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蕪纏(かぶらのまとい)05

 私は一つの懸案事項を抱えていた。

 今日の学校の放課後、職員用の下駄箱、その中で私の靴を入れるスペースに封筒が入っていたのだ。

 可愛らしい刺繍のされた封筒だった。

 おそらく女の子からだろう。

 封筒を開けて文面を読んでみる。

『決着をつけましょう。夜の十二時、近くの公園でお待ちしていますわ』

 そんな簡潔な内容だった。

 決着をつける。

 何のであろう?

 まぁ何であれ行かないわけにもいかないだろう。

 もしかして蕪纏からの罠かとも考えたけど、それは確率としては低かった。

 それに何より……私はその文面から人間らしい悪意のようなものを感じていた。

 時計を見れば今は夜中の十一時四十五分。

 私は私のベッドの横にでんと置かれた棺桶の、その中で眠っているエヴァちゃんを起こさないように静かに立ち上がる。

 それから、

「お願いだよトゥインクルスター……、変身」

 そう私が呟くと、私の衣服が光の粒子へと変わり、それは光の帯へと変わり、そして私の体を取り巻くと中条小学校の制服によく似た戦装束になった。

「それから……」

 薬指の環である青竜と中指の環である赤雀に霊力を込める。

「お願い、トゥインクルスター……空飛ぶ箒を出して、だよ」

 霊力が収束して私の手に霊力の通った箒が握られる。

 空飛ぶ箒だ。

 そっと窓を開けてそこから外に出る。

 箒に乗って私は満月の夜へと飛び出した。

 箒で空を飛ぶこと五分ほど、私は手近な公園の入り口についた。

 他に人がいないことを確認してから私は箒を雲散霧消させて夜空から地面の闇へと落下する。

 タンと華麗に着地。

 それから公園の敷地に入る……と同時に、


 ズブリ


 と泥濘に身を浸したような悪寒が私を襲う。

 結界だ。

 辺り一面が色を失って灰色になる。

 もっとも、色の消える夜だから、そこまで風景が変わることはなかったけど。

 私は公園をぐるりと見渡す。

 そこまで大きな公園ではない。

 遊具は砂場とシーソーとブランコくらいのものだ。

 小学生以下の遊び場……近いこともあるし私に友達がいれば利用したかもしれない。

 それくらい小さな公園だった。

 ふと、私は気配を感じて上を見た。

 そこには満月を背景に、空飛ぶ箒の上に立っているプリムラちゃんがいた。

 服は黒いローブに黒い三角帽。

 戦装束だ。

「この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることのなしと思へば。こんばんは、もみじさん。よく来てくださいました」

