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魔女と吸血鬼05

「ヴァンパイア……なるほど、それでこの魔力ですのね」

 そう呟くプリムラちゃん。

 ヴァンパイア……吸血鬼は食事をしていた。

 中条小学校の生徒だろう被害者の首筋に噛みつき血をゴクンゴクンと嚥下していた。

 嚥下の度に被害者の体がみるみる細っていく。

 それはニュースでやっていた、やせ細った死体の事件を容易に想起させた。

 ある程度血を吸った後で被害者にはもう用は無いとばかりに吸血鬼は中条小学校の制服を着た少女を投げ捨てる。

 それから、ようやく気付いたとでも言いたげにこちらの方を向く吸血鬼。

「…………」

 私はボウと吸血鬼に魅入ってしまった。

 黄金の髪はセミロングで、後方でリボンによって纏められている。

 目鼻立ちは整っており姫百合ちゃんにもプリムラちゃんにも負けないくらいの美人だ。

 喪服の男物スーツを着ているが私たちの同じ年齢くらいの女の子。

 それが吸血鬼の……この結界の主の正体だった。

「あれ? なーんで僕の結界に他人が入っているかな。僕、何か間違えたっけ?」

 恍けるように吸血鬼の少女。

「間違えてなどいませんわ。こちらが勝手に土足で入っただけですの」

「あーあー……つまりアレだ。君たちはヴァンパイアハンターなわけだ」

「正確には鬼部の鬼切だ。吸血鬼……!」

「鬼部……鬼切……それが日本での僕の天敵ってわけだ」

「然り」

 そう答えて姫百合ちゃんは童子切安綱を上段に構えた。

 同時にプリムラちゃんが首飾りのペンタグラムに霊力を注いでいることを私は感じ取った。

「序列三十番、地獄の大侯爵フォルネウスよ! 神聖四字の下、招きに応じ現れよ!」

 プリムラちゃんが魔神を喚起する。

 瞬間、プリムラちゃんの背後の空間が歪んだ。

 そこから現れたのは毒々しい色をした巨大なサメ。

 海の怪物フォルネウスだ。

 フォルネウスは空間をまるで海中のように泳ぎ吸血鬼に襲い掛かる。

 同時に姫百合ちゃんが神速で駆け出した。

「へえ! こんなところでソロモン王の秘術を見られるなんて……!」

 面白おかしげにそう笑うと、吸血鬼はフォルネウスが噛み千切ろうとしている顎を右足を跳ね上げることで蹴り砕いた。

 次の瞬間、上段に構えた姫百合ちゃんの袈裟切りが吸血鬼を襲う。

 襲いくる童子切安綱を右手で受け止めようとする吸血鬼。

 しかし、

「……っ!」

 安綱が一閃。

 抵抗もなく吸血鬼の右手から右肘にかけてを縦に切り裂いた。

 そのまま更に一歩踏み出す姫百合ちゃん。

 逆袈裟切りに安綱を切り上げる。

 それをバックステップで避ける吸血鬼。

 そこにプリムラちゃんの霊力によって再生したフォルネウスが襲い掛かる。

「いいよ。右手の一つくらいくれてあげる」

 フォルネウスに向かって無防備に切られた右手を差し出す吸血鬼。

 フォルネウスは容赦しなかった。

 吸血鬼の右肘から先を食いちぎる。

「ただし対価はもらうけどね」

 吸血鬼はフォルネウスのひれを左手で掴むと、その巨体をものともせず地面に叩きつける。

 さらに強力な踵落としでフォルネウスの頭部を粉砕する。

 フォルネウスは光の粒子となって空間に薄れていった。

 おそらく重傷によってプリムラちゃんの支配が解けたのだろう。

 それと並行して、吸血鬼の右腕が修復される。

 まずは右肘から先の骨が再生し、次にその骨に神経と血管が絡みつき、それを筋繊維が覆い、それら全てを皮膚が覆うと、童子切安綱に切られフォルネウスに食いちぎられたはずの吸血鬼の右腕は完全に修復された。

 それらのことが一秒以内に終わったのだ。

 すさまじい修復力である。

「しっかし、僕の魔法防御をあっさりと切り破るなんて、そっちの子のもっている剣はすごいね。銘は何?」

「大原安綱……天下五剣の一、童子切安綱。生憎と影打ですが」

「安綱ね。その名は聞いたことあるよ。まさか巡り合うとは思わなかったけど……うん、僕の人生も面白いじゃないか」

 くつくつと笑う吸血鬼。

 プリムラちゃんがそんな吸血鬼を睨みつける。

「あなた、その魔力に修復力……並みの吸血鬼じゃないわね」

「まぁね。そういえば自己紹介もまだだったね。僕の名前はエヴァンジェリン=フラクタル。エヴァって呼んでくれると嬉しいな。そちらの魔女さんの予想通りセカンドヴァンパイアに属する吸血鬼だ。好きなものは可愛い女の子とその血液。よろしく」

