魔女と吸血鬼07
私と姫百合ちゃんとプリムラちゃんは揃って早退した。
そのままエヴァちゃんを連れてタクシーに乗って陰陽寮へ。
着いた先は凶都の鬼門に八千坪の屋敷を構える陰陽寮。
その正面玄関にあたる門の大きいのなんのって……いや、そんなことを言いたいわけじゃない。
姫百合ちゃんが先導して陰陽寮の門を開けさせ、くぐる。
つづいてプリムラちゃん、私、エヴァちゃんの順に門をくぐる。
出迎えてくれたのは着物を着た綺麗な女性だった。
姫百合ちゃん曰く式神だそうだけど。
そんな式神のお姉さんに連れられて、私たちは大広間に通された。
大広間には人数分だけ座布団が用意されていて、私たちは各々座り込む。
それから五分と経たずに賀茂導行さんが現れる。
「なにやら昨日からドタバタと……けっこうなことです」
笑いながら座布団に座る導行さん。
姫百合ちゃんが座布団に正座したまま礼をする。
「導行様。このようなことに呼び立ててまことに申し訳ございません」
「いいんですよ姫百合殿。そう言えば昨日は何やらドタバタとしていてイギリスから陰陽寮を頼ってきたプリムラ殿を紹介できませんでしたし」
「いえ、それは今日の学び舎にて補完されています」
「うむ。そうなるだろうと思って無理には伝えようとしませんでした。友あり遠方より来たる、という言葉もありますしね」
ふ、と小さく笑いながら導行さん。
「それで? 此度呼び出したのはもみじ殿と聞いておりますが。某にいったい何用でしょうか?」
「はぁ、あのですね……だよ……」
「はい?」
「こちらのエヴァちゃんを……だよ……」
と言ってエヴァちゃんを示して、
「エヴァンジェリン=フラクタルちゃんを陰陽寮に所属させてほしいんです……だよ」
私。
導行さんは、
「……ふむ」
と呟いた後、こう言った。
「しかしそちらのフラクタル殿の霊力をみるにどうも人とは思えないのですが……」
「はい。エヴァちゃんは吸血鬼です、だよ」
「吸血鬼……しかも某が予想するに高位のそれですね」
そんな導行さんの言葉に、エヴァちゃんが一礼する。
「御察しの通り、僕はセカンドヴァンパイアです」
「ほう、セカンドヴァンパイア。それはまた珍しい。それで? もみじ殿……」
「はい、だよ……?」
「何故人を害する鬼を某ら陰陽寮が保護せねばならないのでしょう?」
「エヴァちゃんは人を害したりしません。現に私も姫百合ちゃんもプリムラちゃんもこの通り無事です、だよ」
「しかし昨今凶都ではやせ細った死体が出ています。これは血を抜き取られたか、あるいは生気を抜き取られた者の末路。エヴァさん、これについて何か弁明は?」
「僕はカーミラを祖に持つ吸血鬼です。僕が人を襲って死に至らせなば、その者はサードヴァンパイアとなる理屈。故に昨今の殺人事件に僕は関与しておりません。なにより僕は人を致命傷にさせるほど血を摂取してはおりませぬ」
「しかし人を襲い血を吸うことに違いはありません。もみじ殿、その辺はいかにお考えか……」
「大丈夫です。もしエヴァちゃんを陰陽寮に属させてくれるのならエヴァちゃんが人を襲う理由もありません、だよ」
そんな私の言葉に、
「へえ? それはどういう意味だいもみじ君」
興味深げにエヴァちゃんが食いついた。
導行さんも不思議そうにしている。
「フラクタル殿が人を襲う理由もないと……。何故そのような確信を?」
「これ以降私がエヴァちゃんに血を与えるからです、だよ」
私の言葉に、
「なっ!」
姫百合ちゃんが驚愕した。
エヴァちゃんの方を見るとエヴァちゃんもまた驚愕しているようだった。
「もみじ君、君は何を言っているのかわかっているのかい?」
