蕪纏(かぶらのまとい)03
職員用の下駄箱から上靴を取り出して履き、昇降口で姫百合ちゃんたちと合流。
今日から転校生のエヴァちゃんを職員室まで送った後、私と姫百合ちゃんとプリムラちゃんは教室に向かった。
教室に入った私たちはそこで哀惜の慟哭を聞いた。
少女が泣いていた。
それも一心不乱に。
泣く以外のことを知らないかのように泣いていた。
その少女……女子は私のイジメ役の筆頭だった。
一昨日の体育でバレーボールを投げつけてきた子だ。
「なんなんですの?」
疑問を口にするプリムラちゃん。
私はといえばいきなりなことに説明出来ようはずもなく、とりあえず自分の席につく。
クラス中から嫌われている私だ。
クラスメイトから事情を聴くこともできない。
代わりとばかりに姫百合ちゃんとプリムラちゃんが周囲のクラスメイトに事情を聴いた。
それによると、どうやらいじめっ子筆頭の当女子が私と姫百合ちゃんをいじめようと画策したらしい。
それもそうだ。
私を助けるという名目で姫百合ちゃんも当女子に喧嘩を売ったのだ。
いじめの対象にならないわけがない。
しかしいじめというのは仕掛ける側は一人では成り立たない。
当然、当女子は私と姫百合ちゃんをいじめるようにクラスメイトの女子に命令した。
それだけならいつも通りの日常で済んだのだけど、ここでイレギュラーが起きた。
「つまんないことはやめろよ」
と、男子の一人が口を挟んできたのだ。
それがただの男子ならイレギュラーにはならないわけで。
クラスの中でも発言力の高いイケメンさんだったりするらしい。
よく知らないけど。
その男子の一言にクラス男子が賛同した。
イケメンさんのカリスマ恐るべし。
クラスの半分を敵に回した当女子は反撃した。
「何よ。好きなの? 伴之さんか賀茂さんのこと」
と。
子供みたいな言いかえしだ。
子供だけど。
それに答えて男子曰く。
「お前みたいなブスよりマシだ」
その言葉に男子の全員が腹を抱えて笑った。
姫百合ちゃんに醜女と言われ、今度はクラスの男子全員にブスと笑われ、当女子のプライドは修復不能なまでに砕かれた。
結果、
「こうなった……だよ」
私は泣いている当女子を見つめながら呟いた。
「自業自得だね」
それは姫百合ちゃんの言葉。
「心底くだらないですわ」
興味無さ気にプリムラちゃん。
泣いている当女子のとりまきさん達が私の席を囲んだ。
なんだ、と思う私に、当女子のとりまきさん達は頭を下げた。
「ごめんなさい伴之さん」
「私たちも好きでいじめてたわけじゃないの」
「全部あいつが悪いの」
あいつ、というのは泣いている当女子のことだろう。
「だからごめんなさい」
そう頭をさげる元当女子のとりまきさん達。
「なんでよ!」
叫ぶように当女子が言う。
名も知らぬいじめっ子。
当女子は叫ぶ。
「そいつはお化けが見えるなんて言って、気持ち悪い奴じゃない! なんでそんな奴の味方をするのよ!」
ああ、それは……なんて真実。
けどそんな真実を嘲弄するクラスメイトの男子。
「それでもお前みたいなブスよりマシだけどな」
その一言に男子全員が爆笑する。
当女子のとりまき達もクスクスと笑う。
既に趨勢は決していた。
私をいじめていたいじめっ子がいじめられる側へと逆転していた。
「お前のせいだ……」
泣くのを止めた当女子がそう呟いた。
「お前のせいだ、お前のせいだ……」
チキチキとカッターを握って刃を伸ばす当女子。
ギョッとするクラスメイト達。
「お前のせいだ!」
激昂して当女子は私に向かってカッターを振りかざして襲い掛かってきた。
「っ!」
いきなりの凶行に体が硬直する私。
そんな私と当女子との間に姫百合ちゃんが割って入った。
当女子がカッターで威嚇しながら叫ぶ。
「どけぇぇ!」
「ふっ!」
対して姫百合ちゃんは呼気を一つ吐くと、柳生新陰流の奥義、無刀取りを実行してのけた。
そして取り上げたカッターを当女子の首元に突き付ける。
「逆恨みは見苦しいですよ」
「っ!」
言葉もないと言った様子で絶句する当女子。
姫百合ちゃんはカッターの刃を収納してストッパーで止めると当女子に返した。
それから私のほうへと振り向くと、私のおとがいを持って優しく尋ねた。
「怪我はないかい、もみじさん?」
「うん。姫百合ちゃんのおかげで……」
おとがいを持たれてドキドキしちゃう私。
危うく姫百合お姉様とでも言ってしまいそうな雰囲気だ。
「何してますの! もみじさん!」
私から姫百合ちゃんを……いや、姫百合ちゃんから私を引きはがしたのはプリムラちゃんだった。
「何してるって……何もしてないよ?」
「お姉様と仲睦まじくされていたでしょう!」
「いや、それは……」
「プリムラ、私がやったことだよ。批判があるなら私にどうぞ」
「いえ、お姉様に批判なんて……」
怖気づくプリムラちゃん。
と、
「私を無視して! 馬鹿にしてるの!」
当女子がカッターの刃を出して威嚇した。
プリムラちゃんが「はぁ」とため息をついて、人差し指を当女子の額に向けると、
「黙りなさい」
フィンの一撃を撃った。
当女子の額に霊力の一撃が入る。
そのまま脳震盪を起こして倒れる当女子。
こうして朝の騒動は収束した。
「はい皆さんおはようございます。ってあれ……? 何かあったの?」
蕪先生が教室に入ってきた。
当女子が脳震盪を起こして倒れたことだけを蕪先生に伝えて、当女子を保健室へ連れていくクラスメイト。
事を荒立てることを嫌う蕪先生はそんな諸事に気にせず朝のホームルームを始める。
「それではまたまた新しいお友達を紹介します。入ってきてください」
「はい」
入ってきたのは当然ながらエヴァちゃんだった。
黄金の髪はセミロングで、後方でリボンによって纏められている。
目鼻立ちは整っており姫百合ちゃんにもプリムラちゃんにも負けないくらいの美人だ。
ついでに中条小学校の制服を身に纏っている。
男子がその美貌にどよめく。
まぁ一昨日から日本人形みたいに綺麗な姫百合ちゃん、ついで白いロングヘアーの妖精と見まごうプリムラちゃん、さらについで金髪碧眼の美人エヴァちゃんが転入してきたのだ。
どよめかない方がおかしいというものだ。
「エヴァンジェリン=フラクタルです。エヴァって呼んでください。好きなものは伴之もみじ君です。以後、よろしくお願いします」
ケラケラと笑うエヴァちゃん。
蕪先生が私の後方を指差す。
「じゃあエヴァちゃんはもみじちゃんの後ろの席になりますので」
「アイマム」
エヴァちゃんは私に向かって歩いてくる。
「やはり陰陽寮の計らいで同じクラスになれたね。光栄だよ、もみじ君」
そして私の頬にキスするエヴァちゃん。
「なっ!」
驚いたのは姫百合ちゃんだった。
クラスメイト達もエヴァちゃんのいきなりかつ大胆な行動にざわめきだす。
「エヴァちゃん、だよ」
「なに? もみじ君……」
「あまり人目のあるところでそういうことしないの、だよ」
「はは、でも好きな子にはつばをつけておかないとね」
「…………」
まぁいいか、と私はそれ以上何も言わなかった。
どうせ私の学校での評価は散々だしね。




