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機械の時間C

作者: 七式

 人の一生なんて、分厚い辞書に数ページの短編小説が挟まった様なもんだ。ほとんどの時間が淡々と消費され、劇的な事なんて稀だ。劇的な事なんて無かったなんてヤツも少なくない。そりゃ挟まってるだけなんだから、ぞんざいに扱えば抜け落ちるだろうさ。子供の頃から大抵の事はそれなりにできた。勉強も運動も同じ年の子供以上に。けれど俺には親がいなかった。物心ついた頃には施設で暮らしていたし、その事に疑問を持つ事すら無かった。スクールに入った頃には、成績にやっかんだヤツにそれを指摘された事もあった。「成績がいいのは親の代わりに与えられた物じゃないのか」ってな。今にして思えば純粋な子供ってのは時に残酷だな。普通の子供なら怒ったり泣き出したりしそうなものだが「そうかもしれない」と当時の俺は自分でもそう思っていた。勉強が分からないとか運動ができないヤツのわからないできないってのが当時はよくわからないでいたし、そんな事より自分の退屈をどうにかすることで必死だった。興味のでたものはなんにでも飛びついた。図書館の本を端から全て読んだり、ゴロツキの集まる酒場に子供ながら入り浸っていたし、面倒事にも積極的に首を突っ込んだ。それは大人になった時にも変わらず、中央で崇高な仕事をする様な人間だと言われていたが、様々な人達の期待を裏切り今は月で働いている。確かに中央に変わりは無いが反政府的思想の人間の観察、それとたまにの暗殺。いわゆる諜報員、薄暗い仕事である。とてもじゃないが大ぴらに人に言えたものではなく、周りには「月で事務仕事をしてる」と伝えていた。スクール時代に知り合った政府のお偉いさんにスカウトされた。退屈と少しの金と自由に時間が使える様な仕事は無いのかと冗談めかして言ったら「なら、俺の下につけ」と、俺は二つ返事でそれを受けた。そんな仕事が無い事も分かってたし、初めから俺のスカウトの為に近づいたのも分かってた。けれど単刀直入な物言いが気に入ったのも事実だ。しばらくは退屈しないとも思った。五年ほどそこで働いた頃、今、俺の辞書に新しい短編小説を挟み込む機会が来た。


 2

「いいか、あまり失礼な態度はとるなよ」

 上司に必要に念を押されながら、仕事の話があるという人物の元へ向かう。通された部屋には机と椅子、映像を映すのだろうモニタが一つ置かれていた。部屋の扉が閉じるとモニタに見た事の無いマークが移り音声が流れた。

「どうぞ、かけたまえ」

 若い、いや別の人間に喋らせればこんな推測は無駄か。無駄な事を考えるよりも素直に従うかと椅子に腰かけ「それで、どんなご用件で」とできるだけ小物であるように振舞った。これで軽く見られれば儲けものだ。

「ウィル・マイトナーという人物を知っているかね」

「機械工学、電子工学、彼の発明した技術や機械は今でも私達の暮らしを支える。宇宙開拓時代の偉大な技術者。すみませんね、会ったことが無いので教科書に載っている事以上は知りませんね」

 モニタの向こうの彼がわずかに笑った後にその笑いのまま冗談の様に言う。

「彼を殺してくれないか」

 一瞬、それが冗談なのかの判断がつかず言葉に詰まると彼は続ける。

「おや、君は実に優秀な人間だと聞いていたのだが、それは間違いだったかな」

 この状況とやり口、自分の立場と上司の態度。どれを取ってもそれが冗談には思えなかったが、その発言自体が突拍子も無く言葉に詰まった。

「マイトナーは宇宙開拓時代末期に亡くなったと記憶していますが」

 疑問は一つづつ潰していこう。

「生きている時の彼を、だ。あまり君の探りに付き合ってもいられないのでね、過去の地球に行き彼を殺しまた戻って来る。その手段も我々が用意しよう、報酬も色を付けて伝えてある。どうだね」

