蕪纏(かぶらのまとい)13
私だ。
私こと伴之もみじがここにいた。
満月の見守る闇夜の中、中条小学校の際に。
角のように逆立っていたサイドの髪は下りて、私は私を認識する。
私の目の前には蕪先生が。
その背後、校舎に叩きつけられた蕪纏がいた。
と、
「もみじさん!」
「もみじお姉様!」
「もみじ君!」
姫百合ちゃんにプリムラちゃんにエヴァちゃんが私に抱きついてきた。
身体能力の強化の魔法によって三人分の重量を支えて留まる私。
「馬鹿かい、あなたは!」
そう姫百合ちゃんが言った。
「蕪纏を説得しようとして殺されるなんて……!」
そうプリムラちゃんが言った。
「もう死んだのかと思ったじゃないか!」
そうエヴァちゃんが言った。
そんな三人の抱擁をすり抜けて、私は蕪先生と対峙する。
「どいてください、蕪先生……だよ……」
「どくわけにはいかないわ。だってあなた達、この子を殺すつもりなんでしょ?」
「退治するだけです。殺人ではありません、だよ」
「それでも!」
蕪先生は激昂する!
「それでも、彼女だけが小姫を生かす唯一の手段なの! この子がいなきゃ蕪小姫は近いうちに死んじゃうのよ! それが許されるとでも!」
「思ってません、だよ」
「もみじちゃん……あなた言ってくれたじゃない。小姫にはそれだけの価値があるって。私は正しいって」
「うん。言った、だよ……」
「でしょう……!」
「うん。私がもし蕪先生と同じ立場だったなら同じ選択をしたはずだよ」
「そうでしょう……。そうよね……」
「うん。善いとか悪いとかじゃなくて、それはとても愛おしいことで、慈しむべきことで、だから蕪先生のやっていることはとても正しいと私は思う」
「なら……!」
「……でも!」
私は蕪先生の言葉を塗りつぶす。
「……でも、それは許容できないことで。他人の私からすればそれは許容できないことで……」
「私が悪いって言いたいの?」
「違う、だよ。先にも言ったように蕪先生の献身は尊ぶべきことで、素晴らしいことだよ。ただ……それだけじゃないこともわかってほしいんだよ。善いとか悪いとかじゃなくて、ある一定の思想に対して、対立的な思想も甘受してほしいと私は思ってるんだよ」
「小姫を殺す可能性を私に認めろと?」
「…………うん、だよ」
「ふざけないで! 小姫は私の命も同然なのよ! それを見殺しにする思想を持てっていうの!」
「持たなくてもいいよ。ただそういう思想があることを認めて、反発する思想を排除すればいい。そのための手段を蕪先生は持っている、だよ」
「蕪纏……!」
「そう。結局はこうなるんだよ。蕪纏が勝てば小姫さんは助かる。私たちが勝てば小姫さんは死ぬ。ただそれだけの単純なロジック、だよ」
「もみじちゃん……あなたは小姫を殺すのね」
「うん。そう心が言っている、だよ」
「…………」
沈黙する蕪先生。
「話は終わったかえ?」
そこに、ゆらりと姿勢を正して爪を伸ばす蕪纏が割って入った。
「主様の妄念、わらわは叶えてやりたい。もしそれを阻むというのなら……」
「いうのなら、だよ?」
「全ての障害を粉砕するまで!」
蕪纏は疾駆した。
超音速で接近する蕪纏。
同時に、
「乾!」
雷を私に向かって落とした。
「トゥインクルスター、お願い! 雷切、だよ!」
私は雷を切り捨てる日本刀を右手に創りだすと、落ちてきた雷をそれで防いだ。
同時に迫ってくる蕪纏に、
「トゥインクルスター、お願い! 童子切安綱の影打、だよ!」
日本三大大鬼の一角すら切り捨てる安綱を左手に召喚した。
