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蕪纏(かぶらのまとい)12

「ケケケケケ! ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ!」

 満月の見守る中条小学校の校舎際。

 心臓を潰され頭を千切られて死んだもみじを足元に、蕪纏が笑う。

「ああ、おかしや……。我に罪を重ねるなとな。言うのが五百年遅いわえ小娘。と、もう聞こえてはおらんか。ケケケケケ……」

 次の瞬間、姫百合にプリムラにエヴァンジェリンが激怒した。

「貴様ぁ! よくももみじさんを!」

「もみじお姉様を!」

「もみじ君を!」

 三人は吼えて蕪纏に襲い掛かろうとして、

「「「っ!」」」

 驚愕に目を見開いた。

 それは蕪纏も、そして蕪教師も同様だった。

 何故か。

 それは……頭をもがれ心臓を潰された伴之もみじの死体が立ち上がったからだ。

 もみじの死体は立ち上がり、そしてもみじを中心に膨大な人ならざる霊力がまるで台風のように渦巻き、逆巻き、そして辺り全てを威圧した。

 すさまじい霊力だった。

 本来それ単体では無害なはずの霊力が意志を持ち、周囲を威嚇しているかのようだった。

 四人と一鬼の驚愕はまだ続く。

 もみじの心臓が再生して胸の穴が塞がる。

 首から頭上に向かって骨、神経、血管、筋肉、脳、皮膚の順に再生して……伴之もみじという存在が復元した。

「馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 心臓を潰した! 頭部を千切った! 何故そこから再生できるのかえ!」

 蕪纏が狼狽えた様子だったが、そんな問いに意味はなかった。

 事実もみじは蘇った。

「ふ、ふは……! ふははははははははははははははははは!」

 もみじの哄笑と共に霊力が颶風となって辺り一帯を威圧する。

「心臓を潰した? 頭部を千切った? それがどうした。魂がある以上そんなものは死の原因にはならんぞ?」

 ボウとオーラのようにもみじの霊力が足元から頭部まで逆巻くと、もみじの頭の、サイドの伸ばしている髪が逆立って、まるで鬼の角のようになった。

「第六天魔王……波旬……!」

 姫百合が畏敬を込めてその存在を呼ぶ。

 もうもみじではない……波旬は蕪纏の方を向いた。

「そこなる幼子の鬼よ。汝に問おう。そも……魂とは何ぞや?」

「人の生命の根源え」

「では生命とは何ぞや」

「人が生きていくために必要な最小単位よ」

「つまり魂がそれだと汝は言うのか」

「違うかえ」

「では心臓の意味はなんだ。肺の意味は何だ。臓物の意味は何だ。魂が生命の根源だというのなら何故人は肉体なしには生きていられぬ?」

「それは……」

「意識についてもそうだ。魂が意識を……思考を持つというのなら脳の意味はどこに消える?」

「…………」

 ついに沈黙した蕪纏に凄惨に笑う波旬。

「何も知らぬがゆえに汝は心臓を潰しただけで、頭部を千切っただけで、悦に入る」

「では……魂とは何かえ!」

「設計図に他ならぬ」

「設計図……」

「レギオンに記録された過去から未来にいたる人間どもの設計図。その個別……個人のカテゴリーを指して魂と呼ぶ」

「では……では……魂とは……!」

「その通り。高次のデータにすぎぬ。そしてそのデータに干渉出来うるのならば肉体的な死は魂を基礎とした復元によって補われる。存在とは全て高次のデータが量子によって投射されたものにすぎぬ。この国では量子のことを霊力と……西洋では魔力というのだったか? ともあれレギオンとはその中でも人類を管理するデータバンクだ」