 疑うよりもこのまま受け取る方が現実的だ。おおよそ、うっかり口を滑らせたりはしないだろうし、必要な事以外は話すつもりはないのだろう。

「過去に行く方法は」

「ある場所に行き、装置を起動するだけだ」

「なぜマイトナーが地球にいる」

「それは君の知る事ではないよ。君にとっては、ただの標的が、ただ地球にいるだけの話さ」

「地球は汚染され人が住めなくなったと聞かされているが、やっぱりそれは違っていたのか」

「そんな事はない。汚染され人の住める場所が限りなく少ない。それを分かりやすく汚染されていると伝えているだけの事さ」

 とても冗談でしたって感じじゃないな、それと最後に聞いておかなければならん事がある。

「この仕事は楽しそうかい」

 モニタの向こうの彼は軽く笑った後それに続けて言う。

「過去の地球に行くなんて言葉からして楽しそうではないのかね」

 帰り、そのまま行きつけのバーに向かった。いつも通りにマスターに勝手に作らせたカクテルを飲みながらマスターに聞いてみた。

「なあマスター、今度の仕事でさ過去に戻って地球に行かなきゃならないんだよね。だからもうここに来れないかもしれないんだよ」

 それを聞き、マスターはグラスを磨きながら言う。

「それは寂しいですね。貴方の様に美味い不味いをハッキリと言って頂けるお客様は稀です。仕事にハリが無くなってしまいそうですよ」

 過去とか地球なんかより、俺が居なくなるってのを拾ってくれたのは正直に嬉しかった。

「ありがとうよ、今日のは美味かったよ」

「また新しく作ってお待ちしていますよ」

 嗚呼、いいバーと面白いマスターだったのになと後ろ髪を引かれる思いで俺はバーを出て、その場所に歩いた。


 3

 はっきりと言おう。時間旅行なんて言葉があるが、とんだ詐欺である。俺は指示された場所にあった装置を起動し、ぽっかりと空いた穴に入った。なんと言えばいいか、大量の泥に全身を引っ張られる様な感覚が続き、脳みそが焼ける様に痛かった。ほんの五分位だったんだろうが、その十倍以上はあったんじゃないかとも思う。穴から落とされた俺は吐き気と発熱でそのまま地べたに転がりこんだ。何が旅行だ。とてもじゃないが鞄片手にやるような事じゃないなと、満天の星空と月、生い茂る草木に地球に来たことを実感するとそのまま気絶してしまった。

 目が覚めるとベットの上で寝ていて、まぶしい位の朝日と珈琲の匂いがした。カチャカチャと食器の音が下から聞こえ、重たい体を起こし下に降りた。椅子とテーブル、カウンターには髪を後ろにまとめた女性が食器を洗っていた。飲食店だろうか。彼女がこちらに気付くとこちらに詰め寄ってきた。

「アナタ何やってたの。お客さんが運んできてくれなきゃ今頃どうなっていたと思う」

 物凄い剣幕だ。どこの女も怒らすと怖いんだな。

「すまん」

「で、なんであんな所で寝てたの」

 まだ怒りを含んだ物言いだったので、素直に答える事にした。

「月から仕事でここに来たんだが、途中で気分が悪くなって気絶してた」

 勿論、彼女は馬鹿を見る様な目で俺を見た。いいね、仕向けた通りの反応が返ってくるのは実に面白い。

「それでアナタお金はあるの。そんなに高くは無いけど払うものは払いなさい」

 金。そんなものあるわけないだろう。ほとんど身一つでここにきたんだ。それに向こうの通貨がここで使えるのか。

「それが無いんだよ。ここで雇ってくれないか」

「なんでそうなるのよ。まあ、払おうって意思はあるのね」

 彼女がホウキを持って寄こした。ホウキなんて初めて見たぞ。

「外を掃いてきなさい」

 掃き掃除ってのは意外に難しい、そして結構楽しい。外に出てみるとそれなりに人がいて活気があった。道行く人にジロジロと見られる。見慣れない顔だからか。そういう時はこうするべきだろうな。

