それぞれの群像04
「う……ううっ……」
少女が泣いていた。
黒の長髪、日本人形のように整った……しかし幼い顔立ち。
ああ、これは夢だ。
私はそう悟った。
明晰夢、というやつだ。
「うう……うううっ……」
夢の中で少女は涙をこぼしていた。
泣きながら抱いているの人型。
ただし一部欠損あり。
頭部がない。
そして首から大量の血を噴きだしている。
それが首のない死体であることは見て取れた。
肝心の頭は……見ればそこらへんに転がっていた。
そしてその死体を抱いているのは……姫百合ちゃんに相違ない。
何故こんな夢を?
わからない。
首のない遺体を抱いている姫百合ちゃんがこっちを見た。
そして言う。
「もみじさん、もみじさん、起きてください」
「え……だよ……?」
「もみじさん、もみじさん、起きてください」
「何を言ってるの、だよ……」
ガツンと衝撃が走る。
「ぴぎゅ!」
いきなりのインパクトに奇声をあげながら私は覚醒した。
ベッドから起き上がって状況を確認すると、私を殴ったのだろう拳を固めたお兄ちゃんと、それから寝間着姿の姫百合ちゃんとプリムラちゃんとエヴァちゃんがいた。
「あれ……なんで皆勢揃い、だよ?」
疑問を口にしながら時計を確認する。
現在午前二時半。
草木も眠る丑三つ時。
「まだ朝じゃないよ、だよ」
「そんなことはわかっていますわ」
呆れた様子でプリムラちゃん。
重ねるように言葉を紡ぐ姫百合ちゃん。
「こんな時間に起こして申し訳ない。だが鬼退治の時間だ。起こさないわけにはいかなかったのさ。すまないね、もみじさん」
「鬼退治……だよ?」
「そう。鬼退治だ」
姫百合ちゃんはしっかと頷く。
その後にお兄ちゃんが言葉を重ねる。
「鬼が悪さをしている。それを退治せねばならない。わかるか? もみじ……。っていうか、わかれ」
「でもそんなのどうやってわかったの、だよ?」
「俺の能力だ。それ以上は聞くな」
「はぁ、だよ」
首を傾げる私に、エヴァちゃんが言う。
「ま、このメンツなら並大抵の鬼なんか赤子の手を捻るようなものだ。気楽に行こう、もみじ君」
「はぁ、だよ」
そろそろ目も覚めてきた。
「つまりこの丑三つ時に鬼が暴れているからそれを懲らしめようってことだよ?」
「そういうことだね」
私の疑問に頷く姫百合ちゃん。
「じゃ、行くよ」
「行くよって……私パジャマなんだけどな、だよ」
「どうせ変身したら服装なんて関係ない。構わない話だよ、もみじさん」
それもそうか。
月の出ている夜。
まだ四月も上旬の今日この頃。
花有り月無ければ恨み茫茫。月有り花無ければ恨み轉長し。花美人に似て月鏡に臨み。月明水の如く花香を照らす、といったところだろうか。
通学路の桜の花道を月光の下歩くのは風流な気がする。
まぁそんな妄想妄言はともかく。
私と姫百合ちゃんとプリムラちゃんとエヴァちゃんは寝巻のまま、まだ肌寒い夜の中に身を置いた。
「ではいくよ」
霊符を袖から取り出す姫百合ちゃん。
その霊符に霊力を込めて言葉を紡ぐ。
「急々如律令」
次の瞬間、姫百合ちゃんの衣服が光の粒子へと変わり、それは光の帯へと変わり、そして姫百合ちゃんの体を取り巻くと巫女服に似た戦装束に変わる。
次はプリムラちゃんだった。
「テトラグラマトン」
そうプリムラちゃんが呟くと同時にプリムラちゃんの衣服が光の粒子へと変わり、それは光の帯へと変わり、そしてプリムラちゃんの体を取り巻くと真っ黒いローブとなった。
所々に血を連想するような毒々しい赤色の線が蔦状の模様として入っている。
そしてその模様は心なしかドクンドクンと脈打っているように見えた。
残った光の帯がプリムラちゃんの頭部に纏わりつくと魔女がかぶるようなつばが広く黒い三角帽になった。
ペンタグラムのペンダントのついた首飾りを装着してプリムラちゃんの変身が終わった。
