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それぞれの群像05

「ごめん。変なことを聞いたね。忘れていいよ、だよ」

「合っているよ」

「え、だよ……?」

「君の見た夢は過去の私の郷愁だ。私はたしかに大切な人を切ったんだよ」

「…………」

 言葉を見つけられなかった私に、姫百合ちゃんは言った。

「この鬼退治が終わったら……私の懺悔を聞いてくれるかい?」

「うん。いいよ、だよ……」

 他に答えようもなく私。

 と、

「何を二人で話し合っているんですの?」

 箒をこちらに近づけながらプリムラちゃんが尋ねてくる。

「なんでもない、だよ」

「まぁいいですけれど。それよりお姉様、高い魔力を感じますわ。近いですわよ」

 視線を下に広がる都会に向けるプリムラちゃん。

 姫百合ちゃんが聞く。

「プリムラ、詳しい場所はわかるかい?」

「ええ、まぁ。結界も張っていませんし、下級の鬼みたいですわね」

「それよりどうやって降りるの? 普通に降りたら明日の朝刊に載っちゃうよ、だよ」

 なにせ空飛ぶ箒に乗っているのだ。

 夜空で目立たないからここまで誰にも見つからなかっただけで、さすがに高度を落とせば民衆の興味の対象になるのは目に見えている。

「大丈夫ですわ。鬼が潜んでいるのはあそこの……」

 といってプリムラちゃんは一際大きいビルを指差す。

「あのビルとビルとの間の袋小路ですの。そこに降りればいいのですわ」

「なるほどだよ」

 プリムラちゃんの指し示したビルとビルの隙間へと箒を飛ばす私とプリムラちゃん。

 袋小路は街灯が届かない闇の領域だった。

 そのどこまでも見えない闇にゴクリと唾をのむ私。

「では私が先行するよ」

 童子切安綱を握って姫百合ちゃんがそう言うと、私の空飛ぶ箒から飛び降りた。

「ちょ! まっ!」

 制止しようとした私の言葉も聞かずに落下する姫百合ちゃん。

 姫百合ちゃんは隣り合っているビルの側面を交互に蹴りながら、闇の中へと落ちていった。

「では僕も」

 ついでエヴァちゃんがプリムラちゃんの箒から飛び降りた。

「わたくしたちも行きますわよ」

 プリムラちゃんが自前の箒から飛び降りた。

「はぁもう無茶苦茶だよ……」

 私は霊力でできた魔法の箒を雲散霧消させた。

 同時に地球の重力に引かれて落下を開始する。

 そのまま暗い闇の中へ落ちていく。

 そして着地。

「…………」

 しばらくすると目も暗闇に慣れてきた。

 近くに姫百合ちゃんとプリムラちゃんとエヴァちゃんがいるのを確認してから、私はそれを見た。

「ほほほ、鬼退治の輩かえ? しかし少しばかり遅かったのう。既にこやつらの生気は堪能したわいな」

 暗闇にぼんやりと光る鬼の姿を。

 少女だった。

 私たちより幼く、そして十二単のような豪奢な着物を着た少女が件の鬼だった。

 体は半透明で幽霊であることが窺い知れる。

 幽霊ゆえにふわふわと浮かんでいる。

 そして、鬼の足元にはやせ細って倒れている数人の人間がいた。

 彼らが皆一様に死んでいるのは明らかだった。

 私は昨日のニュースを思い出す。

 やせ細って死んでいる遺体が発見されたというニュース。

 そして今、目の前にやせ細った死体を転がして浮いている鬼がいる。

「あなたがやったの、だよ……」

「ふむ、なんのことかや?」

「そこの死体、あなたが作ったの、だよ」

「ああ」

「じゃあ昨日も同じことをしたの、だよ」

「ああ、生気を吸って殺した。現世に出るのも久方ぶりでのう。つい食欲につられてしまう」

 私は言葉を止めない。

「あなたはいったい……だよ……」

