデスクは彼そのものを示している。

 森は根っからの研究者であり、このように誰かの上に立つという事に慣れていない。 努力は認めるが、今も余裕の無さが垣間見える様ではまだまだだろう。


 しかし、彼でなければならない。


 確かに、人を率いる能力で言えば人並み程度の彼だが、司令塔としての素質は人一倍ある。 戦局を見る目、局地的な物から世界規模まで、それに長けている。

 そして何より、森は知っている(・・・・・)。 彼等の戦う敵の事を、更に言うならば敵自身以上に。


 森は細い眉をくの字に曲げ、疲れが色濃く出る顔でミナトを見た。


「しかし、お前達を失うのはあまりにも痛い損失だ。 それだけは何があっても阻止せねばならない。 そのために我々は居る」


 くたびれている、しかし、その瞳にはギラつく闘志が見て取れた。 

 その気迫に圧されて押し黙るミナトに、森は浅い溜め息をつく。


「まあ、いい。 無事だった者にとやかく言うのも、な」


「自分が不甲斐ないばかりに。 申し訳ありません」


 頭を下げるミナトを森は手で制した。

 顔を上げた時には、既に森の顔から疲れの色が消えていた。 そこにあるのは冷静に状況を判断する参謀の姿だ。


「ところで、一〇〇八の話は聞いているか」


「はっ。 〇六九六から聞いております」


 意味もなくただミナトを呼んだわけでは無いのは分かっているが、まさか一〇〇八が絡んでくるとは。


「それならば話が早い。 三七一〇、戻ってすぐのところ悪いが、《虎》及び一〇〇八の援護に行ってくれ」


 それはつまり、優秀な参謀が《虎》のみでは危険があると判断したと言うことだ。 その危険というのには《存在を知られる》という事もあるのだろうが。


「了解しました」


 森の文字通り先を見る力は全幅の信頼を置くに値する。 ならば、その命に従い任務を全うするまで。


「虎の交戦座標は後で騎士に送っておく。 三十分後に出撃だ」


 ミナトはそれに頷くと無言で部屋を出た。


 残された森は、手元のファイルのページを捲る。

 数枚の写真が繋げて貼られていた。 その全てに写されるのは巨大な二対の羽。 鋭利な刃物を思わせるそれは、地中から生える大木の様な金属の塊から伸びている。


「《エイムズ》が来たという事は、恐らくこいつも……」


 森はファイルを閉じると、オフィスデスクに肘をつき、祈る様に手を組んだ。


 書斎を出たミナトは来た時とは違うルートでドックまでのエレベーターを目指す。


 一番上の階層まで直通のエレベーターは書斎に有るが、それを使う訳にはいかない。 後の物は三階毎に次のエレベーターまで乗り継がなくてはいけないが、これがなかなか遠い。 これはこの基地の特殊な形状の所為だ。


 そして何故来た道とは違う方向に帰るかと言うと、出撃ドックが北の第一ドックから南の第三ドックに変更になったためである。


 《虎》の追跡にはこちらの方が早いらしい。 つい今しがた、書斎を出た瞬間を見計らった様に携帯端末に届いた正式な指令書からの指示だ。


 騎士は貨物列車で第三ドックに送られてくる。

 恐らくミナトがつく頃には届いているだろう。 後はそこで最終点検を受けて出撃である。

 パイロットと機体の絶対数が少ない以上、確かにミナト達は働きづめであるが、それにしても今日はハードスケジュールだ。

 前回の定期整備を拒否した騎士が果たしてこれに耐えられるか。

 よっぽどでなければ大丈夫であろうが、あの虎が苦戦した相手だ。 二対一、最悪の場合一対一で闘えるか。


 ミナトは小さく溜め息をこぼしつつ、鉄仮面を被る様に表情を消した。


「虎を失う訳にはいかないか……」


 声には底冷えする冷たさが含まれている。


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