それぞれの群像03
「で?」
「で、だよ?」
「なんでわたくしがあなたなんかと風呂を一緒にせねばならないのです?」
「私が一緒に入りたかったから、じゃ駄目、だよ?」
私は湯船に肩までつかる。
プリムラちゃんはシャワーを浴びながら手で純白のロングヘアーを梳いていた。
「わたくしはお姉様とともに風呂とサウナをご一緒したかったですのに」
「うちにサウナはないよ、だよ」
「所詮一般宅と言ったところですわね」
ふん、と鼻を鳴らすプリムラちゃん。
「そうそう、今夜の食事も常識知らずでしたわ。一つの器を全員でつつくなんて……」
「ええ……もつ鍋、美味しくなかった、だよ?」
「…………」
黙るプリムラちゃん。
「よかった。美味しかったんだね、だよ」
「ええ、まぁ、わたくしとしましてもあのような下品な会合に参加するのは不本意ではありますけど、料理の美味しさには文句のつけようがありませんわ」
「お兄ちゃんの料理美味しいからね。気を付けないと体重の問題が、だよ」
「それは大丈夫ですわ。わたくし、太らない体質ですので」
「うわ、ずるいだよ……」
「生まれに恵まれていると言ってもらいたいものですわね」
「いいなぁ、だよ」
私なんか毎日体重計に乗っては一喜一憂しているというのに。
「…………」
私は湯船につかったままじとーっとプリムラちゃんの体の一部を睨む。
「なんですの? 人の胸なんか見て……」
「いや、プリムラちゃんも胸は小さいんだなぁなんて……だよ」
「もしかしてわたくし喧嘩を売られてます?」
「いやいや。そういうわけじゃ。むしろ安心したかも。姫百合ちゃんは胸があるから羨ましいなぁなんて思っただけだよ」
「あなた! お姉様の胸を見たんですの! わたくしでさえいまだ至れていないアヴァロンにあなたは土足で踏み入ったんですの!」
プリムラちゃんがシャワーを止めて私に向かって激昂した。
「いや、見たわけじゃ。でも制服越しにふにっとした感触があったから姫百合ちゃんにはおっぱいがあるんだなぁって……だよ……」
言いながら私は自分の無い胸を揉む。
成長期はこれからだとわかってはいても他人に先を越されては焦るしかない。
「その点プリムラちゃんもまだまだみたいだから仲間意識が芽生えるかも、だよ」
「……お姉様のおっぱい。明日こそお姉様とお風呂をともにせねば……」
何やら物騒なことを呟きながらシャワーを再開するプリムラちゃん。
「ところで、だよ」
「なんでしょう? シャンプーはこれでいいんですの?」
「そっちはリンス。シャンプーはそっちだよ」
シャンプーを指差す私。
プリムラちゃんはシャンプーを白髪に塗って髪を洗いだす。
「ところで、プリムラちゃんは何で日本に来たの、だよ」
「昼も説明したでしょう」
「えっと魔王に指定されたから、だよ?」
「その通りですわ」
「それは取り消すことはできないんだよ?」
「基本的にできませんわね」
「それは……さみしいね、だよ」
「何がさみしいんですの?」
「だって……ええと、メイザース家だっけ? それに戻れないってこと、だよ」
「まぁそうですわね」
「お父さんとお母さんにも会えないってことだよ」
「は! 何をいまさら、ですわ」
「え? だよ……」
シャンプーを長い白髪になじませながらプリムラちゃんは皮肉気な笑みを浮かべた。
「そも、わたくしを魔王に指定したのはお父様ですのに」
「そんな……だよ……」
私は二の句が継げなかった。
「何をそんなに驚いているのです」
「だって、実の父親が……そんな……だよ……」
「そんなことするわけがないって? それはどこの世界の常識かしら?」
「…………」
「マザー=テレサは言いましたわ。世界平和のために何ができるかですって。家へ帰って、あなたの家族を愛しなさい……とね。わたくしにしてみれば一笑に付す対象ですけど。実の父親がわたくしの才能を恐れて教会協会に私を魔王に指定せしめた。それは事実ですわ。いまさらどうのと言っても始まりませんわ」
「なんでそんな不条理がまかり通るの……だよ……」
「魔術師なんて自分本位の存在ですからね。ねぇもみじさん、魔王器という言葉はご存じかしら?」
「魔王器?」
どこかで聞いたような……。