「よう、おはよう。今日も元気か」

 そうやって話しかけたら数人が返してくれた。なんだ過去だろうと場所が違おうと人間ってのは変わらないものだな、そんな事を考えていると看板を持った彼女に「ちょっと、うるさいわよ」と俺よりうるさく注意された。その後も雑用にこき使われた。向こうじゃ皿洗いから配膳、何でも機械やアンドロイドがやってたからな、こういうのも新鮮だった。散々こき使われ客がまばらになってきた頃、そいつが現れた。

「あらウィル、今日は来たのね」

 聞きなれた名前で呼ばれた人物を見ると、そこには薄汚れた服の少年がいた。

「、、、ウィル・マイトナー」

 確かにそうだ。資料として受け取った三十代半ばの写真と似通る所がある。耳の形、髪色、そして俺が気に入ったその目付き。そして何より。

「なんでその名前を知っとるんじゃ」

 この反応だ。そして仕事なんかよりももっと、俺の好奇心がくすぐられる思考が廻った。

「話がしたい。おい、上借りていいか」

「それは構わないけど」

 この場の状況がいまいち理解できず狼狽える彼女を尻目に二階に上り、俺はマイトナーと珈琲を飲みながら向かい合って座った。向かい合ってもどちらも言葉は発さない。互いに互いの仕草や態度を探り合う。なるほど、さすがの天才だ。いい雰囲気を出す。このままって訳にもいかず俺から話す事にした。

「俺は未来から来た。お前を殺すために」

 多少態度に変化があると思ったが、マイトナーは笑う事も狼狽する事も無く「そうか」と珈琲を口に運んだ。

「もっと驚いてもいいと思うぞ」

「生憎じゃが、殺し屋は事足りとる。それにな」

「怪しい人物が来た聞きました」

 女が突然部屋に入ってきた。背が高くスタイルもいい、短い髪もとても綺麗だ。いわゆる、いい女ってやつだ。

「未来から来たってのも足りてる」

 よくよくそのいい女を観察すると、アンドロイドだった。それもかなり品質がいい、付け加えると俺の時代でもここまでのアンドロイドはなかなかお目にかかれない。

「なるほど。一つ聞いてもいいか」

 「何じゃ」とまたマイトナーは珈琲をすする。

「お前は何をしようとしている。俺に殺される様な事をしてんのか」

 物騒な単語に一瞬アンドロイドが身構えたがそれを静止され答えてくれた。

「上とここを繋ぎたい」

 そう、年齢に合った希望に溢れた目で真っ直ぐに答えた。その答えに言い様のない高揚感と溢れんばかりの好奇心が走って、思わず笑ってしまった。

「そうか、それは殺されても仕方ないな。上じゃお前たちはいない事になってるんだから」

 そうやってひとしきり笑った後、俺は珈琲を一気に飲み干し、言った。

「なんだ、この珈琲美味いな。それとさっきの話は辞めた。それよりももっと面白いモノが見つかった」

 そう言って手振りで部屋を出るように促した。そして部屋を出た二人が「なんですかあの怪しい人は」とか「けど面白そうなヤツじゃ」とか言っているのが聞こえた。おいおい、そういうのはもっと小さな声で話すものだぞと若干苦笑しながら、俺も途中でほっぽりだした皿洗いを片づけに部屋を出た。

「何も聞かないんだな」

 降りて皿洗いを続ける俺に彼女は何も聞かなかった。

「聞いたら話してくれるの」

「いや、絶対に誤魔化して言う」

「だから聞かないのよ」

 もっと感情的に動く様に見えたが、それなりの作法はあるようだ。食器を棚にしまう彼女に皿洗いを続けながら聞く。

「アイツはよくここに来るのか」

「そうね、仕事の連絡なんかにも来るから」

 そうか、よく来るのか。

「宿泊代の代わりで働いてるが、ここでまだ働かせてもらってもいいか」

 彼女は何も言わずに食器を棚にしまう作業を続け、それが終わると溜息交じりに言った。

「そういう事は宿代が払い終わるまで働いてから言いなさい。それまでは働いてもらうから」

 おお、なかなか良い返しだ。おもわず惚れてしまいそうだ。俺の辞書に新しい短編小説が挟まった気がして彼女に「ありがとう」と心の底から言った。

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