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魔女と吸血鬼06

 しかし、

「ははぁ! こんなところでフィンの一撃をもらうとはね! 魔窟凶都……まったく僕を飽きさせないね!」

 エヴァちゃんは何の痛痒も感じないかのように立ち上がった。

 額で炸裂した霊力の一撃は文字通り一瞬にして回復している。

「でもその程度の魔力じゃ僕の魔法防御は貫けないよ。衝撃を与えることはできるけどね。それに僕は頭部のダメージ程度じゃ死なない」

「うるさいですわ」

 二発、三発とフィンの一撃を放つプリムラちゃん。

 エヴァちゃんはそのことごとくを躱してプリムラちゃんの懐に潜り込む。

 そして放たれる蹴り。

 エヴァちゃんの蹴りによってプリムラちゃんは音速を超えて校舎の壁に叩きつけられる。

「がはっ……!」

 魔法防御さえも貫通して衝撃がプリムラちゃんを襲い、吐血たらしめる。

 同時にエヴァちゃんは跳んだ。

 一回転半ひねり。

 エヴァちゃんの心臓めがけて童子切安綱を刺突した姫百合ちゃんの背後を取る。

「セカンドヴァンパイアといえど心臓だけは唯一の弱点だ。こちらの魔法防御を易々と切り裂く名刀安綱にそうそうくれてはやれないね」

 姫百合ちゃんを蹴り飛ばすエヴァちゃん。

 またもや音速を超えてプリムラちゃんと同じく校舎の壁まで吹っ飛ばされる姫百合ちゃん。

 姫百合ちゃんとプリムラちゃんが並んでノックダウン。

「…………」

 私は見ているだけだった。

「さて……残るはもみじ君だけだね」

「あ、名前で呼んでくれるんだ、だよ」

「それはもう。こんなに可愛い子を名前で呼ばないなんて嘘だ」

「…………」

 私は照れるのもそこそこに、右手で拳銃の形を作って照準をエヴァちゃんに定めた。

「まさかフィンの一撃を撃つつもりかい?」

「…………」

 答えず私は集中する。

 私の中に眠るもう一つの魂、第六天魔王波旬の膨大な霊力を指先に集め、そして撃つ。

「っ!」

 反射的にエヴァちゃんは避けた。

 避けた向こう、学校の柵の一部が膨大な炸裂音とともに破壊される。

「できた……だよ……」

 私にもできた。

 フィンの一撃。

「見ただけで真似たのかい? すさまじい才能だね。もみじ君……」

 戦慄しながらエヴァちゃん。

「私だけの力じゃないけどね、だよ」

 答える私。

 そして私はトゥインクルスターに霊力を込める。

 霊力を込める先は火気を司る中指の環、赤雀。

 お願い……力を貸してトゥインクルスター!

 私は両手を胸元でパンと一拍すると、徐々に両手を横に広げる。

 そしてトゥインクルスターの赤雀の力を引き出す。

「サンシャインスフィア……!」

 広げ切った両手両腕の間に直径十メートルのプラズマ火球ができる。

 それはさながら小さな太陽にも似て。

「な……!」

 エヴァちゃんが驚愕する。

 さもあろう。

 心臓がどうのではなくこれだけの熱量の塊を受ければ全身が消し炭になるのは目に見えている。

 そして私はその火球をエヴァちゃん目掛けて投げた。

 速度は弾丸のそれだ。

 しかしギリギリのところで避けられる。

 エヴァちゃんの右手だけが焼け焦げ、しかしあっけなく修復される。

 サンシャインスフィアは学校の柵を燃やし、その延長線上にあるモノを焼き尽くしながら地平線の向こうへと消えていった。

 次の術を練ろうとした私目掛けてエヴァちゃんが疾駆する。

 そしてエヴァちゃんの蹴りが炸裂する。

 私はプールの外周の壁に叩きつけられた。

「げ……!」

 吐血こそしなかったものの壁に叩きつけられて崩れ落ちる私。

「もみじ君、君は危険だね」

 心底といった様子で呟くエヴァちゃん。

 けれど私は納得していた。

 なるほど、といったところだ。

 エヴァちゃんは……エヴァンジェリン=フラクタルは……。

 と、

「あはははははははっ……!」

 哄笑が響いた。

 それは、その哄笑はプリムラちゃんのものだった。

 校舎の壁によっかかったまま、口に含んだ血をタンのように吐き出すと、

「馬鹿馬鹿しい。手心なんてくわえたわたくしが愚かでしたわ。敵は敵。全力でその存在を抹消して差し上げます」

 プリムラちゃんは宣言した。

「できるのかい? メイザースの魔女さん?」

「序列三十二番、魔王アスモデウスよ! 神聖四字の下、招きに応じ現れよ!」

 プリムラちゃんの霊力が首飾りのペンタグラムに注がれる。

 そして空間のひずみから魔王アスモデウスが現れる。

 それは牛、人、羊の頭、ガチョウの足、毒蛇の尻尾を持ち、手には軍旗と槍を持って地獄の竜に跨った怪物の姿だ。

 七つの大罪の一角として名高い……ソロモン七十二柱の魔神の中でも高位の神性を持つ魔王がこの場に現れた。

 ゴォッとアスモデウスを中心に熱風が吹き荒れたような錯覚を覚える。

 それは錯覚ではあったが熱風ではなく魔王の霊力によるプレッシャーと思えばあながち間違いとも言えない。

 エヴァちゃんは目に見えて狼狽えた。

「馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 魔王アスモデウスと契約したら他の魔神と契約するメモリーなんて凡人には残らないはず! メイザースの魔女……君はいったい……!」

