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魔女と吸血鬼04

「ではいくよ」

 霊符を袖から取り出す姫百合ちゃん。

 その霊符に霊力を込めて言葉を紡ぐ。

「急々如律令」

 次の瞬間、姫百合ちゃんの衣服が光の粒子へと変わり、それは光の帯へと変わり、そして姫百合ちゃんの体を取り巻くと巫女服に似た戦装束に変わる。

 昨日、陰陽寮で見た出で立ちそのものだった。

 戦装束を纏って童子切安綱を握る姫百合ちゃんはとても凛々しく見えた。

 次はプリムラちゃんだった。

「テトラグラマトン」

 そうプリムラちゃんが呟くと同時にプリムラちゃんの衣服が光の粒子へと変わり、それは光の帯へと変わり、そしてプリムラちゃんの体を取り巻くと真っ黒いローブとなった。

 所々に血を連想するような毒々しい赤色の線が蔦状の模様として入っている。

 そしてその模様は心なしかドクンドクンと脈打っているように見えた。

 残った光の帯がプリムラちゃんの頭部に纏わりつくと魔女がかぶるようなつばが広く黒い三角帽になった。

 ペンタグラムのペンダントのついた首飾りを装着してプリムラちゃんの変身が終わった。

 最後は私だ。

 自らの魂より溢れる霊力を万能の陰陽具トゥインクルスターに込める。

「お願いだよトゥインクルスター……、変身!」

 そう私が呟くと、私の衣服が光の粒子へと変わり、それは光の帯へと変わり、そして私の体を取り巻くと中条小学校の制服によく似た戦装束になった。

「なんだか変わりありませんのね。やる気あるんですの?」

「うう、でもほら太極図や五芒星がこんなところに……だよ……」

「まぁ魔力は通っているようですから張子の虎というわけではないのでしょうけど」

「うう……だよ……」

 プリムラちゃんの言葉で自信を失いかけた私の横で、姫百合ちゃんが童子切安綱を抜く。

 それから安綱を上段に構えると、

「それでは鬼の結界を切り破るよ。オンバザラヤキシャウン!」

 そう呪を紡いで袈裟切りに空を切った。

 ズズと鈍い音がして、空間に裂け目ができる。

 その裂け目の向こう側に広がっているのはこちらと同じ灰色の世界。

 そここそが鬼が創りだした結界なのだろう。

「私が先頭に、次にプリムラが、最後にもみじさんの順で侵入するよ」

「それが妥当ですわね」

「はい、だよ」

 とは言っても結界から別の結界に移動しただけで空間的にはまだ私たちの教室だ。

 音もなく風もなく人もない灰色の教室で私は首をひねる。

「それで、どうするんだよ?」

 その問いに答えたのはプリムラちゃんだった。

「南の方に魔力を感じますわ。これは……かなり強い魔力ですわね」

「なら南へ行こう。ちなみに霊力の発生源は南棟かい?」

「いえ、お姉様。もっと南ですわ」

「そうかい。では、もみじさん」

「はい、だよ?」

「南棟の向こうには何が?」

「えと、プールがあったはず、だよ」

「ではそこだ」

 姫百合ちゃんはベランダに出る。

 続いてプリムラちゃんと私もベランダに出る。

「では私が先行する」

 姫百合ちゃんは北棟三階のベランダから……跳んだ。

「ちょ……!」

 さすがに予想外の行動に驚く私だったけど、それは杞憂だった。

 姫百合ちゃんは助走も無しに高く遠く跳びあがり、北棟のここから南棟の屋上に着地した。

「なんて無茶苦茶な、だよ……」

「あら、身体強化の魔法をかけているのならあれくらいなんてことありませんわよ。ではお先に」

 プリムラちゃんも跳んだ。

 危うげなく南棟の屋上に着地するプリムラちゃん。

 次は私の番だ。

「ええい、ままよ、だよ……!」

 私は力の限りを振り絞って跳んだ。

 急激な加速によって私は宙に身をおどらせる。

 そして南棟の屋上に着地。

 我ながら信じられない身体機能だ。

「ふわ……変身するとこんな芸もできるんだね、だよ」

「感心している場合じゃないよもみじさん。次に行くよ」

 姫百合ちゃんは、

「ちょ! ま!」

 私の制止の言葉も聞かず屋上から身をおどらせた。

 そして着地。

 三階建ての建物の屋上から飛び降りたにも関わらず姫百合ちゃんは怪我一つないようだった。

「アンビリーバブルだよ……」

 唖然とする私に、

「ではいきますわよ、もみじさん」

 プリムラちゃんが私の首根っこを引っ掴んだ。

「へ、だよ?」

 言葉の意味がわからなかった私の首根っこを掴んだまま、

「よっ」

 などと勢いよく感動詞を言って私ごと屋上から飛び降りた。

 跳躍も束の間、地球の重力に捕まって落下運動に入る。

「きゃあああああああああああああっ!」

「いちいちうるさいですわよ、もみじさん。身体強化の魔法がかかってるのですからこの程度の衝撃なんともありませんわよ」

 そういう問題じゃない。

 屋上から飛び降りる。

 それは人間の原始的な恐怖を疼かせるには十分だ。

 しかしされども長い時間に思えた刹那に着地する私とプリムラちゃん。

 なんと怪我どころかしびれすら無い。

「こんな機能が必要なの……だよ?」

「当然ですわ。この程度の機能性を持っていなければ鬼と対峙なんてできませんもの」

 私は屋上を見上げる。

 ……私、あそこから落ちたんだよなぁ。

 よくもまぁ生きているものである。

「それでプリムラ、霊力はどの方向から?」

「そうですわね。あちらの方から魔力を感じますわ」

 プリムラちゃんが示した先はプール裏と呼ばれる場所だった。

 学校の柵とプールに挟まれた小空間。

 誰も立ち入らない場所だ。

 無論、人のいないこの結界の中では当然ながらどこだろうと人はいないのだけれど。

 プール裏に向かってスプリンターもびっくりの速度で走る私たち。

 そして、

「……っ!」

 そこで、

「鬼……っ!」

 鬼を見た。

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