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それぞれの群像06

 とりあえず帰宅した夜の午前三時。

「蕪纏だ?」

「ええ」

 お兄ちゃんの疑問に頷く姫百合ちゃん。

「分霊にして既に下級の鬼に匹敵する霊力を持っていました。本体の霊力たるや想像を絶するものでしょう」

「蕪纏……ねぇ。聞いたことあるな」

「知っているのですか!」

「いや、記憶の端に残っている程度だ。だいたいどこで覚えたかも思い出せん」

「当の本人は自分を祟り神と言っていましたが……」

 ふむん、と姫百合ちゃんが一息つく。

「もしよろしければ蕪纏について陰陽寮で調べてもらいたいのですが……」

「まぁわかったよ。資料庫をあたってみよう。もしかしたら何かわかるかもしれんしな」

「よろしくお願いします」

 お兄ちゃんに一礼する姫百合ちゃん。

「しかし人霊にしてそこまでの霊力を持つことが可能かね?」

「たしかにそれは……不思議ですね」

 くねりと首を傾げるお兄ちゃんと姫百合ちゃん。

 そんな二人を横目に私は、

「くあ……だよ」

 大きくあくびをした。

「お兄ちゃん、姫百合ちゃん、今日のところはお開きにしない、だよ?」

「そうだな。今のところ鬼も動いていないようだし今日はもう寝るか」

「うんうん。それがいい、だよ」

 私はソファから立ち上がった。

 ついでお兄ちゃんと姫百合ちゃんも立ち上がる。

 階段を通じて二階へと上り、お兄ちゃんは自分の部屋へと入っていった。

 私と姫百合ちゃんは私の部屋に入って、それから私たちは私の部屋にある一つだけのベッドに潜り込む。

 ベッドに横付けされている棺桶にはエヴァちゃんが寝ているはずだ。

「どうでもいいことだけどプリムラちゃんを一人にしていいの、だよ?」

「いいさ」

「(後で怒られそう、だよ)」

「何か言ったかい? もみじさん……」

「なんでもないよ、だよ」

 私は笑って誤魔化した。

「もみじさんは……」

「なに、だよ?」

「もみじさんは夢の中で私をどれだけ知ったんだい?」

『この鬼退治が終わったら……私の懺悔を聞いてくれるかい?』

 夜空の箒の上……その姫百合ちゃんを想起させる。

 だからなるたけ私は正確に夢の内容を思い出す。

 首のない遺体を抱きながら泣いていた姫百合ちゃん。

 そのそばに転がっている男の頭。

 それが何を意味するのかも知らずに。

 一つのベッドの中私と姫百合ちゃんは向かい合って寝転んでいる。

 電気を消しているので部屋の中は暗いけど姫百合ちゃんの視線は感じる。

「結論から言うとね。その遺体は私のお父様のものなんだ……」

「え……だよ……?」

 私は言葉を失った。

「切ったのは私だ」

「…………」

 切った?

 自分の父を?

 姫百合ちゃんが?

「事の初めから話そうか。私はもともと賀茂氏ではなく源氏の家の子どもなんだ」

「…………」

 つまり元々は賀茂姫百合ではなく源姫百合ということなのだろう。

「といっても私は妾の子でね。扱いは散々なものだった。本家の人たちからは暴行を受ける毎日だったよ」

「暴行って……どっちの……だよ?」

「どっちも……だよ」

 ああ……それはなんて……。

「私のお父様とお母様は愛し合っていた。あるいはお父様の正室以上にね。それ故に源氏での私とお母様の待遇は決してよくはなかった。排斥に排斥を重ねたような扱いだった」

「…………」

「姫百合の花言葉を知っているかい?」

「知らないけど、だよ」

「それはね。強さ、だよ」

「強さ……だよ……」

「そう。強さだ。そして私はその通りに育てられた。鬼切として刀を持って現身の鬼を切る技術を叩きこまれた」

「…………」

「源氏には優秀な鬼切の跡継ぎはいたけど禍福は糾える縄の如しだ。私はスペアとしての鬼切となれるよう訓練をつまされた。その裏で排斥を受け続けながらね」

「…………」

「辛い日々だったが悲しくはなかった。お父様が私を愛してくれたからね。正室の女がいないところではお父様は良き父として振る舞ってくれた。お母様と私を大事にしてくれた。私はそれだけでよかった。それだけで御家の排斥も鬼切の訓練も辛くはなかった」