「平たく言えば魔力を応用するメモリが極端に深い者を指す言葉ですわ。わたくしはその魔王器なんですの」
あ、そう言えばお兄ちゃんが「だが時に魔王の魂すらも受け入れ自我を保っていられるほどの膨大なメモリを持つ御器が存在する。これを指して《魔王器》と言う」とかなんとか言っていたような。
「プリムラちゃんが魔王器、だよ?」
「ええ。通常、異能者は自分が習得できる技術のメモリ限界がありますの。たとえば陰陽師なら退魔、生剋、卜占、風水、天文などのスキルがありますけど全てを完全に習得することはできませんわ。何かのスキルが突出すればそれ以外のスキルがおろそかになりますの」
「…………」
「ソロモンの秘術にも同じことが言えますの。一人の魔術師が契約および受肉できる魔神は多くても三柱が限度ですの。才能がなければ一柱の喚起もできませんわ。それをわたくしは七十二柱の魔神全てと契約、受肉させることができる。無論、それ相応の魔力を消費させられますがね。ともあれ、たとえ実の父親といえど警戒するのは当然かと……」
言いながらシャンプーを洗い落とすプリムラちゃん。
長い髪を鬱陶しげに後ろにやって、それから私を見る。
「何を泣いているんですの、あなたは……」
涙を流す私をプリムラちゃんは不思議そうに見つめる。
「だって、寂しいよ。自分の父親に裏切られるなんて……だよ……」
「無能の無能による天才の排斥なんて慣れてますわ。あなたが泣くことはないでしょう?」
「だって……! だって……だよ……!」
私は今まで友達に裏切られてきた。
虐められてきた。
でも親にまで排斥されたことはない。
そんな、そんなの……悲しすぎる。
「なんだかわかりませんけど……もみじさんはわたくしのために泣いてくださっているのね」
「ちがうよ。プリムラちゃんの代わりに泣いているんだよ」
「わたくしの代わり? それは異なことを。わたくしは涙など欠片も必要としていませんわよ?」
「そんなことないよ。実の父親に裏切られて悲しかったはずだよ。悔しかったはずだよ」
「いいえ。一片も」
「もしそう感じないとするなら、それは防衛機制の抑圧によるものだよ」
「失礼な評価ですわ」
ムッとするプリムラちゃん。
「自分以外は全て敵。あなたはそんな境遇がわからないからそう言えるだけですわ」
「わかるもん。私もプリムラちゃんほどじゃないけど……鬼が見えることで周りから排斥を受けてきたもん。あれを実の親にやられるなんて……プリムラちゃん、可哀想だよ」
「下手な同情ですのね」
「同情じゃない、だよ」
「そう? ならいいのですけど」
プリムラちゃんは体を洗い出す。
「でも、そうですわね。そう言ってもらえるのも悪い気はしませんわね」
「え? だよ……」
「今こうしてあなたやお姉様と一緒にいられるのですから、わたくしの幸福も捨てたものではないということですわ」
「プリムラちゃん……だよ……」
「あなたが下手なりにわたくしのことを慮っているのはわかりますわ。きっとそれは無下にできないものですのね。それにお姉様もいますし。それでいいんじゃないかしら」
「…………」
「だから、あなたは泣かなくてもよろしいの。私は過去の不幸より今の幸せを感じて生き続けたいのだから。あなたの流している涙はそんな私を侮辱する涙ですわ」
「ご、ごめん……っ! だよ……」
「いいんですけどね。別にお涙頂戴の話をしたわけじゃないのに泣かれてもこっちが困ってしまいますの」
「ごめんなさいだよ……」
私は目をゴシゴシとこすって涙を拭く。
プリムラちゃんがふと吐息をついた。
「これ以上は不毛ですから話を変えましょうか」
「うん、だよ……」
「他に何か聞きたいことは?」
「そうだね。じゃあ何でプリムラちゃんは姫百合ちゃんをお姉様なんて呼んでるの?」
「あー……そうですわね。それはまだお姉様が賀茂氏ではなく源氏だった頃の話になるのですけれど……スルトスタンプと呼ばれる魔術師の討伐の際に……」
「ふんふん、だよ……」
プリムラちゃんは、いかにかっこよく姫百合ちゃんがスルトスタンプと戦ったかを熱弁してくれた。
話すほど興奮していくプリムラちゃんは、まるで幼い子供の様にも思えた。
子供なんですけどね。