「あら、知りませんの? 私はメイザースの忌み子。七十二柱の魔神全てを喚起する魔王ですわ」

「っ!」

 エヴァちゃんは言葉もないといった様子だった。

 並行して私はトゥインクルスターの青竜、赤雀、黄麟、白虎、黒武の全てに霊力を注いだ。

 そして呟くように呪を唱える。

「五行より六合が生じ、六合より七星が生ずる。七星が一、破軍よ。我を守護し奉れ」

 プリムラちゃんがエヴァちゃんに凄惨な笑みを向ける。

「魔王の一撃にて死に詫びなさい」

 アスモデウスの牛、人、羊の頭のそれぞれが大きく口を開ける。

 そして三つの口から放たれたのは炎とは名ばかりの超高熱プラズマのビームだった。

 避ける間も防ぐ間もない圧倒的な破壊の権化。

 それはエヴァちゃんに迫り、そしてエヴァちゃんを影も残さず消し去るはずだった。

 そこに誰かが割って入らなければ。

「挑む者皆々破れる破軍の陣!」

 私がプリムラちゃん……ひいてはアスモデウスと、エヴァちゃんの間に割って入った。

 私の足元に七芒星の魔法陣が燐光のように光る。

 そして私はアスモデウスの吐いた炎を受け止めた。

 どれだけアスモデウスが猛ろうとも、その熱量は私に届かない。

 ひいてはエヴァちゃんに届かない。

「もみじ……くん……?」

 助けられたのが納得いかなかったのだろう。

 エヴァちゃんが不思議そうにそう呟く。

 そして魔王の咆哮が終わる。

 私は魔王の一撃を受け、しかしなお健在だった。

「なっ!」

 プリムラちゃんが驚愕する。

 それはそうだろう。

 炎という名の超高熱プラズマビームを受けて無傷というのはどう考えてもあり得ない。

 たとえどれだけの魔法防御を張ろうとも魔法防御ごと燃やし尽くす一撃だ。

 現に三つの口から放たれたビームの内の二つは地平線の向こうまで貫通して阻害する何もかもをも燃やし尽くしているのだ。

「何故防げたのです!」

「向かい挑めば必ず敗れる破軍の星の力を借りたんだよ。たとえ魔王の一撃であろうとも、それが私に向かって行われる攻撃なら全ては防がれるのが道理……だよ」

 とは言っても第六天魔王波旬がこの術を使ったから真似できただけであって、結果としては僥倖に近いものがあるけど。

「何故ヴァンパイアなんかを助けるのです!」

「だって、エヴァちゃんは誰も殺さない、だよ」

「え……?」

 ポカンとするプリムラちゃん。

「そうだよね? エヴァちゃん……だよ」

「…………」

 エヴァちゃんは黙ってしまった。

「もみじさん、どういうことだい?」

 姫百合ちゃんが校舎の壁に寄りかかりながら聞いてくる。

「最初におかしいと思ったのは被害者の女子が生きていたとき、だよ」

 誰も答えない。

「もっとも、その時はまだ明確にそう思ったわけじゃなかったんだけど……だよ……」

 誰も答えない。

「次におかしいと思ったのはエヴァちゃんがレラージェ相手に握力による攻撃……シャークバイトを使ったとき、だよ」

 誰も答えない。

「姫百合ちゃんを相手取ったときも、プリムラちゃんを相手取ったときもそんなものは使わなかった、だよ」

 誰も答えない。

「そして最後に私と相手取ってもシャークバイトを使わなかった。使う機会なんていくらもあったのに。それで思ったの。エヴァちゃんは誰も殺さない。殺す気が無いって、だよ」

 そう締めくくった私の言葉に、

「あっははは」

 エヴァちゃんが笑った。

「あのウルトラヴァイオレンスの中でそんなところに気をまわすなんてね。もみじ君、君ははしっこいねぇ」

「えへへ」

 抜け目ないと言われることが褒められてるのかどうかはわからないけど、とりあえず私は照れ笑いで誤魔化した。

 そんな私に、エヴァちゃんはにやにやと笑って言う。

「それで? これからどうするんだい? たとえこっちに殺す気がなくても僕が吸血鬼……人を脅かす鬼であることは変わらないよ? 放置していい代物じゃあない」

「うん。まぁ、それはそうなんだけど……」

 私はちらと姫百合ちゃんを見る。

「ねえ、姫百合ちゃん……」

「何だい。もみじさん」

「エヴァちゃんを陰陽寮に入れてあげてくれないかな?」

「「「…………は?」」」

 三者一様のすっとぼけた顔がおかしかったけどそれは言わないでおいた。

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