「…………」

「けれど事件が起きた。お父様が魂を鬼に乗っ取られたんだ。源氏の当主たるお父様が鬼に魂を乗っ取られる。そしてお父様はお母様を食い殺した」

「っ……!」

「状況は惨憺たるものだった。源氏の元当主であるお父様の不覚。それを切らねばならない鬼切の務め。伝承者である正室の子どもではお父様の相手にならなかった」

「…………」

「だから……私が切った」

「そんな……だよ……」

「私は今度こそ文字通り排斥された。父を切った不吉。伝承者である正室の子を超える鬼切としての能力。その二つを持って私は排斥の憂き目にあった。残ったのは父切と呼び変えられた童子切安綱の影打だけだった。父切を持って、私は天涯孤独の身となった」

「…………」

「その後は陰陽寮……賀茂氏に引き取られて凶都に来た。それが……」

「っ……!」

 私はそれ以上聞いてられず姫百合ちゃんを抱きしめた。

「もういい……! もういいよ、だよ……!」

「もみじさん……泣いているのかい?」

「だって……だって……だよ……!」

「こんなどうしようもない私のためにもみじさんは泣いてくれるんだね……」

「だって……悲しすぎるよ。そんなのってないよ……だよ……!」

「理由はどうあれ父を切ったのは私だ。同情にも値しないよ」

「でも姫百合ちゃんはお父さんを殺したくなかったんでしょう、だよ」

「それは……」

「そんな平然としないでよ。姫百合ちゃんは本当にお父さんを切りたかったの、だよ?」

「そんなこと……!」

「あるわけない。当然だよ。そんなこと許されるはずがないもの、だよ」

「だから私は……」

「違うの。姫百合ちゃんは罪の意識なんか持たなくていいの。そんなことをするくらいなら運命の神様を呪ってほしいんだよ」

「そんな無責任なこと、私にはできないよ」

「姫百合ちゃんは優しすぎるよ。その優しさゆえに自分を押し潰さないで……だよ」

「だって……! 私は……!」

「お父さんのことが大好きだったんだよね、だよ?」

「好きだったよ! そうさ。惜しみない愛情を注いでくれたお父様が好きで……好きで……っ! う……うう……!」

 私の胸の中で泣き出す姫百合ちゃん。

 それはとても愛おしい涙だ。

「姫百合ちゃん……」

「もみじさん……! 私は……! 私は!」

「うん。わかってるよ。姫百合ちゃんは頑張ったね」

「頑張ったよ。私、頑張ったよ……」

「うん、わかってるよ。姫百合ちゃんは頑張ったよ。それは誰にも否定させない、だよ」

「ありがとう……! ありがとう……もみじさん……!」

「うん、だよ」

 私はぎゅっと姫百合ちゃんを強く抱きしめた。

「うう……う……父様……母様……」

 姫百合ちゃんは私の胸の中でいつまでもいつまでも泣き続けた。

 私はそんな姫百合ちゃんを泣き果てるまで抱きしめ続けた。

 涙が枯れるまで泣き続け、そして枯れた後、姫百合ちゃんは私の胸から離れた。

「もみじさん……君は何でそんなに私の事を?」

「なんのこと?」

「いや、いいんだ。自覚なくそれを行なっているというのならそれは尊いことなんだ」

「うん……? だよ」

「もみじさん、君はなんて優しいんだろうね」

「優しい? 私が……だよ……?」

「そうとも。もみじさんは私がただいまって言ったらおかえりって返してくれたよね」

「それはまぁ」

 当然じゃないかな?

「私がその言葉にどれほどの喜びを得たか、君はわかっていないだろう?」

「え、だよ……?」

「いってきますのチューもしてくれたね。それがどれだけ私を救ってくれたか、君は理解していないだろう?」

「はぁ、だよ……」

 そんな当然ことをあげつらえられても。

「嬉しかったよ。私を認めてくれて。私を肯定してくれて。排斥されるのが常だった私にはまるで必要とされているみたいでとても嬉しかったんだよ?」

「そう……なの……だよ……?」

「よかった。優しい君でいてくれて。私の救いになってくれて。とても返せないほどの恩だけど、それでも君が味方でいてくれて……」

 嬉しかったよ、と言って姫百合ちゃんは私のベッドから抜け出た。

 私のベッドから這い出て、それから立ち上がる姫百合ちゃん。

「じゃあ懺悔も済んだし私はもう部屋に戻るよ」

「そっか、だよ……」

「もみじさん。また明日も行ってきますのチューをしてくれるかい?」

「…………」

 私は答えず、ベッドの傍に立っている姫百合ちゃんの腕を引いた。

「っ……!」

 バランスを崩した姫百合ちゃんに私はチューをした。

 一秒、二秒、三秒。

 そして私は唇を姫百合ちゃんの唇から離す。

「おやすみ、姫百合ちゃん。良い夢を」

「……っ! おやすみなさい、もみじさん。君も良い夢を」

 そして懺悔の済んだ姫百合ちゃんは自分の部屋へと戻っていった。

 私はゆっくり目を閉じた。

 眠るまで、さほどの時間を要しなかった。

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