魔女と吸血鬼03
そして、
「お姉様!」
唐突に、白髪の転校生プリムラちゃんが姫百合ちゃんに抱きついた。
「お姉様お姉様お姉様! わたくしは会いとうございましたわ!」
そんなプリムラちゃんの行動にクラスメイト一同ポカン。
姫百合ちゃんだけが冷静にプリムラちゃんを引きはがす。
「プリムラ……何故あなたがここに……」
「わたくしの才能を妬んだ奴らがわたくしを魔王に指定したのですわ。ですからイギリスから逃げてきて陰陽寮に保護してもらいましたの」
「それはいつの話だい?」
「昨日の事ですわ」
「なるほど……」
昨日は私の事でバタバタしていたからなぁ。
情報の伝達に齟齬が発生してもおかしくはない。
それにしても姫百合ちゃんとプリムラちゃんは知り合いだったのか。
思ってるより世界は狭いなぁ。
というか姫百合ちゃんの知り合いということはプリムラちゃんも何かしらの異能者なのだろうか?
まぁいいか。
説明すべきと思ったなら姫百合ちゃんはそうしてくれるだろう。
その機会は給食の時間に訪れた。
私と姫百合ちゃんとプリムラちゃんが机を寄せて昼食をとっている時だ。
「彼女の名前はプリムラ=メイザース。これは朝言った通りだね」
そんな姫百合ちゃんの他己紹介に私は頷く。
「プリムラ……彼女はもみじ、伴之もみじさんだ」
プリムラちゃんも頷く。
それから姫百合ちゃんはプリムラちゃんの事情を話し出す。
「彼女の家系は魔術師のそれでね。メイザースといえば魔術師の家系の中でも名を知られている名門なんだ」
「メイザース……だよ……」
「そう。ソロモン王の秘術を監督する家系だ」
「わたくしはそこの秘蔵だったのですわ」
「だった……だよ……?」
過去形で話すプリムラちゃんに、首を傾げる私。
「本来メイザース家は魔術結社レメゲトンの社員に、それぞれの魔神の喚起をさずけるのですけど、わたくしはソロモン七十二柱の魔神全てを一人で喚起してしまったものだから、その才能を恐れた奴らに魔王に指定されてしまったのですわ」
「はぁ……だよ……」
半分くらい何を言っているのかわからず言葉を濁す私。
「まぁ出る杭は抜かれるの典型だね。優秀すぎる故に弾かれるのは古今東西に区別なし、と」
そうフォローする姫百合ちゃん。
「魔王に指定されると何か困るの、だよ?」
私のそんな素朴な疑問に、プリムラちゃんはこう答えた。
「殺されますわ」
「ころ……!」
驚く私に、プリムラちゃんは言葉をつけたす。
「正確には教会協会神威布教広報特務組織所属異教殲滅本義会設武装士団通称神威装置の威力使徒に命を狙われることになるのですわ」
「教会協会……神威装置……威力使徒……だよ……」
「それでしょうがないからお姉様を頼って日本に来た次第ですわ」
「なんで姫百合ちゃんがお姉様、だよ?」
「少し前に共同戦線でともにして以来、気に入られてしまってね」
「あの時のお姉様の優雅さと言ったら……例えるなら散る瞬間の薔薇の花びらのようでしたわ」
「はぁ……だよ……」
ホウレン草のおひたしを食べながら調子を合わせる私。
「でもそうすると昨日からプリムラちゃんは陰陽寮に所属ってことだよ?」
「まぁそういうことになりますわね」
「じゃあ私と一緒だね、だよ」
「一緒?」
「もみじさんもまた昨日陰陽寮に所属したばかりなんだよ」
「そうでしたの。それで? 役に立ちますの? お姉様……」
「役に立つ……というよりは要最大警戒といったところだね。もみじさんは第六天魔王波旬の魂を持ち、なお万能の陰陽具……星辰天環に選ばれた。管理されねばならない存在なんだ」
「星辰天環じゃなくてトゥインクルスターだよ」
「ああ、これはすまない。そう、トゥインクルスターだ……」
苦笑する姫百合ちゃん。
「へえ……魔王の魂を……」
感慨深げにそう呟くプリムラちゃん。
瞬間、
ゾクリ
と背筋が凍えるような感覚が私の中を走り抜けた。
「……っ!」
驚いて硬直する私。
これは……鬼の予感……!
「結界ね」
当然のようにそう呟きながらご飯を食べ続けるプリムラちゃん。
「結界……だよ……?」
「誰かが近くで結界を張ったみたいだね」
姫百合ちゃんがそう説明してくれる。
何も言えなくなる私。
姫百合ちゃんが話題を変える。
「それよりも」
童子切安綱を持って言う。
「近いね」
「そうみたいですわね。どうも校内で起きているようですわ」
「行こう、もみじさん、プリムラ」
「うん、だよ」
「お姉様に従いますわ」
姫百合ちゃんは一つ頷くと、教室の四方の柱に向かって都合四つの何かを投げた。
それは、
「霊符……だよ……?」
霊符だった。
ヒョウと呼ばれる中国の短刀に刺さった霊符がそのまま教室の四方の柱に縫い付けられる。
そして、
「急々如律令」
姫百合ちゃんの呪文。
ズブリと泥濘に身を浸すような感覚が襲う。
世界が灰色に色褪せる。
教室で昼食を食べていたクラスメイト達はいなくなり世界には私と姫百合ちゃんとプリムラちゃんだけになる。
今、教室に結界が展開されたことを私はニュアンスで捉える。
「でも……なんで結界を、だよ?」
「人目のつかないところでしか変身できないからですわ」
「それと私の童子切安綱も現実世界で抜くわけにもいかないよ」
「……なるほど、だよ」




