蕪纏(かぶらのまとい)08
「な! 何故東洋の土人がソロモンの魔術を!」
驚愕したのは威力使徒だけではなかった。
「もみじさん、あなたソロモンの秘術を扱えますの?」
「ううん。全然。全部プリムラちゃんのパクリだよ? だからこんなことしかできない」
私はトゥインクルスターに霊力を込める。
「フォルネウス、バルバトス、フルフル、アスモデウス、アイム……出ておいで、だよ」
私の周囲の空間の各所がねじれる。
そのねじれから現れたのはソロモン七十二柱の魔神であるフォルネウス、バルバトス、フルフル、アスモデウス、アイムだった。
「なっ!」
「プリムラちゃんが見せてくれたソロモン七十二柱の魔神ならコピーしといたから、だよ」
「見ただけで真似た……ですって?」
「うん、まぁ。正確には見た魔神を新規に作り直したって言った方が正確だけど。現に話でしか聞いていないグレモリイさんは具現化できないわけですし、だよ」
「日本人は物まねが上手いというのは本当のようですわね」
「いい文化は取り入れて前進したからこそ今の戦後日本があるんだよ」
そんなことをのたまっている間にもレラージェは回復不能の傷をつける矢を威力使徒に向けて射る。
フォルネウスが空間を泳いで威力使徒を食いちぎろうと襲い掛かる。
バルバトスは猟銃を威力使徒に向けて引き金を引く。
フルフルは威力使徒の頭上に雷を落とす。
アスモデウスは超高熱のプラズマビームを口から吐き出す。
アイムは持ってる松明でそこかしこを燃やし尽くす。
万国びっくりショーの有様だ。
威力使徒は全てを避けることは諦めたのか、致命的でない攻撃のみを選定してくらいながら、接近してくるフォルネウスを盾にしたりして攻撃を凌いでいた。
「ちぃ! 抜かざるをえないか!」
舌打ちすると、威力使徒は十寸はあろう装飾過多な鍵を取り出した。
「鍵……だよ?」
「あれは……倉庫の鍵!」
驚くプリムラちゃんに私は聞く。
「倉庫の鍵って何、だよ?」
「教会協会は教義に従いし聖遺物を封印した多重結界空間……通称、奇跡倉庫と呼ばれる異空間を管理していますの! あれはその奇跡倉庫と現実とを繋げる鍵ですわ!」
よくわかんないけど大層な物らしい。
「無力に震え不遜に恐るる子らにこそどうか奇跡を。開かれる武器庫は闘争のためにかと、かくあらず。ただ矮小なるこの身に主の栄光をだけ欲するなれば、祈り捧ぐように魔女を滅すること覚えたり」
そう呪を紡いで倉庫の鍵を空間に突き刺す威力使徒。
まるでピンタンブラー錠を錠前に刺すように何もない空間に倉庫の鍵が突き刺さる。
必然、ブレードの部分が空間に突き刺さって見えなくなる。
そしてガチャリと威力使徒は鍵を捻った。
瞬間、鍵の刺さった空間を中心に球形の立体魔法陣が展開される。
「っ!」
驚く私とプリムラちゃんを余所に、立体魔法陣の中に荘厳な扉が現れ、開かれる。
レラージェの矢もフォルネウスの牙もバルバトスの銃もフルフルの雷もアスモデウスとアイムの火も立体魔法陣に阻まれて威力使徒まで届かない。
そして奇跡倉庫の扉から一つの神器とも呼ぶべき武器を取り出す威力使徒。
それは、
「ヒーローズ……!」
刀身が十メートルもある、
「英雄クラスの召喚……!」
いびつな形をした、
「ドラゴンバスター……!」
巨大な剣だった。
巨大な剣を肩にかけて威力使徒はその名を呼ぶ。
「アスカロン……聖ゲオルギウスの名においてお借りします」
そう威力使徒が言った瞬間、立体魔法陣と奇跡倉庫の扉は空間に撹拌するように消えた。
この機にと襲い掛かるフォルネウスが真っ二つに断ち切られた。
斬、と切断音が遅れて聞こえる。
音速を遥かに超えた斬撃は強化された動体視力でさえ追うのがやっとだった。
そして威力使徒が疾駆する。
弓を構えたレラージェと銃を構えたバルバトスがその武器ごと斬殺される。
雷を躱されフルフルが斬られる。