「そなたは……そなたは……何だ……?」

「我、鬼にして鬼に非ず。我、仏にして仏に非ず。我、天魔なり。第六天魔王波旬なり」

「第六天魔王……だと……」

「しかり……!」

 波旬は満月に手を掲げる。

 同時に、

「乾」

 と呪を紡ぐ。

 同時に雲一つない夜空から雷が落ちた。

 その落雷は現身を持った蕪纏を焼く。

「ぐ、あああああああああああ!」

 痛痒に叫ぶ蕪纏。

 今度は蕪纏が呪を紡いだ。

「乾っ!」

 波旬目掛けて雷が落ちたが、

「雷切」

 そう呪を紡いだ波旬の手に現れた日本刀によって蕪纏の雷は切り散らされた。

「金剋木。金属の斧が木を倒すように木気の雷は金属の刀の前に相性が悪い。そして雷切はその中でも雷を剋すことに特化した刀だ。どれだけの威力の雷でも通用せんよ」

 雷切を地面に突き立てると蕪纏に向かって波旬は右手を突き出す。

 次の瞬間、

「サンシャインスフィア」

 波旬の右手から直径十メートルをくだらない炎弾が現れ、それは蕪纏目掛けて撃ちだされる。

「くっ!」

 呻きを一つ。

 蕪纏は背中から悪魔のような翼を生やすと満月の夜空へと羽ばたいた。

「飛ぶか……。破天連とはよくいったものだな。しかし……」

 どこか感心したようにそう言うと、波旬はその暴力的なまでの霊力をトゥインクルスターの赤雀に込める。

「火気は赤雀なり。鳥なり。羽なり。我に翼を与えよ」

 呟く波旬の背中に純白の……天使のような翼が生えた。

 天使の翼は風を打ち波旬を蕪纏の高度へと運ぶ。

「なっ!」

 もう何度目かの驚愕をする蕪纏。

 しかしそんなことに波旬は取り合わない。

 波旬は強大な膂力でもって蕪纏の頭上に蹴りを落とすと、そのまま蕪纏を地面に叩きつけた。

「がぁっ!」

 呻く蕪纏。

 波旬はトゥインクルスターの白虎に霊力を込めて、満月を背負って呪を紡ぐ。

「金気、鎌風。目標を切り刻め」

 同時に細く長い面積に超常的なまでに圧倒的な気圧が発生した。

 それは風のギロチンとなって空から叩き落とされた蕪纏をズタズタに叩き切るはずだった。

 しかし、そうはならなかった。

 蕪纏の体が半透明になり、風の刃は蕪纏をすり抜けてその下にあるコンクリートに爪痕をつけた。

「ほう、一瞬にしてその身を霊体に変換して直接攻撃から回避したか」

 感嘆した波旬は天使の羽を雲散霧消させて霊体となった蕪纏目掛けて落下する。

 波旬は右手の食指の環である黄麟に霊力を込めて土気を顕現する。

 そして、蕪纏との接触の瞬間、

「土剋水」

 と波旬が土気を発したのと、霊体だった蕪纏が現身を持ったのは同時だった。

「っ!」

 蕪纏が霊体であればダメージを与えられる算段だった。

 波旬が刹那の時に動揺する。

 瞬間、

「しっ!」

 蕪纏の爪が波旬の……もみじの右肘を断ち切った。

 右肘から先の右腕をトゥインクルスターごと奪って波旬から距離を置く蕪纏。

「ケケケケケ! この陰陽具がなければ天魔とて再生も攻撃もできまい!」

「…………」

 黙ったまま右肘から先を持っていかれた現実を確認すると、波旬はため息をついた。

 次の瞬間、波旬の右肘から先が一瞬にして再生した。

「馬鹿な! 奴の陰陽具はあそこに!」

「うつけか汝は。レギオンに記された魂という設計図と全ての根源である霊子。この二つに干渉できうれば肉体の再生などいくらでもできよう」

「では貴様は! 貴様はどうやれば死ぬのか!」

「死なぬ。人間道というレベルにおいての我は不死なり」

「そんな……」

 呆然とする蕪纏に、

「空間跳躍……我に戻れ……我のリンカーよ……」

 そう呟いた波旬の右手に星辰天環は戻った。

 同時に、

「乾」

 波旬が雷を落とした。

 光と爆裂音が周囲を威嚇する。

「ぐ……あ……馬鹿な。空間転移……! リンカーも無く異能を繰り出すだと……! その陰陽具が無ければ何もできないはずでは……!」

「我は既に御器の魂と具合を良くしている。そも……五行など人間が勝手につけた理屈にすぎぬ。たった五つのカテゴリーで天地の全てを理解できるなら苦労はない。その陰陽具は全ての事象に五行というカテゴリーを通し簡略化したのちに出力するためのアクチュエータでしかない」

 述べると波旬は、右手を拳銃の形にして、

「サンシャインスフィア」

 伸ばされた人差し指の先に直径十メートルをくだらない炎弾を創りだし、撃った。

 何とか避ける蕪纏。

 撃たれた炎弾は地平線の向こうまであらゆる阻むものを燃やし尽くしながら消えていった。

 ドンと鈍い音がしたかと思うと波旬は姿を消した。

 次の瞬間、波旬は蕪纏の背後にいた。

「っ!」

「単なる肉体強化の術だ。そこまで驚くものでもないぞ?」

 蕪纏の背を蹴る波旬。

 蕪纏は音速を超えて校舎際へと叩きつけられる。

「がっ!」

「ふむ、もう飽いた。そろそろ終わりにするか」

 呟いて、

「アスカロン……」

 呪を紡ぐと、波旬は刀身十メートルにも及ぶ竜殺しの大剣……アスカロンをその手に召喚した。

 踏み出しおよび踏み込みは音速を超えた。

 体勢を整えられなかった蕪纏目掛けて波旬はアスカロンを振り下ろそうとした瞬間、

「やめて!」

 蕪教師が二鬼の間に割って入った。

 蕪教師は蕪纏を庇うように波旬に立ちふさがった。

 蕪教師ごと叩き切ろうとした波旬はそこで、

「駄目だよ!」

 自分の内から現れた言葉によって剣を止めた。

「邪魔をするな器……! 駄目だよ。蕪先生を殺すのは駄目だよ!」

 それは独り言だったが一人と一鬼の葛藤でもあった。

「我に敵するものを切って何が悪い! それでも駄目だよ! 蕪先生を殺すのは絶対駄目だよ! ぐ! うお……! それだけは譲れない、だよ!」

 波旬は、もみじは、大剣……アスカロンを雲散霧消させた。

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