「わかってるつもりだよエヴァちゃん。そうじゃなきゃこんなこと言わない、だよ」
「僕の一日の吸血量は四リットルを超える。これはだいたい人間一人分の血液量だ。それは即ち僕は対象を一人に定めるなら一日に一人分の血液を吸血している計算になる。当然君一人で賄える量じゃないよ」
「大丈夫だよ」
私は右手にはめられたトゥインクルスターをエヴァちゃんに見せつける。
「血はトゥインクルスターの赤雀がいくらでも作ってくれる。だから私が失血で死ぬことはない、だよ」
「トゥインクルスター……?」
「私の右手にはめられた指輪群のこと。これには五行生剋を司る力があるの、だよ」
そんな私に、
「ははは!」
導行さんが笑った。
「なるほど。それならフラクタル殿が血を吸うために見境なく人を襲う理由はなくなる」
「そのトゥインクルスター? それで血を作ることができるのかい?」
「うん、だよ」
私は頷く。
エヴァちゃんが神妙に頷く。
「なるほど。それなら確かに僕はもみじ君からだけ血を吸えばそれで事足りる……」
「しかし……っ!」
そこに姫百合ちゃんが割って入った。
「もみじさんがそこまでする理由がないでしょう!」
「理由ならあるよ、だよ」
「何を……!」
「人を殺すほどの吸血量に苦しんでるエヴァちゃんを救える。それだけで意味はある、だよ」
「もみじ君……」
導行さんがまとめる。
「つまりこういうことかな? 自分がフラクタル殿の血肉になるから安心して陰陽寮に属させてくれ、と……」
「はい、だよ」
私は頷く。
心臓の鼓動がドクドクと早まる。
「どうか是非……だよ……」
「ふむ……」
導行さんは顎に手を添えて悩むと、
「わかりもうした」
納得してくれた。
「たとえ吸血鬼といえども人を襲わねば鬼とは言えません。その身、陰陽寮にて保護するよう努めましょう」
「あ、ありがとうございます、だよ!」
私はパッと華やいで礼をする。
姫百合ちゃんがおずおずと導行さんに聞く。
「よいのですか? 導行様……」
「よい。既に陰陽寮は第六天魔王波旬の魂を持つ伴之もみじ殿に、魔王に指定されたメイザース嬢を抱えている。吸血鬼の一鬼や二鬼増えたところでそう変わらぬ。それに歴史を辿れば陰陽寮きっての陰陽師安倍晴明も化け狐との愛の子ですしね」
「導行様がそう仰るなら私が言うことは何もありませんが」
「つまり……」
とエヴァちゃんが言う。
「僕の保身を買って出てくれるとの解釈でいいのでしょうか」
「そうだね。その通りだ」
導行さんが頷く。
「僕も陰陽寮の一員ということで……」
「かまわない」
「やった、だよ……!」
私はエヴァちゃんに抱きついた。
「よかった……。これでエヴァちゃんも私の友達だよ……!」
「僕が……もみじ君の友達……?」
「うん、だよ」
「それは……なんて素敵なことだろう」
「これからよろしくね、エヴァちゃん、だよ……!」
私は笑った。
エヴァちゃんも笑った。
導行さんが言う。
「では姫百合殿、もみじ殿とフラクタル殿の監視および警戒、頼みますよ」
「はい、導行様。全霊を以て臨みます故」
一礼する姫百合ちゃん。
導行さんが立ち上がる。
「では私はこれから陰陽頭への報告と事務処理をしてまいります。ああ、そうだ……フラクタル殿」
「はい、なんでしょう?」
「フラクタル殿が通う学校はもみじ殿や姫百合殿、メイザース嬢と同じ中条小学校でよいですか?」
「ヴァンパイアになって百年経った僕が学校に通うというのも少しおかしい話ではありますが……一向に構いません」
「あいわかり申した。では、そのように」
そして導行さんは退室した。
私はここでやっと式神が淹れてくれたお茶をズズズと飲み始めた。