「ふむ、名乗ったところで皆目わかるまいが、答えてやるのも世の情け、か。わらわは蕪纏かぶらのまとい。姉様の守霊たる悲劇の姫にして祟り神よ」

「かぶらのまとい……だよ……?」

「そう、蕪纏よ」

 蕪纏が頷いた瞬間、


 ドロリ


 と、泥濘に身を浸すような感覚が私を襲った。

 結界だ。

 見ればエヴァちゃんが霊力を放出していた。

 ということはつまりこの結界はエヴァちゃんの創ったモノなのだろう。

 結界は私たちと蕪纏を取り込み、現実世界と隔絶した。

 蕪纏の足元に転がった遺体もいつのまにか消えていた。

 いや、厳密に言えば消えたのは私たちなのだけど。

「なんのつもりかえ? 吸血鬼……」

「人目につかない方が戦いやすいと思ってね」

「戦いに……なればよかろうがのう」

 蕪纏はケケケと笑った。

「吸血鬼には霊体に抵抗できる術があったかえ?」

「僕には無いね」

「無いの、だよ?」

 聞く私に、

「僕の武器は握力と空間歪曲だけだ。どちらも霊体には効果的じゃない」

「…………」

「わたくしもパスですわ」

「ええっ、プリムラちゃんまで、だよ!」

「わたくしの魔神召喚も受肉させることで現世に顕現する術ですの。霊体は相手にできませんわ」

「…………」

 言葉もない私の前で、ケケケと蕪纏が笑った。

「見ればそちらの鬼切も霊刀を所持しているということは現身を切ることに特化した輩のよう。霊体相手には分が悪かろうのう」

 だけど、

「なめるなよ、鬼」

 姫百合ちゃんはヒョウと呼ばれる中国の短刀を取り出すと霊符を貫いて蕪纏へと投げつけた。

「っ!」

 驚愕しながらもそれを避ける蕪纏。

「霊体を相手取ることは多々ある。何の策も無しに鬼の前に立つと思うか」

「霊体用の呪符……そんなものを持っていたとはのう……」

「しかもこれは土御門の先生が創った特別製だ。霊体と言えど……いや霊体こそ無事には済まないよ」

 第二投をしようとした姫百合ちゃんを私は止める。

「もみじさん、何故止めるんだい?」

「蕪纏に聞きたいことがあるからだよ」

「ほほ、わらわに聞きたいこととな?」

「何で人を殺すの、だよ?」

「教える義理は無かろうな。あえて言うなればわらわがそういうモノだからよ」

「…………」

「さてはわれ悪逆無道の臣に従って、善政有徳の君を背きたてまつりける事、天罰遁るるところ無かりけり……とでも言えば満足かや?」

「そんな気休め、いらないよ、だよ」

「もういいだろう、もみじさん。鬼に殺人や食人の是非を問うのは無意味なことだ」

 霊符の刺さったヒョウを投げる姫百合ちゃん。

 そのヒョウは蕪纏へと突き刺さり、

「急々に律令の如く散れ」

 霊符が蕪纏の霊体を滅ぼす。

 しかし、滅びゆく中で蕪纏は笑って見せた。

「ほほ、無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ。わらわの器はここには無いゆえ。祟り殺されぬよう気を付けることじゃ」

 蕪纏は消え失せた。

 姫百合ちゃんが舌打ちする。

「ちっ! 分霊わけみたまか!」

「わけみたま……って何……だよ?」

「あいつは器と言った。つまり本体は別の何かなんだよ。さっきのあれは分け身とか分霊と言って一つの身代わりみたいなものなのさ。例えるなら煮立つ鍋から出る湯気みたいなもので、倒し続ければ鍋の中の湯もなくなるだろうけど……そんなことするより鍋見つけて根こそぎにした方が楽で早いんだよ」

「つまり……まだ蕪纏を倒していないってことだよ?」

「そういうことだね」

 悔しげに姫百合ちゃん。

 それにしても分霊か。

 本体はどんなのだろう?

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