安綱で狙うは蕪纏の首。
「ちぃ!」
蕪纏がバックステップで私の安綱を回避する。
そこに追い打ちをかけるように安綱を持った姫百合ちゃんが追撃する。
「坤!」
そう呪を紡ぐ蕪纏に合わせて地面が激しくゆりうごく。
「わ、だよ……」
私は立っていられずペタンと尻もちをついた。
対照的に姫百合ちゃんの反応は速かった。
地面に見切りをつけて跳躍したのだ。
ニマァといやらしく笑う蕪纏。
「乾」
蕪纏が呪を紡ぐ。
空中で身を躱すことのできない姫百合ちゃん目掛けて雷が落ちる……が、姫百合ちゃんは持っていた安綱に一枚の霊符を纏わせ、
「急々に律令の如く木気たる雷、金気をもって剋すなり!」
そう呪を紡いで頭上の雷を切り捨てると、重力落下に合わせて安綱を振り下ろす。
安綱は蕪纏の左の爪と拮抗状態になる。
次の瞬間、
「姫百合お姉様! 跳んで避けてください!」
プリムラちゃんの声が夜の校庭に響く。
反射的に直上十メートルまで溜め無しで跳ぶ姫百合ちゃん。
同時に、いつの間にかアスモデウスを召喚していたプリムラちゃんが指の切っ先を蕪纏に向ける。
アスモデウスが火を噴く。
超高温のプラズマビームが蕪纏を飲み込み地平線の向こうまでもを焼き尽くす。
役目を終えてアスモデウスが光に還元される。
そして蕪纏は、
「ケケケ。無駄よ無駄よ」
半透明となってその場に存在していた。
「霊体になって魔王の一撃を避けた、だよ?」
「ならば!」
姫百合ちゃんがヒョウに霊符を突き刺してそれを蕪纏に投げつける。
「急々に律令の如く散れ!」
「無駄よ」
霊体から現身へと変わった蕪纏が爪でヒョウを弾いた。
そして蕪纏は背中から翼を生やすと直上にいる姫百合ちゃんへと羽ばたいた。
「トゥインクルスター、お願い! 私に翼をください!」
そう願って私はトゥインクルスターの赤雀に霊力を込める。
私は背中に生えた純白の翼で風を打ち満月の夜空へ羽ばたいた。
「地に足のついてない剣なぞ恐ろしくもないわえ」
空中に身を置く姫百合ちゃんに襲い掛かる蕪纏。
振り下ろされた安綱を左手の爪で簡単にあしらうと右手で姫百合ちゃんの頸動脈を狙う。
しかしその爪は安綱によって阻まれた。
姫百合ちゃんの……ではない。
私の安綱だ。
「もみじさん……」
そう呟く姫百合ちゃん。
「乾」
そう呟く蕪纏。
私と姫百合ちゃんの頭上に落ちてきた雷は、私が雷切で切り払う。
次の瞬間、今度は蕪纏に雷が落ちた。
「がっ!」
一瞬硬直する蕪纏。
地面を見れば、離れた場所で雷の侯爵……フルフルを召喚しているプリムラちゃんが見えた。
傍にはエヴァちゃんもいる。
プリムラちゃんが作ってくれた一瞬の隙をついて私と姫百合ちゃんが安綱を振るう。
二つの安綱は蕪纏から右腕と左腕を奪った。
「ぐ、あああああああああああああ!」
痛痒の叫びをあげて満月の空高くに飛びあがる蕪纏。
そして失われた両腕が再生する。
「やはり人の生気を吸って力を蓄えていただけのことはある。あれくらいの傷、すぐに修復されるか……」
私は、落下する姫百合ちゃんに合わせて高度を下げていると、悔しそうにそう呟く姫百合ちゃんの声が聞こえた。
「やっぱり心臓か頭を潰さなきゃってこと、だよ?」
「あるいは蕪纏が溜め込んだエネルギーを消耗させるか、だね。とにかく五百年の歳月は大きい。時を経るほどに鬼は強力になっていくものだよ。あのすさまじい霊力をどうにかしないことには……」
どちらにしろ攻撃あるのみということで。