 プリムラちゃんは笑った。

「あの手紙は、プリムラちゃんが……だよ?」

「そうですわ。決着をつけましょう?」

 そう言うとプリムラちゃんは箒から飛び降りた。

 着地して、それから私を睨むと、

「序列三十番、地獄の大侯爵フォルネウスよ! 神聖四字の下、招きに応じ現れよ!」

 呪を紡いで、毒々しい色をしたサメ……フォルネウスを召喚した。

 フォルネウスは空間を泳ぐと、私に狙いを定めてその顎を開いた。

 フォルネウスの牙に引き千切られたのは、何もない空間。

 私は強化された身体能力をフルに使ってフォルネウスの牙を避けた。

「プリムラちゃん……なんで私を襲うの、だよ!」

「あなたがお姉様を連れ去るからですわ!」

 言い合っている間にもフォルネウスは私を獲物と見定めて襲い掛かってくる。

 私はトゥインクルスターの五つの指輪全てに膨大な霊力を込める。

 因果すら捻じ曲げて修正してしまうほどの力だ。

 そして呪を紡ぐ。

「お願いだよ、トゥインクルスター……! 五行より六合が生じ、六合より七星が生ずる。七星が一、破軍よ。我を守護し奉れ……。挑む者皆々破れる破軍の陣!」

 私の足元に七芒星の魔法陣が展開される。

 同時にフォルネウスが私を襲う。

 フォルネウスの牙は私の柔肌に噛みつき、そして牙を砕かれた。

「なっ!」

 絶句するプリムラちゃんはとりあえず無視して、私はフォルネウスの鼻先を掴むと思い切りの力で投げつけた。

 音速を超えて公園の柵に叩きつけられるフォルネウス。

「質問がまだだよ。私が姫百合ちゃんを連れ去るって何、だよ?」

「言葉の通りですわ。お姉様はあなたに心を開きかけている。あなたに恋しかけている」

「そんなこと、なぜわかるの、だよ?」

「序列五十六番目の魔神、恋路に通ずるグレモリイに聞きましたの」

 便利だなぁ。

 ソロモン七十二柱。

「お姉様は孤高でしたわ。排斥の中で一人立って生きる姿は同じく排斥を受けて生きてきたわたくしにとって華やかなモノに映りましたわ」

「…………」

 フォルネウスが光の粒子となって雲散霧消する。

「なのに、あなたはお姉様の心の中にある固く閉ざされた扉を開こうとしている! そんなことがこのわたくしに許せますか!」

「…………」

「序列八番、地獄の侯爵バルバトスよ! 神聖四字の下、招きに応じ現れよ!」

 また空間が歪み、今度は帽子をかぶり猟銃を持って狩人の姿をした魔神バルバトスと、その配下にある三十の軍団による悪魔達が現れた。

 見るだけで吐き気を催す悪魔の軍団は一鬼残らず猟銃を持っていた。

 公園という狭い空間にバルバトスと配下の三十の悪魔の軍団がひしめき合って、その全ての猟銃の銃口は私を狙っていた。

「さようなら、もみじさん。あなたが死ねばお姉様は元に戻ってくださいますわ」

 パチンと指を鳴らすプリムラちゃん。

 同時に、大勢の悪魔達による多数の銃撃が私を襲った。

 銃声が銃声を呼び、それは巨大な滝の鳴らす音にも似た殺戮のオーケストラを奏でた。

 全ての弾丸が狙い違わず私を襲い、そして、

「…………」

 それ以上何も起こらなかった。

 私は「くあ……」とあくびをした。

 撃ち込まれた銃弾は全て私の足元に転がって、そして発射された順番に光の粒子へと変わって雲散霧消する。

「何で……何で悪魔の弾丸がききませんの!」

「まぁ今の私は俗にいう無敵状態だからね」

「無敵……ですって……?」

「そう」

 向かい挑めば必ず破れ、背にすれば必勝を約束される破軍星の力をこの場に呼び出したのだ。

 私と敵対する者はたとえそれがどんなに激しい攻撃でも、あるいはどんなに巧妙な罠でも因果がねじれて敗北する運命にあるのだ。

 しかしプリムラちゃんは諦めなかった。

「でしたらその魔法防御を上回る攻撃をするまでですわ」

 バルバトスとその配下の軍団を光の粒子に変えて雲散霧消させる。

「まぁ頑張ってみるもの手かと、だよ……」

 私は人差し指でポリポリと頬を掻いた。

「序列三十四番、地獄の公爵フルフルよ! 神聖四字の下、招きに応じ現れよ!」

 鹿の頭に大きな枝角、人間の胴体に鹿の下半身を持ち、背中には翼があり、尾は赤い蛇になっている魔神……フルフルが空間の歪みから現れた。

 フルフルは雲一つない夜空をツイと見上げて、それから奇声を上げた。

 来る!

 そう思った瞬間、雲一つない満月の夜空から雷が落ちてきた……無論私に向かって。

 雷の公爵フルフルの本領だ。

 しかし、

「…………」

 案の定私には何ともなかった。

 雷は確かに私にあたった。

 しかしそれで私に何かしら異変があったかといえばノーだ。

 フルフルは光の粒子となって雲散霧消する。

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