 吸血鬼あらためエヴァちゃんはにっこり笑った。

 それにならって姫百合ちゃんにプリムラちゃんが名乗った。

「鬼部が鬼切、賀茂姫百合。悪鬼を切る者です」

「プリムラ=メイザース。見ての通りの魔女ですわ」

「賀茂氏にメイザース家。すごい大盤振る舞いだね。ええと……それで、そちらの僕好みの君は?」

 私を指差すエヴァちゃん。

「ふえ、私、だよ? え? 好み?」

「うん。すっごくタイプ。君みたいな美少女がこの学校にいたんだね」

「美少女って……はう……だよ……」

「是非とも名前が知りたいな。ねえ、いいでしょ?」

「伴之もみじと言います、だよ」

「もみじか……いい名前だね」

 ニッコリ笑うエヴァちゃん。

 私は褒め殺しを受けて顔がほてってしまっていた。

 と、

「う……ううん」

 エヴァちゃんに血を吸われた少女が意識を取り戻しかけた。

「……生きてる、だよ!」

 私は思わず被害者の少女に走り寄る。

 多量に血を吸われて弱体化していたけど被害者の少女はたしかに生きていた。

「そりゃ生きてるさ。同族を増やしたくないしね」

 そんな、よくわからないことを言うエヴァちゃんがパチンと指を鳴らした。

 同時に、ふつっと……まるで夢のように少女がこの場から消えた。

「な!」

「安心するといい。結界から出しただけだよ」

 そう説明してくれるエヴァちゃん。

 ということは被害者の少女は現実世界に戻ったということだろうか?

「では、仕切り直していざ参る……!」

 再び上段に構えた姫百合ちゃんが疾駆する。

 同時にプリムラちゃんが首飾りのペンタグラムに霊力を注ぎ込む。

「序列十四番、地獄の大侯爵レラージェよ! 神聖四字の下、招きに応じ現れよ!」

 現れたのは緑色の服を着た狩人。

 狩人……レラージェは矢筒から矢を取り出し弓を引く。

「フォルネウスの次はレラージェね。厄介なのを次々出してくれるね」

 面白そうにエヴァちゃんはレラージェの矢を避ける。

「レラージェの矢は修復不能の傷をつける。なら、当たってやるわけにはいかないよね」

 言いつつ舞うようにして姫百合ちゃんの剣を躱すエヴァちゃん。

 レラージェが弓を引く。

 次の瞬間、レラージェの矢と姫百合ちゃんの剣が同時にエヴァちゃんに襲い掛かる。

 エヴァちゃんはレラージェの矢を避けて、避けた先に待ち構えていた姫百合ちゃんの剣を左手で受け止めようとする。

 童子切安綱はエヴァちゃんの魔法防御など易々と無視してエヴァちゃんの左腕を切り裂く。

 しかしエヴァちゃんの左腕はあっけなく再生する。

「よっ!」

 と言いながらエヴァちゃんの蹴りが姫百合ちゃんに炸裂する。

 その蹴りの威力がいかなるものか、音速を超えて学校の柵に衝突する姫百合ちゃん。

「がはっ!」

 魔法防御では衝撃までは殺しきれなかったらしく吐血する。

「お姉様!」

 心配げにそう叫ぶプリムラちゃん目掛けてエヴァちゃんが疾駆する。

 プリムラちゃんに肉薄するエヴァちゃんの進路をふさぐようにレラージェが位置を取る。

 そして修復不能の傷をつける矢を弓につがえる。

 矢が放たれる。

 神速の動きでそれを躱すと、エヴァちゃんは、

「シャークバイト……!」

 そう呟いてレラージェの両肩を両手でつかんだ。

 次の瞬間、レラージェの両腕が肩の付け根から千切り取られる。

 エヴァちゃんのすさまじい握力によって断裂されたのだ。

 さらにレラージェの両足の付け根を掴んで千切り取るエヴァちゃん。

「僕の握力は二トンを優に超える。たとえ悪魔の侯爵といえども無傷じゃすまないよ」

 重傷によって支配率が薄れ、光の粒子になって空間に撹拌していくレラージェを横目にエヴァちゃんは凄惨な笑みを浮かべる。

 そして改めてエヴァちゃんがプリムラちゃん目掛けて疾駆する。

 その速度は神速。

 プリムラちゃんが次の魔神を喚起する時間はない。

「終わりだ! メイザースの魔女さん!」

 勝ち誇るエヴァちゃん。

 そしてプリムラちゃんはというと、右手で拳銃の形を作ってエヴァちゃんの頭部に狙いを定めた。

 霊力が高密度に練られ、実体化し、弾丸となってプリムラちゃんの指先から放たれる。

 それはエヴァちゃんの額で炸裂してエヴァちゃんを軽く吹っ飛ばした。

「フィンの一撃!」

 私は驚愕した。

 フィンの一撃。

 ガンド撃ちと呼ばれる人を指差すことで他者を呪う魔術の中でも物理的な威力を獲得したものを《フィンの一撃》と呼ぶ。

 誰しもに使える魔術ではない。

 霊力……プリムラちゃんのいうところの魔力が高い者にしか扱えない不条理な技術だ。

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