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蕪纏(かぶらのまとい)11

「フランシスコ・カブラルの娘、だよ?」

「しかも日本人の女との間に生まれた子供だ」

「ちょっとお兄ちゃん、待って待って待って。バテレンのカブラルっていったら西洋文化万歳のあの人でしょ? 残された記録でだって徹底的に日本人を貶めるようなこと書いてたのに、なんで日本人なんかと子供を……って……まさか……だよ……」

「そういうわけじゃないっぽいけどな。たしかにあの時代の教会は派閥争いや権力争いで狐狸妖怪の巣窟だったから虎の威を借りたような傲慢な輩だって珍しくはなかったろうが、この娘に限って言えばおそらくは合意の上じゃないか?」

「その根拠は、だよ?」

「名前。家名にかぶらと名づけたみたいで。おそらくはカブラルを訛らせて当て字を用いたんだと思うんだが……」

「蕪……だよ……?」

「そ、蕪。お前が言ってた異形は……たしか蕪纏とかじゃなかったか?」

「うん。そうだけど、だよ……」

「カブラルと日本人の女の間に生まれた子供はいやに有能だったらしく生まれてすぐに言葉を理解した節もあったらしい」

「いやに有能……。鬼子……だよ……?」

「理解が早くて助かる。どうも双子だったらしい。往々にしてこういう場合、片方が正常、片方が異常……またはそれぞれがそれぞれを補完するように異常を抱えている場合が多いんだが、この娘達は前者のようだな」

「妹の方が鬼子として生まれてしまった……だよ……」

「当たり。お前にしちゃよくできた」

「姉にしろ妹にしろ確立は半々だよ。当てずっぽうでも正解は得られるけど……年下の方に陰がたまりやすいのは宿命だよ」

「そしてカブラルの子を産んだ蕪の家族は鬼子を産んだために迫害された。ま、当然だわな。さらに、この頃は伴天連追放令が発令された時期にも重なる。蕪一家が受けた迫害は、俺達の想像を絶するものだろうな。しっかし……」

「なに? お兄ちゃん……何を躊躇ってるの、だよ?」

「ここからは陰陽寮の資料に載っているわけではないから俺の勝手な推論になるんだが……」

「別に気にしない、だよ」

「どうも。おそらくお荷物になる妹の方……つまり鬼子の方なんだが、こちらは殺されたんじゃないかと俺は睨んでる。もしくは都合よく考えるなら何かしらの不幸で命を落としたか」

「っ!」

「水子の霊が親族に積極的に憑くのは知ってるな」

「うん、まぁ……だよ……」

「陰陽寮の資料による蕪纏の中心人物は蕪の双子の姉、その人だ。それによれば蕪に近づいたものは皆祟られる、とのことらしい。もちろん、あの時代に電子メールなんて上等なものはないからどこで話が捻じ曲がってるかわかったもんじゃないが、それよりももっと納得のいく回答がある」

「妹の霊が姉に取り付いて……それが蕪纏になったってこと……だよ?」

「正解」


『わらわは蕪纏。姉様の守霊たる悲劇の姫』


「そんな……可哀想すぎる……だよ……」

「蕪に纏わりつく霊ゆえに蕪纏かぶらのまとい。妹の霊は死んでも姉に憑りついてこれを守り続けたってわけだ」

「…………」

「ただ、不思議なことがある」

「なに、だよ?」

「この蕪纏、資料によれば既に徳の高い坊主に祓われてるんだよ」

「え、ということは……だよ……」

「そう。本来なら存在していないはずなんだ」

「偽物……だよ……」

「いや、それはない。第一蕪纏に嘘をつく義理がない。お前の周りに蕪の姓を持つ奴はいないか?」

「蕪………………蕪先生……だよ……」

「先生? 教師か?」

「私の担任の先生! 蕪先生っていうんだよ!」

「女か?」

「女性だよ」

「姉か?」

「そういえば妹さんがいる、だよ」

「素体としてはバッチリだな。名前が体を現すのは日本じゃ当然……威力使徒だって奇跡倉庫から聖遺物を取り出すときは聖人の名前を借りなきゃいけないだろ? 似たようなもんで、共通性を通じて対象者に影響を及ぼす呪術にとって、名前が同じなんてのは恰好の餌なんだよ」

「じゃあ現代では蕪先生が蕪の姉の代わりに蕪纏を纏っているってこと、だよ?」

「だろうな。気をつけろよ。今夜の蕪纏は強力だぞ」

「何で、だよ?」

「女性や子供ってのは陰の象徴だ。ついでに太陽の反対を太陰っていうんだが、これは月のことを指してる。月ってのは陰の象徴の中でも特に強いシンボルなんだよ。お前の傍らにいる魔女も満月の夜にミサを開くし、西洋では狂気ルナティックって言葉もあるだろ。満月なんてのは魔が一番元気になる時間帯なんだよ」

「うん。わかった。気を付ける、だよ……」

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