星辰天環03
目を覚ませばそこは和室だった。
私こと伴之もみじは、見たこともない風景にパチパチと瞬きをする。
ちなみに私の家には和室はない。
つまりここは私の家ではない。
そして部屋の明かりがついていないのに妙に明るい。
今が昼なのはそれだけで知れた。
そこまで確認してから、私は、
「っ!」
昨夜の記憶がよみがえる。
そうだ……私の中に波旬の意識が浮かび上がってきた。
右手の指輪を見る。
どうやら外されていないようだ。
これがなんなのか……私は直観によってぼんやりと理解している。
が、今は使おうという気にはなれない。
「何はともあれ、だよ」
ここがどこだか探る法が先決だ。
私は寝かされていた布団から身を起こして立ち上がる。
同時に、
「お目覚めでございますか、もみじ様」
すらっと障子が開いて外から人が入ってきた。
着物を着た女性だった。
どこか生気を感じない印象を受ける。
「御気分はいかがでしょう?」
「大丈夫です、だよ」
「そうでございますか。では主がお待ちです。どうぞこちらに」
私を誘導する着物の女性。
私は、自分の服装が浴衣なのを今更ながらに確認しながら、着物の女性についていく。
部屋の外に出れば長い廊下があった。
そして数多くの部屋もまた見えた。
どうやらお金持ちの屋敷らしい。
私は私の前を歩く着物の女性に尋ねる。
「あの……ここはどこでしょう、だよ?」
「ここは陰陽寮。凶都の鬼門に八千坪の敷地を持って都の守護をする機関にございます」
「陰陽寮……ここが……だよ……」
それは陰陽道の総本山の名前ではなかっただろうか。
しかも八千坪て……広いわけである。
私は浴衣の帯の堅苦しさに四苦八苦しながら何とか着物の女性を追いかける。
十分ほど屋敷の中を歩き、一つの部屋に辿り着いた。
すらりとふすまが開けられ、そして四十畳ほどの広さの部屋が私の視界に飛び込んできた。
中にいたのは、鞘に納まった童子切安綱を肩にかけて巫女服に似た何かしらの衣装を着た賀茂姫百合ちゃんと、陰陽師の格好をした偉丈夫と……それから黒と白のヘテロクロミアが魅力的な美男子……お兄ちゃんだった。
「お兄ちゃん、だよ!」
「もみじ、起きたか」
「何でお兄ちゃんがここに、だよ!」
「それは後で答えてやる。それより座れよ」
空いている座布団を指差すお兄ちゃん。
私は混乱しながらも部屋に入って座布団に正座する。
私を西とするなら、南にお兄ちゃんが、北に姫百合ちゃんが、東に陰陽師の格好をした偉丈夫がそれぞれ座布団に座っている形だ。
「これで役者はそろい申したな」
陰陽師の格好をした偉丈夫が仕切る。
それから偉丈夫は私に一礼した。
「某、賀茂導行と申す。もみじ殿、委細は弐目一眼斎からよく聞いておる」
「どうも伴之もみじと申します、だよ。え? ふたもくいちがんさい……だよ?」
「俺のことだ。もみじ」
とこれはお兄ちゃん。
「お兄ちゃんが弐目一眼斎、だよ?」
「陰陽寮での俺のあだ名だ。気にするな」
そう言われても。
「もみじ殿」
導行さんが私に語りかける。
「何でしょう、だよ」
「陰陽寮に属してはくれませなんだか」
「私が、だよ?」
「はい」
しっかと頷く導行さん。
「なんで私が……だよ……」
「理由は……もみじ殿が星辰天環に選ばれたことです」
「ほしふるあめのわ……だよ?」
「もみじ殿の右手にはめておられる五つの指輪群のことであります」
「ああ、これ」
右手の指にはめられた五つの指輪を見る。
「でもこれって鬼部の宝なんではないでしょうか、だよ?」
「そうです。此度陰陽寮に献上される予定だった陰陽具です。運んでいた坂上氏が鬼に不覚を取り一度は奪われましたが……」
