第八話 武術の才
――月の湖――
シャーラン、イオリ、黒モヤは浮遊城の下にあるカルデラ湖、月の湖に降りて来ていた。
浮遊城クレセント・ティアは強力な結界が張られているので、例え神々でも視認する事は困難であった。
「イオリ様。 まずはこの湖を一周して来て下さい」
広大なカルデラ湖を見回して確認するイオリ。
どう見積もっても自分の足では走りきれそうにない距離だ。
「……冗談すよね? シャーランさん」
「いいえ。 至って本気です」
「どう見ても半日以上は掛かる距離っすよ!」
「これも武術を極める為です」
「極める!? 護身術を学ぶ程度じゃなかったすか!?」
昨日と言ってることが違うと非難するイオリ。
しかし、シャーランはイオリの抗議を受け流し話しを進める。
「護身術を学ぶ=極めるです。 いいですか、イオリ様。 私を倒したければ武術を極めるしか道はありません。 でなければ、ゴブリンの鍛冶技術など諦める事ですね」
ニヤリと不敵な笑みをイオリに向けるシャーラン。
「ぐぬぬぬぅ~。 わ、わかったっす! シャーランさんを倒して武術を極めてみせるっす!!」
シャーランの挑発にまんまとのったイオリは早速走り始める。
「その意気です! イオリ! 頑張ってシャーランを越えるのです!」
シャーランに一泡吹かせたい黒モヤ。
しかし、普段の権威が使用人のシャーランより下と言うのは些か情けない主である。
「処で黒モヤ様。 イオリ様の運動能力はどれ位のものでしょう?」
「うん? そうね~。 素だと邪小人が五十匹束になっても敵わないくらいかしら? 珠紋術の併用ならリザード・ドラゴン一匹と互角って処ね」
「そ、そんな馬鹿な事が!? たった八歳の幼児がリザード・ドラゴンと互角に渡り合えるなんて信じられません!!」
驚愕するシャーラン。
それもそのはず、リザード・ドラゴンは下級とは言えドラゴン種である。
そのドラゴンを珠紋術を使ったからといっておいそれと倒せるものではない。 しかも、八歳の幼児のイオリにだ。
「あら? でもこの間、貴女に解体をお願いしたリザード・ドラゴンを倒したのは他でもないイオリよ? しかも、使用した武器もイオリ手製の武器なのよ。 それでも信じない?」
「手製の武器……。 あの黒曜石の槍ですか! 確かにあの槍ならばリザード・ドラゴンも一撃で倒せますが、しかし!!」
「まあ、貴女が今後イオリを鍛えると言うのならばわかるはずです。 私の弟子の貴女なら」
「……」
「それよりほら! もう湖の十分の一は過ぎてるわよイオリ」
「えっ! そんな馬鹿な! あっ! 本当です!!」
驚異的なスピードで湖の岸辺を走るイオリ。
しかし突然、パタリと倒れてしまった。
「!?」
急いで向かってみるとイオリが息を切らして全身汗まみれで倒れていた。
「これは……」
「オーバー・ワーク。 自滅ね」
直ぐに近寄りイオリを助け起こして持ってきた水筒の水を与える黒モヤ。
「はぁー、はぁー! し、死ぬかもと思ったっす!」
「脱目ですよ! イオリ様! ちゃんとペースを考えなくては! でないと倒れてしまうのは当然です!」
「でも、おいら、いつもこんな感じっすよ? 全力出さないと死んじゃう様な毎日だったっすから」
「話には聞いていましたが、まさか其処までとは……」
シャーランは主である黒モヤに視線を向ける。
「もう少し早くイオリ様を引き取れなかったのですか? そんな毎日を送る様な処に預けていたのでは死んでいたかもしれませんよ、黒モヤ様」
「私も初めは早期にイオリを預けた教会から引き取るつもりだったのですが、ちょっと目を離した隙に性悪ドワーフに連れて行かれてて……イオリも鍛冶師になりたいと言って私の保護を断ったのですからどうしようも無かったのです」
「黒モヤさんは悪くないっすよ? シャーランさん。 おいらがそう頼んだからっす。 鍛冶師になって、強くなって、冒険者になって、おいら、最高の武具や防具を作ってみたかったんすよ。 武具や防具が好きって事もあるっすけど、有名になったら、もしかして父ちゃん、母ちゃんが見つかるかもって思ったんす。 ただ、鍛冶師の師匠が腕はいいけど碌でもない奴だったのは色々と辛かったっすけど……」
イオリはシャーランに微苦笑する。
イオリの話を聞いたシャーランはイオリにはイオリなりの目標や目的、覚悟があって、例え辛い目に合おうと今までこの小さな身体で頑張ってきたのだと悟る。
「イオリ様……わかりました! 私も微力ながらイオリ様の夢のお手伝いをさせていただきます!」
黒モヤは少し考えてシャーランに指示を出す。
「イオリの身体は普通の子どもと違い素材集めの狩りで鍛えられていますから、基礎の体力や体作りより武技を中心に教えた方が伸びるでしょうね。 まずはイオリに様々な武術を教えて、その中からイオリの得意とする武術を選択して長所を伸ばしましょう。 それと平行してイオリに最適な体作りのメニューをこなさせればいいわ」
黒モヤの指示に従い、シャーランは早速、イオリに武術を教える。
無手格闘術、剣術、刀術、槍術、斧術、斧槍術、棒術、棍術、鎚術、弓術、盾術などシャーランは教えられるだけイオリに教えた。
イオリの適性は一番高い剣術、刀術の二種類の武術と攻防一体の盾術を主体にシャーランが、黒モヤは無属性と闇属性の珠紋術を教える事に決まった。
だが、問題が一つある。 それはイオリに誰が鍛冶の知識と技術を教えるかだ。
「……これは我々の専門外の分野ですから太古の砦の長に頼んでみようと思います」
「しかし、太古の砦の巨人族は閉鎖的でイオリ様に鍛冶を教えてくれるかどうか……」
「駄目で元々、彼等の長に当たって来ます。 それまでイオリの事、頼みましたよ」
「承知しました。 お気を付けて行ってらっしゃいませ」
黒モヤは山岳地帯ギガントスの奥地にある太古の砦跡に旅だった。