蕪纏(かぶらのまとい)07
体勢を整えたプリムラちゃんが警戒するように言う。
「仮想聖釘っ!」
「是」
そう答えた人型が、満月の夜空から降りてくる。
公園の中央に着地した人型は人間だった。
全身漆黒の修道服を着たシスターだった。
年は私達とそう変わらない少女。
髪は金髪のショート。
目は碧眼。
漆黒の修道服と相まって夜の闇夜の中に眩しいくらい髪が光っていた。
「まさか日本まで逃げるとはな。追いかけるのにも苦労したぞ」
「威力使徒っ!」
「是。我は神威を布教する者。教会協会神威布教広報特務組織所属異教殲滅本義会設武装士団通称神威装置の威力使徒である」
私達と寸分変わらぬ年齢のシスターは自己紹介した。
そしてシスター……威力使徒は手の先に霊力を込める。
両手の指の間に都合八つの十寸釘が顕現する。
それを音速を超える速さで投げつけてくる威力使徒。
私とプリムラちゃんは必死にそれを避ける。
「ちょっと! あれ誰、だよ!」
「神威装置の威力使徒ですわ。異端や魔女の殲滅を目的にしている過激な刺客ですわよ」
「是」
霊力を十寸釘に変えて投擲してくる威力使徒。
それを避けながらプリムラちゃんが私に向かって叫ぶ。
「威力使徒の具現する仮想聖釘は魔力を無効化にする効果がありますわ! 魔法防御を貫いて突き刺さりますから防御は無為ですわよ!」
霊力キャンセル?
それはまた反則じみた能力で。
あ、でも魔法防御を切り裂いて現身に斬撃を与える姫百合ちゃんの童子切安綱……その釘バージョンとでも考えればいいのかな?
尽きることなくマッハで飛ばされる仮想聖釘とやらを避け続けるプリムラちゃんを眺めながら、そんなことを考える。
「ちぃ!」
プリムラちゃんは仮想聖釘を避けながら、威力使徒に人差し指を向けてフィンの一撃を放つ。
だが黒い修道服に縫いこまれた高位の魔法防御の前にフィンの一撃は効果を成さない。
威力使徒の目的は魔王に指定されたプリムラちゃんだ。
その証拠に私の方には仮想聖釘は飛んでこない。
でも……プリムラちゃんを助けなきゃ。
「威力使徒さん! プリムラちゃんは陰陽寮に所属しています。これを攻撃することは陰陽寮を敵に回すことです、だよ!」
「知ったことか。貴様ら魔女どもがどんな立場だろうが殺すことに躊躇いでもできると思うか!」
「無駄ですわ、もみじさん。そんな説得が聞く様な相手じゃありませんことよ」
音速の釘をギリギリで避けながらプリムラちゃん。
なら、やり方を変えるまで。
私は右手を拳銃に模すと銃口にあたる人差し指を威力使徒に向ける。
フィンの一撃だ。
狙うは頭。
「ちょっと眠ってもらう、だよ!」
フィンの一撃を放つ。
そして、殴られたような衝撃で威力使徒の首がガクンと揺れる。
波旬の霊力をつかったフィンの一撃は、さすがに全てを防ぐことはできなかったらしい。
「是。敵性を確認。東洋の魔女に神威を執行する」
威力使徒が両手の指の間に霊力を集め、押し固め、計八本の仮想聖釘を補充するのと、
「お願い、トゥインクルスター。皆々破れる破軍の陣!」
私が破軍の陣を布き足元に七芒星の魔法陣が現れるのとが同時だった。
私は叫ぶ。
「プリムラちゃん! 私の背後に隠れて、だよ!」
「っ!」
釘を避けながら私の背後へと隠れるプリムラちゃん。
「安心して。プリムラちゃんは私が守るから」
「何故ですの……。わたくしはあなたを殺そうと……」
「うん。プリムラちゃんが私を殺したって私にとってプリムラちゃんが友達って気持ちは変わんない、だよ」
「もみじさん……」
「邪魔だてするか東洋の魔女。ならばまずお前から殺すぞ」
「女の子がそんな言葉づかいをするものじゃないよ、だよ」
「言っていろ!」
音速の速さで仮想聖釘を投げる威力使徒。
背後でプリムラちゃんが言う。
「いくら破軍の陣が無敵でも、それが魔力によるものなら仮想聖釘は防げませんわよ」
「破軍の陣は魔法防御じゃない、だよ」
「え?」
私は飛んでくる仮想聖釘を掴んで止めた。
掴みきれなかった他の聖釘は私の体に触れるや否や速度をゼロにして刺さることもなく足元に散らばった。
「なっ!」
仮想聖釘が通用しなかったことに驚く威力使徒は一先ず無視して、
「ふーん、これが仮想聖釘かぁ」
私は掴んだ仮想聖釘を視認して解析する。
そして、
「お願いだよトゥインクルスター……」
右手の指の隙間に四本の仮想聖釘を生み出した。
「「なっ!」」
驚愕に叫んだのはプリムラちゃんと威力使徒とが同時だった。
私は術法によって肉体強化されている膂力でもって仮想聖釘を投げる。
音速を超えて仮想聖釘が撃たれる。
「ちぃ!」
舌打ちして仮想聖釘を避ける威力使徒。
「あ、やっぱり威力使徒さんの戦装束の魔法防御でも仮想聖釘は防げないんだ」
「魔法じゃない! 魔術じゃない! 俺のコレは神の奇跡だ!」
「そうなの? プリムラちゃん……だよ……」
「もちろん違いますわ。ただ教義に従う異能を神の奇跡。それ以外を外法。そう定義しているだけで魔力を使った魔法に相違ありませんわ」
「なるほど。建前って奴だね、だよ」
私はトゥインクルスターに霊力を込める。
「お願いトゥインクルスター。レラージェを顕現して、だよ」
空間のひずみから現れたのは緑色の服を着た狩人。
狩人……レラージェは矢筒から矢を取り出し弓を引く。
矢が放たれた。
それを避ける威力使徒。