「それなら返さないと、だよ」
「いえ、それはもういいのです。あなたは曲がりなりにも星辰天環を扱い申した。それはつまり星辰天環に選ばれた証拠。それはもうもみじ殿のものです」
「…………」
言葉が思い浮かばず黙り込む私。
と、お兄ちゃんが口を挟んできた。
「もみじ、五行生剋は知っているか?」
「木火土金水の陰陽の関係性のことだね、だよ」
「そうだ。お前の持っているその星辰天環はその五行生剋を一つでやっちまうイカレた陰陽具だ。使う者によっては世界を創り変えることすらできる」
「世界を……創り変える、だよ?」
「親指の環である白虎が金気を司る。食指の環である黄麟が土気を司る。中指の環である赤雀が火気を司る。薬指の環である青竜が木気を司る。小指の環である黒武が水気を司る。それによって森羅万象を生み、操り、消し去ることができる。それはそんな陰陽具なんだ」
「…………」
直観的な理解を、より具体的に説明されると冷や汗が出る。
そんなすごいものなのか。
これは。
「まぁそれに見合うだけの霊力を必要とするから一概に万能とも言い切れないんだがな」
「なんだ……だよ……」
少しホッとする私。
「ただし」
と、ここでめでたしめでたしとなるわけがなかった。
「ただし……もみじ、お前が星辰天環を持っている場合は少し話が違うな」
「というと、だよ?」
「今、お前の中には無限の霊力を持つ魂が存在しているだろ?」
「…………」
第六天魔王……波旬。
その魂。
「星辰天環には五行を扱う陰陽具であること以上に重要なファクターがあってな」
「第六天魔王……波旬の魂を封印している……だよ……」
「知ってたのか?」
「この陰陽具……星辰天環をつけたときに直感的に理解できたんだよ……」
「まぁ……いいやな。つまりお前は無限の霊力とそれを五行生剋に変換するアクチュエータを持ってしまったわけだ」
「…………」
言うべき言葉が見当たらず私は黙り込む。
お兄ちゃんが話を続ける。
「本来ならば……その星辰天環にリンクしている波旬の魂に呑み込まれて装着者は死ぬ。つまり一般人には扱えないはずなんだ」
「私、一般人だよ?」
「だが時に魔王の魂すらも受け入れ自我を保っていられるほどの膨大なメモリを持つ御器が存在する。これを指して《魔王器》と言う」
「魔王器……だよ……?」
「お前の事だよ。もみじ。神降しの器。神器。御器。それがお前だ。そしてお前の魂と波旬の魂とが混在すると……この世に第六天魔王が復活する恐れがある」
と、ここで導行さんが話を戻す。
「そういうわけです。事態はもみじ殿が考えてるより切迫していると言っていい。人も鬼もあなたを狙って動き出すでしょう。最悪暗殺さえありうる。そうならないためにも是非とも陰陽寮に所属してください」
「あの……もし嫌だと言ったらどうなるの、だよ……?」
「私が叩き切ります」
と姫百合ちゃん。
「第六天魔王波旬の魂を宿しているだけでも危険なのに、その上に封印級陰陽具……星辰天環まで。これほどの不安材料はないよ……もみじさん」
「…………」
姫百合ちゃんの言葉は正論過ぎてぐうの音も出なかった。
導行さんが頭を伏せる。
「某ももみじ殿と敵対したくはあり申さず。どうか伏して願い乞います」
「あ、頭をあげてください、だよ。事情ならわかりましたから、だよ」
「それでは陰陽寮に所属していただけるのですね!」
「はい。私自身にもその方がいいような気がします、だよ」
「ああ、よかった」
安堵する導行さん。
「ちっ、なんでこんなことになったんだか」
露骨に舌打ちするお兄ちゃん。
そんなこと言われてもね……。