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伴之もみじの日常06

「か……っ」

 とある女性は私を見るなりそう驚いた。

「か、だよ?」

 疑問に首を傾げる私。

「かわいい!」

 と感動して女性はひしっと私を抱きしめた。

 ひどく痩せた女性だった。

 生気が感じられないというのか。

 病院のベッドにしっくり収まっている姿に納得したものだが、その女性に今私は抱きつかれている。

 あまつさえ頬ずりまでされている。

 ちなみに女性と言っても私から見たらの話であって実際は中学生くらいの年齢だ。

 それでも私みたいな小学生にしてみれば立派な年上の女性だ。

「この子が件の伴之もみじちゃん。可愛いでしょ?」

 そう説明する蕪先生に、

「うん! すっごく! ありがとうお姉ちゃん!」

 感謝の意を伝える件の女性。

「うん、お姉ちゃん……だよ?」

「もみじちゃんにはまだ説明してなかったわね。こちら……」

 と病弱オーラを振りまいてる件の女性を指して、蕪先生が言う。

「蕪小姫、私の妹なの」

「はぁ蕪先生の妹さん……だよ」

 小姫さんに頬ずりされながら私は現状を把握する。

 自動車を転がした先生は、私を私立の総合病院に連れてきた。

 そこでとある病室、つまりここに入って小姫さんに挨拶をしたら可愛いと言われてしまってあまつさえ抱きしめられあまつさえ頬ずりをされているという現状だ。

「私、小姫って言います。よろしくもみじちゃん!」

「よろしくお願いします、だよ、小姫さん」

 挨拶が終わるとまた頬ずりをしてくる小姫さん。

「日頃から可愛い女の子がいるってもみじちゃんのこと話してたら会いたいって小姫がいうものだから」

「恐縮です、だよ」

「小姫、可愛いモノに目がないの。とりあえずそのまま頬ずりされてて」

「はぁ、だよ」

 そう答える私に、小姫さんは、

「可愛い~、あ~、幸せ」

 そんなことを言ってくる。

 いきなりなハグに肯定的な言葉を寄せられる。

 それは学校の環境とは正反対のもので、どこか矛盾ではないけど非論理的なものを感じてしまう私は性格がねじ曲がっているのだろうか?

 とりあえず私はそのまま三十分ほど小姫さんにぬいぐるみのような扱いを受けた。

「とっぴんぱらりのぷぅ」

 髪をいじられたり裸にされかけたり服の着せ替えをさせられたりと散々の扱いを受けたあと「そろそろ時間なので」と蕪先生が言って私と蕪先生は病室を出た。

 隣を歩く蕪先生がクスクスと笑う。

「ごめんね、小姫の奴が。でもわがままな子では本当はないの。今日は可愛いもみじちゃんが来たからテンションあがっちゃったみたい」

「いえ、それは別に、だよ」

「本当はね、会わせるつもりなんかなかったんだけど、ちょっと事情が変わってね」

「事情ですか、だよ」

「うん……」

 と一つ頷いて歩いてきた廊下を振り返る蕪先生。

 先生の目は、その歩いてきた先の小姫さんの病室を捉えているようだった。

「あの子、もう長くないらしいの」

「…………」

 あまりといえばあまりのことにとっさに言葉が出ない私。

「しづごころなく花の散るらむってことかしら。心臓に病を抱えた子でね」

「そう、ですか……だよ」

 他に言い様もなくそう答える私。

 私を可愛いと言って抱きしめてくれた蕪小姫さんがもう長くない。

 それはちょっと不条理だ。

 まだ会ったばかりの私でさえ惜しいと思うのならば、姉の蕪先生の心情など推し量れもしない。

「もし、ね。もしの話なんだけど」

「…………」

「もしも悪魔が契約を対価に小姫を助けてやるって言ってきたらあなたならどうする? 別に小姫じゃなくてもいい。大切な人が不幸にあって、それを悪魔との契約で助けられるならあなたならどうする?」

「……わかりません、だよ」

「そうよね。馬鹿なことを聞いちゃった」

 不徳とでも思ったのか自嘲気味な笑みを浮かべる蕪先生。

 でもね先生、それを成した人を私は知っているんだ。

 その人が何を思ったのかはわからないけど……。

「今日は小姫に会ってくれてありがとう。あんなに幸せそうな小姫は久しぶりだったわ。もみじちゃんのおかげね」

「私は何もしていません、だよ」

「うーん、謙遜のつもりかな? もみじちゃんは可愛いからもっと自分に自信を持つべきよ」

「私、可愛いですか……だよ」

「うん。まるで悪魔と契約したみたいに可愛い」

「あはは……」

 その言葉が案外的外れでもないことは、ここで言う必要はなかった。

「改めて今日は小姫に会ってくれてありがとう。車で家まで送ってあげる。ええと、たしかもみじちゃんの家は……」

 ええと、と悩む蕪先生に、

「いえ、私の家はここから近いので歩いて帰らせてもらいます、だよ」

 私は遠慮する。

「そう。ならいいけど。気を付けてね。さいきん変な事件が多いから」

「あい気を付けます、だよ」

 私は病院を出ると家に向かって歩く。

 途中振り返って蕪先生を見ると、蕪先生は駐車場にとめてある車に寄りかかって煙草を吸いながら小姫さんの病室の当たりの窓を見上げていた。

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