伴之もみじの日常05
何はともあれ私は一人の仲間を得たわけだ。
姫百合ちゃんは「これから私がいる。私が友達になってあげるよ。だから安心してくれるといい」と日本刀を肩にかけながら言ってくれたわけで、微妙に物騒に聞こえたのは私の気の迷いだろう。
「けど……本当によかったのかな……だよ……」
これでおそらくは姫百合ちゃんまでいじめの対象になってしまった。
姫百合ちゃんは「嫌悪されるのは慣れている。鬼を切ればそれだけ人にも恨まれる。だからいじめくらいなんてことない」なんて言っていたけど、それでも人の悪意は慣れるものじゃないと思う。
「気にしすぎかな……だよ……」
ともあれこんなところで悩んでいてもしょうがないというものではあった。
ここは凶都の小さな博物館。
中条小学校から徒歩二十分といったところにある辺鄙な場所だ。
まるで洋館をそのまま博物館に変えたような小粋な演出が私は気に入っている。
天井にはシャンデリアとまではいかないまでも洒落た照明がかかっている。
壁はガラスで、ガラスの向こうには展示物が飾られている。
「ふわ~、だよ」
私は自分で言うのもなんだけど目をキラキラさせて展示物を眺めた。
観賞しているのは丸くて渋くて獣の模様の入った青銅。
「三角縁神獣鏡ね。そんなに珍しいものとは思えないけど……そんなに喜ばれると展示者も甲斐があったというものだわ」
そんな声が背後から聞こえてきた。
私はガラスの向こうの三角縁神獣鏡から視線を逸らして反転すると背後の人物を確認する。
「ふわ、蕪先生だよ」
「はーい。あなたの蕪先生だぞ」
バキューンと指鉄砲で私に撃つ真似をしてみせる蕪先生。
「蕪先生、なんでここに、だよ?」
「うーん何でだろう? 仕事が早く終わったから……なのかな。今一つ自分でもしっくりこないんだけどなんだかここに呼ばれたような気が……」
「先生、いい病院を知ってます、だよ?」
「あ、先生にそんなこと言うんだ。ぷんぷん」
頬を膨らませて怒ったふりをする担任の蕪先生。
閑話休題。
「それよりももみじちゃんこそどうしたの。こんな辺鄙……コホン、こんな博物館まで」
「えっとね。古鏡展をやってるって聞いてここにきたんだよ」
「もみじちゃんは鏡が好きなの?」
「うーん、言うほど好きでもないけど、でも何か古い物には惹かれるんだよ」
「へー、もみじちゃんの意外な一面だね」
「えへへ~、だよ」
言って笑い合う私と蕪先生。
ここで会ったのも何かの縁ということで私と蕪先生はその後も一緒に行動した。
雲雷文鏡や方格規矩鏡などの古代中国の鏡がこの博物館の主流だ。
それらを眺めながら私が言う。
「この時代の人たちは光の反射なんて知らなかったんですよね、だよ?」
頷く蕪先生。
「だから時に鏡は異世界への入り口であったり占いの道具であったりと敬意と畏怖を兼ね備えた道具として見られてきたの。後は……そうね。古代日本の有力者の墓にも見られるように権力の象徴としても捉えられているわね」
「へ~、だよ」
蕪先生の薀蓄を聞きながら、私は次のコーナーに移動する。
ガラスの向こう側の展示物は一枚の鏡だった。
その鏡は照明の光を反射して女性の像をスクリーンへと映し出していた。
蕪先生がほんの少しだけ驚愕を交えた声で言う。
「あら、魔鏡とは珍しい」
「魔鏡……だよ?」
「それも隠れ切支丹鏡ね、これは」
「隠れ切支丹鏡……だよ?」
私は展示物の説明プレートを読む。
魔鏡とは要するに微細な凹凸を内部に仕込んで反射した光を収束あるいは分散させることでスクリーンに像を結ぶ鏡のことらしい。
隠れ切支丹鏡とはその中でも魔鏡の技術によってキリスト像を内部に隠した銅鏡のことを指すようで、隠れキリシタンが文字通り隠れて崇拝するための代物らしい。
今目の前でスクリーンに映っている像は聖母マリア様の像であるとも書いてある。
「こんな鏡があるんですね、だよ」
「…………」
私の言葉に、しかし蕪先生は答えなかった。
「蕪先生、だよ?」
瞬間、
ゾクリ
と背筋が凍るような戦慄が私の体を走った。
過去何度も感じた感覚。
鬼が……近くにいる……のかもしれない。
そんな予感。
「蕪……先生……だよ……?」
辺りを見渡せど蕪先生はおらず。
見れば隠れ切支丹鏡が展示場から無くなっていた。
「どういうこと……だよ……? 先生は……どこに……鏡は……どこに……」
『だから時に鏡は異世界への入り口であったり……』
そんな先生の言葉を思い出す。
「先生……!」
私は博物館を隅から隅まで探す。
見つからない。
淡い希望を持って博物館を出た私は、そこで、
「あ、蕪先生だよ」
自動車に寄っ掛かって煙草を吸っている蕪先生を見つけた。
蕪先生は煙草を携帯灰皿に入れると、こちらに向かってニッコリと笑った。
「もう出ていたんですね、だよ」
「うん……まぁね……少し外の空気を吸いたくなったの。勝手に消えてごめんね?」
「それは別に、だよ」
何だ。
ただ外に出ていただけだったのか。
驚かせる。
「ねぇ、もみじちゃん」
「はい? だよ」
「もみじちゃんはお化けが見えるんだよね?」
「正確には鬼が見えるのであって変化はその一要素ですけど、だよ」
「?」
「ああ、変なことを言いました。見えますけど……だよ」
今更見えないと言っても詮無いことだ。
蕪先生は私が何故虐められているのか、その根源を知っている。
「それがどうかしたでしょうか……だよ」
「いいえ、何でもないの」
ふるふると首を横に振る蕪先生。
「それよりも、もみじちゃん……これからちょっと付き合ってもらえないかな」
「はい……だよ」
特に断る理由も見つからなかったので私は小さく頷いた。