魔女と吸血鬼02
丘陵地の頂上にある中条小学校に向けて私と姫百合ちゃんは歩いた。
なだらかな坂道だ。
桜が咲いて、風が吹いては散っていく。
「吹く風を、なにいとひけむ、桜の花、散りくる時ぞ、香はまさりける……だよ」
「もみじさん、そこは梅の花では」
「うん、でも昔は春の花と言えば梅だったけど、今は……というか平安時代辺りから桜が主流になったからね、だよ」
「そうだね。現にこの通学路から見えるのも桜の花だ」
「うん、だからアレンジしてみました、だよ」
ニコリと笑って見せる。
とたん、
「……っ!」
ボッと紅潮して姫百合ちゃんは顔をそむけた。
「どしたの? だよ……」
「いや、何でもないよ。…………ちょっとさっきのキスのショックが抜けないだけだよ」
「……?」
最後の方はボソボソと小声で喋られて聞き取れなかった。
でもまぁなんでもないと言うのだからなんでもないのだろう。
と、
「おやまぁ、もみじちゃん……おはよう」
半透明のお婆ちゃんが私に挨拶をしてくる。
私も足を止めてお辞儀をする。
「おはようございます田中のお婆ちゃん、だよ」
「今日もいい天……」
と、そこまで幽霊のお婆ちゃんが言いかけたところで、姫百合ちゃんが霊符を取り出し幽霊のお婆ちゃんの額に張った。
そして呪文を唱える。
「急々如律令」
効果は迅速に出た。
「ああぁぁ…………!」
悲鳴のような言葉が小さく響き、幽霊のお婆ちゃんは瞬く間に昇天した。
「な……!」
一瞬の事で驚愕する私。
「何しちゃうの姫百合ちゃん、だよ!」
「鬼がいたから祓っただけだよ」
「田中のお婆ちゃんは何もしない、だよ」
「今はそうだろう。だが将来的にそうであるとは限らない」
「え……?」
「むき出しの魂魄というものは陰を溜めやすい性質を持つんだ。時間が長ければ長いだけ陰の気を取り込み澱んでいく。そうして人を襲いだす」
「…………」
「さきの嫗は地縛霊なのだろう。さて、何を憑代にこの世にとどまったかは知れぬが、例えばそうだね……残された家族が心配で地縛霊になったとしよう。ならば残された家族を殺してしまえば残念が無くなる、という考え方にもなる。鬼になればね」
「そんなこと田中のお婆ちゃんは考えない、だよ」
「今言ったことはほんの一例だ。どちらにしろ将来的に鬼になる可能性はある。芽は早く摘むに限る」
「…………」
「納得いかないかい?」
「……言ってることはわかるけど、だよ」
「これも鬼切の使命なんだ」
何でもなさそうに歩みを再開する姫百合ちゃん。
私は姫百合ちゃんの後を追って、それから一度だけ地縛霊だった田中のお婆ちゃんがいた空間へと振り返り、一抹の寂しさと共にまた歩みを再開した。
*
中条小学校、北棟の三階、五年三組のクラスにつくと私は自分の席へと近づく。
そこでふと気づく。
「あれ、だよ?」
姫百合ちゃんの席は窓際最後方。
その姫百合ちゃんの席の後ろに、新品の机と椅子が鎮座していた。
「新しい席ができてる、だよ」
「本当だね」
自分の席に鞄を置く姫百合ちゃん。
「また新しい転校生が来るのかな、だよ」
「そうかもしれないね」
カシャカシャとスプレーを振りながら姫百合ちゃんが同意する。
それから姫百合ちゃんは教室の窓を全開にする。
「姫百合ちゃん、何するつもりなの、だよ」
「もみじさんの机を綺麗にする」
私の机にスプレーを振りかける姫百合ちゃん。
私の机は一昨日のまま悪意の寄せ書きがされていた。
それを消そうというのだろう。
この匂い……シンナーだ。
私の机にシンナーを振って、布巾で悪意の寄せ書きを消していく姫百合ちゃん。
悪意の寄せ書きはみるみる消えていく。
「……ちっ」
教室のどこからか舌打ちが聞こえてきた。
姫百合ちゃんの行動が不快だったのだろう。
「姫百合ちゃん。助けてくれるのは嬉しいけど……このままじゃ姫百合ちゃんまで攻撃されちゃうよ……だよ……」
「私は儒教における五常の一つ、義を貫いているだけだよ。後ろめたいことなど何もないね」
姫百合ちゃんは私の机をピッカピカにしてくれた。
と、
「うわ、何この匂い……シンナー……?」
鼻をおさえながら蕪先生が入ってきた。
「先生ー、賀茂さんがシンナーを使いましたぁ」
クラスメイトの一人がそんなことを言う。
まるで姫百合ちゃんを非難するかのように。
蕪先生が姫百合ちゃんを見つめる。
「本当なの、姫百合さん?」
「ええ、事実です。ただし、その前に悪意ある落書きがもみじさんの机になされていたことを想定してください」
「…………」
黙ってしまう蕪先生。
ま、そうだろう。
蕪先生は粛々と朝のホームルームを始めだした。
「それではまず皆さんに新しいお友達を紹介します」
あ、やっぱり私と姫百合ちゃんの後ろの席は転校生のものだったのか。
教室の開いた扉から一人の女の子が入ってくる。
白いロングヘアー、赤い瞳を持った少女だった。
白髪のせいだろうか?
不思議なオーラを感じる子だった。
絶世と言って言い過ぎることのない美少女。
クラスの男子はおしなべて息をのむ。
私の感想はといえば、まるで黒いロングヘアーの美少女賀茂姫百合ちゃんと対称的なイメージだ。
ちなみに外国人。
蕪先生は女の子の名前を黒板に書くと他己紹介をした。
「はい、とうわけで今日からこのクラスの一員になったプリムラ=メイザースさんです。皆さん仲良くするように」
それから蕪先生は転校生に自己紹介を求める。
白髪ロングの女の子が一礼する。
「わたくしの名前はプリムラ……プリムラ=メイザースといいますわ。お見知りおきを」
「ではプリムラさんの席はあそこになりますので……」
あそこ、とはもちろん姫百合ちゃんの後方の席の事だ。
「わかりましたわ」
プリムラちゃんはこちらに近づいてくる。