ついでアイムもあっさりと斬り殺された。
最後に残ったアスモデウスが炎を吐いたが、その炎はアスカロンに斬り散らされる。
そして、
「おおおおっ!」
アスカロンを一閃、二閃、三閃と振るう威力使徒。
それらはアスモデウスの槍に阻まれる。
次の瞬間、威力使徒はアスモデウスの持つ槍をアスカロンで弾いて、無防備になったアスモデウスを返す刀で斬り殺す。
「うぇ。アスカロンって竜殺しの武器だよね? 魔王まで負けるなんてどれだけ使い手のアビリティーが高いの、だよ」
「奇跡倉庫の武器を持った威力使徒はもはや戦闘レベルを超えて戦術レベルにまで至ると言われますわ……って言ってる間にも来ますわよ!」
言われて私が視界を威力使徒に戻すのと、威力使徒が私の間合いまで飛び込んでくるのは、同時だった。
十メートルの刀身を誇る圧倒的な斬撃が振るわれる。
私は、その斬撃……アスカロンを、
「よっ……と」
片手……左手で受け止めた。
「「なっ!」」
プリムラちゃんと威力使徒の驚愕が重なる。
「残念だけどそれでも駄目だね、だよ」
私は視認、解析したアスカロンを、
「お願い、トゥインクルスター。アスカロンを創って……」
トゥインクルスターに、特に親指の環である白虎を中心に霊力を注いで再現する。
私の右手にドラゴンバスター……アスカロンが握られる。
重いものかと思ったけど、どうやらアスカロンそのものに身体能力強化の魔法がかかっているのか不思議と力が湧いてきて、十メートルもの刀身を持つアスカロンが軽く感じられた。
私は右手に持ったアスカロンを水平に薙ぐ。
「ちぃ!」
舌打ちして後方へと十数メートルも飛び退く威力使徒。
それから威力使徒は叫ぶ。
「どういうことだっ!」
「何が、だよ」
「それは本当にアスカロンなのか!」
「まぁ模造品だけど。能力は変わらないはずだよ」
「人非人めが。神の恩寵をさえ模造するその穢れた魂こそ貴様の罪なり」
「神威の布教が正義だっていうならそうだよね、だよ」
「戯れるかっ!」
言ってアスカロンを構えて突っ込んでくる威力使徒。
振るわれたアスカロンは私の首を狙ったけど、破軍の加護によって私の体を傷つけることあたわず。
私はその隙をついて左手の指の間に二本の仮想聖釘を創りだし、音速を超えて投擲する。
油断一瞬負傷一生。
アスカロンが私に通じないことに動揺する威力使徒に向かって放たれた仮想聖釘は威力使徒の修道服の魔法防御を貫いて体に刺さった。
正確には両肩二カ所だ。
「ぐぅぅぅ!」
苦痛に顔を歪ませてそれでもアスカロンを振るうことを止めない威力使徒。
首を、心臓を、腕を、頭を、狙って振るわれるアスカロンの斬撃は私に傷一つつけることができなかった。
当然だ。
因果を変質させて絶対勝利を呼び寄せる破軍の陣はそんなに甘くない。
私は右手でアスカロンを振るった。
それをアスカロンで受け止める威力使徒。
しかし、
「がっ!」
両肩の聖釘が響くらしく受け止めきれずに受け流すに押し留まる。
さらにアスカロンを振るう私に対して十数メートルも飛び退く威力使徒。
それから威力使徒は苦しそうに仮想聖釘を両肩から抜く。
私はというと破軍の陣から出て威力使徒を追いかけた。
威力使徒によって投げられた仮想聖釘をアスカロンで弾きながら間合い十メートルまで詰める。
そして上段からアスカロンを振り下ろす。
アスカロンで受け止める威力使徒。
同時に私はアスカロンで威力使徒を押さえつけながら威力使徒目掛けて疾駆する。
空いた片方の手で仮想聖釘を創りだし投擲する威力使徒。
私はアスカロンを引いて仮想聖釘を弾く。
直後、私は跳躍した。
十メートルもの刀身を持つ威力使徒のアスカロンが私を狙って突き出される。
私はそれを同じアスカロンで強めに横方向へ弾いて、そして、
「お願い、トゥインクルスター! アスカロン!」
もう一つアスカロンを左手に創りだす。
アスカロンの二刀流。