その次はエヴァちゃんだった。
「血と薔薇の契約よ。僕に力を」
そうエヴァちゃんが呟くと同時にエヴァちゃんの衣服が光の粒子へと変わり、それは光の帯へと変わり、そしてエヴァちゃんの体を取り巻くと喪服のスーツになった。
最後は私だ。
自らの魂より溢れる霊力を万能の陰陽具トゥインクルスターに込める。
「お願いだよトゥインクルスター……、変身!」
そう私が呟くと、私の衣服が光の粒子へと変わり、それは光の帯へと変わり、そして私の体を取り巻くと中条小学校の制服によく似た戦装束になった。
これで全員が戦装束になった。
「さて、それでは行こうか」
「お待ちくださいましお姉様」
「何だい?」
「どうせですから飛んでいきましょう? その方が早くつきますよ」
「しかし私は飛翔の異能はもっていないのだがね」
「大丈夫ですわ。こんなこともあろうかと……」
パチンとプリムラちゃんが指を鳴らした。
同時に我が家の二階、姫百合ちゃんとプリムラちゃんの部屋の窓から箒が飛んできた。
飛んできた箒を手に取って華麗に笑うプリムラちゃん。
「空飛ぶ箒を持っていますから。二人乗りまで可能ですわ」
「僕ともみじ君はどうするんだい?」
そんなエヴァちゃんの当然の疑問をプリムラちゃんは鼻で笑った。
「地面に這いつくばって追いつきなさいな」
「ここで殺されたいのかい? メイザースのお嬢さん……」
「あら、やるんですの? 今度は手加減しませんわよ」
そんな二人の緊迫感あふれる応酬に関知せず、私は言った。
「それ、いいね、だよ……」
「はい?」
何をいきなり、とばかりに首を傾げたプリムラちゃんを無視して、私はトゥインクルスターに霊力を込める。
木を司る薬指の環……青竜を中心に各々の指輪群に霊力を与える。
そして願う。
「お願い、トゥインクルスター……空飛ぶ箒を出して、だよ」
そして顕現。
私の手には霊力の通った箒が握られていた。
「なっ!」
プリムラちゃんが驚く。
「へぇ……」
エヴァちゃんが呟く。
「なるほど……ね」
姫百合ちゃんが得心する。
私は笑った。
「これも二人乗りだから皆で飛べるね、だよ」
「そういうことなら話は早い。僕はもみじ君の箒に乗せてもらおう」
そんなエヴァちゃんに、
「あ、ちょっと待ってだよ」
私は待ったをかけた。
「どうしたんだい? もみじ君……」
「よければ私、今日は箒の後ろに姫百合ちゃんを乗せたいな」
「お姉様を? それはわたくしへの挑戦と受け取ってよろしいのね」
「あう。別にそんなつもりじゃないけど、だよ……」
プリムラちゃんの言葉に尻込みする私に、
「いいよ。私はもみじさんの箒に乗ろう」
涼やかに笑って姫百合ちゃん。
「けれどなんで私と何だい? もみじさん……」
箒に乗って月夜の空を飛ぶ私と姫百合ちゃん。
その隣では、とは言っても五メートルは離れているからこちらの会話など聞こえようもないだろうけど、プリムラちゃんとエヴァちゃんがムスッとし合いながら箒で飛んでいる。
「うん、ちょっとね……だよ……」
私は私の箒の後ろに腰を掛けている姫百合ちゃんの体温を感じながら言葉を濁した。
「何か聞きにくいことかい?」
「うん、まぁ、だよ」
星々のシンチレーションを眺めながら霊力を箒に注ぎ続ける私。
ため息を一回。
深呼吸を一回。
そして言葉にする。
「姫百合ちゃんは、鬼じゃなくて人を切ったことはあるの、だよ?」
「…………」
「あ、ごめん……変なこと言って、だよ……」
「何故……そんなことを……?」
そう尋ねる姫百合ちゃんに、私はさっきまで見ていた夢の内容を伝えた。
姫百合ちゃんが首のない遺体を抱いて嗚咽を漏らしていたこと。
まるで……そう、まるで大切な人を切ったかのような構図だったこと。
「…………」
姫百合ちゃんは無言に徹した。




