魔女と吸血鬼01
「Pppp! Pppp! Pppp!」
「う、むに……」
うるさい。
眠い。
だるい。
私こと伴之もみじは、うーんと腕を伸ばすと騒音の元を黙らせた。
「…………」
沈黙する目覚まし時計。
これで万事解決。
「むに……あと五分だよ……」
「もみじさん、起きてください」
「うみゅう、まだ寝る……だよ……」
「どけ、姫百合。こういう時はこうするんだよ」
ガツンと頭部に衝撃が走った。
クワンクワンと頭の衝撃にふらつきながら、私は覚醒する。
覚醒して、それからこちらを見つめる心配げな表情の姫百合ちゃんと無表情のお兄ちゃんを発見する。
「うう、毎度のことながら殴らなくても、だよ」
「こうでもしないと起きないだろ、お前」
「うう、だよ」
反論の余地なく私はベッドから這い出る。
「朝飯できてるぞ。冷めないうちに来るんだな」
忠告してお兄ちゃんは私の部屋を出ていった。
「大丈夫かい、もみじさん」
「うん……。大丈夫だよ。それよりそっか……。昨日から姫百合ちゃんが家族になったんだっけ……だよ……」
「正確には私はもみじさん……あなたの監視と警戒なのだけどね。どちらかと言えば敵寄りだよ、私は」
「でも一つ屋根の下で……」
「あまりそういう表現をするものじゃないよ」
「あう、だよ」
封じられた口はとりあえず使わないまま私は姫百合ちゃんと一緒に一階に降りる。
階段を下りて、それから私は洗面所の鏡の前に立つ。
「もみじさん、何をするんだい」
「寝ぐせ直しだよ」
「それなら私がしてあげよう。ブラシはこれで、寝ぐせ直しはこれかな?」
正確にブラシと寝ぐせ直しを掴むと、姫百合ちゃんは私の寝ぐせを直しにかかる。
「えへへ、他の人に髪を触ってもらうのは照れるね、だよ。お姉ちゃんが出来たみたい」
「私ともみじさんは同い年じゃないか」
「でも姫百合ちゃんって大人っぽいから」
「そうかい? ふむ、何がそうさせるのだろうね?」
「そういう丁寧な喋り方とか、だよ」
「これはしょうがないことなんだ。陰陽寮では私は若輩の身だからね。鬼や鬼切の世界というのはとかく封建的にできているものなんだ」
「へえ~、じゃあお兄ちゃんも姫百合ちゃんの先輩だよ?」
「そうだね。一眼斎は鬼切ではないけれど尊敬に値する先輩だ」
「私としてはお兄ちゃんがそんな世界にいることを昨日知ったばかりなんだけど……。たしかに霊符をつくったりはしてたけど……だよ……」
我がお兄ちゃんながら謎である。
そんな私の疑問を放って、
「さ、寝ぐせはこれで直ったよ。では朝食にしよう、もみじさん」
姫百合ちゃんは私を連れてダイニングへと。
「おう、やっときたか。飯できてるぞ」
お兄ちゃんがぶっきらぼうに言った。
テーブルの上には三人分のサンドイッチとオレンジジュース。
私、姫百合ちゃん、お兄ちゃんが椅子に座って机を囲む。
そして合掌。
「「「いただきます」」」
そしてツナサンドを手に取る私。
一口で口に放り込む。
「うん、おいしい、だよ!」
「……そりゃどうも」
姫百合ちゃんはタマゴサンドをもそもそと食べていた。
「たしかにおいしいですね。作り手の温もりを感じるかのようです」
「……そりゃどうも」
私はヒョイヒョイと三つ四つサンドイッチを胃の中に押し込むと、オレンジジュースを一気飲み。
「ぷは。ごちそう様、だよ」
パンと一拍。
「御馳走様」
姫百合ちゃんも同じように食べ終わった。
二人そろって二階に行くと中条小学校の制服に着替える。
姿見にうつる自分を見て私は百面相をする。
目はぱっちりと、髪はしなやかに、唇の形を整えて。
「うん、ばっちり、だよ」
鏡の向こうの自分にニッコリと笑って見せる。
私が自室から出てくるのと、姫百合ちゃんが二階の別室から出てくるのは同時だった。
姫百合ちゃんは当然だが中条小学校の制服を着ていて、背中には鞄を背負っていた。
「もみじさん、準備はできたかい?」
「うん、だよ」
生憎と手ぶらだけどね。
「では行くとしよう」
言って私たちは一階へと降りる。
そして玄関まで歩いて、外靴をはく。
と、
「もう行くのか、もみじ……」
さっきまで皿洗いをしていたのだろう、お兄ちゃんがエプロンで手を拭きながら玄関まで顔を出した。
「ん、だよ。お兄ちゃん」
お兄ちゃんは背中を曲げて私に顔を近づけてくる。
私も爪先で立ってお兄ちゃんに顔を近づける。
そして私とお兄ちゃんはチューをした。
チューをし終えてそれから私は踵を地につけた。
お兄ちゃんも背筋を伸ばす。
「じゃ、行ってくるね、お兄ちゃん」
「はいはい」
興味無さ気にキッチンへと引っ込むお兄ちゃん。
となりを見ると顔を真っ赤にした姫百合ちゃんがいた。
「な……な……な……」
「な、だよ?」
「何をしているんです! 兄妹で!」
「何って……いってきますのチュー」
「あう……」
ゆでだこみたいに真っ赤になった姫百合ちゃんを見て私はピンときた。
「そっか。姫百合ちゃんにもすべきだったね、だよ」
私は姫百合ちゃんにいってきますのチューをする。
姫百合ちゃんの唇は柔らかくて甘い味がした。
「ななななななな!」
さらに動揺する姫百合ちゃん。
あれ?
チューしてもらいたいんじゃなかったのかな?
「私のファーストキス……」
自分の唇をなぞりながら放心する姫百合ちゃん。
「じゃ、いってきますのチューもしたし、学校に行こう? 姫百合ちゃん」
「あう……」
真っ赤になった姫百合ちゃんの手を引いて私は外に飛び出した。




